誰でしょう? | 幸せな顔をした人のいない競馬場

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~でもあなたはしあわせでありますように~

学生の頃繰り返し読んだ中に『命題コレクション 社会学』という本がありました。

社会学が専門だったわけではなく、ただ優れて面白い書物だったから何度も読んだのだと思います。

熱力学や流体力学の教科書よりも断然面白く感じていました。

作田啓一という社会学者が編集したものです。

現在も版を重ねて販売されていますからシルバーウィークに予定のない方はぜひどうぞ。


その作田氏の著書『価値の社会学』の中に、こんな一節があります。


「戦後ある意味で国民的作家となりえたのは、彼がどんな集団にも根拠地をもちえなかったからである。あらゆる既成の集団の価値が疑わしいものに見えた戦後の三、四年間は、彼の作品がもっとも強いアピールをもった時期である。彼は一つの有の立場に立って自己を主張し、世界を裁断する主体としてではなく、種々の有の立場から裁断される客体としてのみ自己を位置づけた。」


これ誰のことを書いていると思いますか?

言い得て妙ですよ、さすが作田氏。

(毎日明細書を書いている身としては、「どんな」、「あらゆる」、「もっとも」、「のみ」が気にはなりますけどね・・。これは職業病ですか・・?)

競馬と同じくらい文学が好きな方ならきっとわかるでしょう。


多分あの作家だと思うけど、違うかなあ・・と思う方にはもうちょっと。


「彼に負け犬の役割を課した状況から生産的に脱出することによってではなく、この状況のもとで受けた傷口を露呈することによって状況に反逆する。」


この部分には異を唱える人もいるでしょうが・・。


でももうこれで、文学より競馬が好きという方にもわかりましたね。

これらは『価値の社会学』の中の『恥と羞恥』という論文からの引用なのですが、作田氏はこの作家を社会学的に高く評価しています。

この作家のファンである僕も、そんなことはないでしょ? と言いたくなるくらいに。


なおこの作家の作品については岸田秀氏が、

「この上なく卑劣な根性を『持って生れ』ながら、自分を『弱き美しきかなしき純粋な魂』の持ち主と思いたがる意地汚い人々にとってきわめて好都合な自己正当化の『救い』を提供する作品」

と書いています。

そこまで言わなくても、、、とも思いますが、岸田氏の大嫌いな人がこの作家のファンだったんでしょうかね・・?


はい、答えは太宰治です。