何年か前から祝日と土日が重なると
「ぱっびーマンデー」って事で月曜日が休みに
なることが多くなった。
で、こういう商売ってどっちかって言うと三連休は不利に
なる気がする。
だって、みんなどっか遠くに言っちゃうんだもん!
って幼稚園児みたいに訴えてみたけど、コレってうちの店だけ?。
そんな訳で今日からの三連休、昔だったら今日、15日が敬老の日。
ただ、まっびーマンデー的に、9月の第三月曜日になったから
今年は17日が「敬老の日」
だから今日書くネタはチトフライングなんだけど、その辺は大目に見て欲しい。
で、まだ敬老の日が9月15日だったころの時代の話。
って言うか、自分が高校時代の話だから、更に昔の話。
大人になって高校に通った事無いし、いろんな高校に通った事が
ある訳じゃ無いから、かなりバックリとした感覚的な見方なんだけど
おそらく、そんな当時の学校の先生って今よりよっぽど個性的な
人が多かったんだろうと思う。
自分が通っていた高校は、これまた完全な「・・・だろう?」って言う
想像なんだけど、
個性的な先生が多かった典型的な例だったんだろうって思う。
何てったって30年以上も経っているのに、断片的ではあるものの
先生方の行動や言動を覚えているんだからネ。
とにかくマイペースで淡々と授業を進めるくせに、ありえない量の
宿題を出して(一晩でノート一冊にもなってしまう位の?)
何問以上間違えたら次の日までに全部やり直し!
な数学の先生。
体育会系全開の小林亜星な国語の先生。
パンツ着たまま風呂に入って、パンツも一緒に洗っちゃうって
自分で堂々と公言していた、何の科目か忘れちゃった先生。
とにかく走るのだけはメチャ早かった体育の先生。
等々・・・
そんな中でひときわ異彩を放っていた英語の先生がいたのだ。
何で異彩を・・・かと言えば、全く何の個性も無く淡々と授業を
進めて、何をどうしようとする訳でも無く、その日の授業を
こなしていたから。
要するに、個性が無いからこそ我が母校では異色の存在だった訳。
そんな授業だから、誰しもが流していた。
普通に寝る、弁当食べる、他の事する、フリートーク、ふける・・・
言ってみれば生徒全員にとって、自由な一時間だった訳。
たまに「ウッサイ!」って言う一言にも何の威厳すら無く
その「ウッサイ!」も、子守唄のワンフレーズにすらなっていた位。
そんな○瀬先生なんだけど、ある9月14日の授業で
突然はじけてしまったのだ!
そもそもがそんなキャラの先生の授業、そして休みの前日の
しかも、今でもよく覚えている6時間目。
誰一人、まじめに授業なんて聞く訳無いでしょ。
夏も終わりに近づこうとしている、そんな空気がよどんだ
午後のひと時・・・(だったはず)
○瀬先生、教室に入ってくるなり
「明日は敬老の日だから、今日は早くケーローか」
等とおっしゃったのだ!
一同、一瞬の沈黙の後
「ドッヒャ~」となったのは言うまでも無い。
机をモーレツな勢いで叩くヤツ
まんまドリフのコントみたいに椅子から転げ落ちるヤツ
何故か踊りだすヤツ
しまいには、教科書やらノートやらが教室中飛びまくった・・・
とにかく、その意外性に誰もが狂喜乱舞しちゃった。
校舎も多分、いや間違いなく揺れたんだろう、隣の教室から
別の先生がびっくりして入って来た位なんだから・・・
なんて言うかな?
甲子園球場の阪神、中日戦の雨天中断中に
権藤ピッチングコーチがシートの上でスライディングのパフォーマンス
しちゃう位の意外性・・・って良くわからないか。
多分、いや間違いなくって今日二度目だけど
その先生は、素直にそのギャグ自体が受けたと思ったんだな。
それからと言う物、毎日の授業で絶妙のタイミングのおやじギャグを
連発し始めたのだ。
もう、その度に教科書は飛び交うわ、それが当たって鼻血でるわ
意味も無く走り回るわ(若いぞ!)、そりゃお祭り騒ぎだった。
ちなみに三回目あたりからは隣の教室から先生は来なく無くなった。
「ジミーは地味な少年だ」
ギーバタバタバッキン!バッキュンドバー!!
「ヘビの重さはヘビー級!」
ズカズカバッシャーン!ピロロロロロ、ドカーン!!
○瀬先生は、すっかり気を良くしてどんどんエスカレート
ギャグを言った次の瞬間の、斜に構えた、でも少しはにかんだ先生の笑顔も
しっかりと覚えているぞ!
という訳で、たまに出ちゃう我がおやじギャグのルーツは
○瀬先生の影響かしら?なんて事も言ってみつつ
こうして毎年、敬老の日が近づく度に、そんな○瀬先生を思い出しちゃう。
高校生の頃は、単純に「やっちまった先生」って言う認識しか
無かったけど
もしかしたら
自分を印象付ける、何時までも覚えていて欲しいと思う
なかなか奥が深い作戦だったのかしら?
なんて今になって思ってみた、三連休初日でした。
くだらなすぎましたネ、ごめんなさい。