2019年、5月1日。

令和のスタートだ。

って訳で、あっちこっちで新元号に乗っかってる。

それも何だかなー・・・って言っても、この先あるかないかの出来事なんだから、楽しくやるのも大いに良いと思う。

ちなみにリフレックスは普通の5月1日だ。

 

こうして日本ではお祝いムードで盛り上がってるんだけど、地球の正反対、ブラジルでは今日は何と言っても悲しい日だ。

そう、今日はあの

アイルトン・セナの命日だ。

三宅アナが、カワイチャンが涙を流しながら実況をしていたイモラサーキット。

あれから25年だ。

で、かなりの年月をかけて検証したけど、結局原因は確か特定できずに終わったはず。

その年のサンマリノグランプリは、゛魔の週末゛で、ローランド・ラッツェンバーガーが亡くなり、ルーベンス・バリチェロも大けがをしたまれに無いグランプリだった。

ちなみに、観客も9人怪我をしたし、メカニックも2人が怪我をしている近代では最悪のF1ともいわれている。

 

で、これ以降本格的に安全対策が施されるようになった。

たまにレースの場面を見ることのある人ならヘルメットの後ろの方の所に何かしょってるのを見たことがあると思うけど、あれは首の保護をするHANSって言うものだし、今じゃ当たり前になってるピットロードの速度制限も、このレースでのメカニックの怪我をきっかけにしたものだ。

 

こうして、現在の安全なF1(それ以外ももちろん)がある。

更には最近、

「えっ、何?」って感じのカブトムシの角みたいなのが付いちゃってるでしょ、アレも頭を守るヤツで本当に最近のレーシングカーは安全になってる。

 

KERSまでは何となくわかったけど、MGU-HとかMGU-Kとか一体何?、ICEって?なんて感じで、レギュレーションの細分化、均一化で、最近のF1はつまらなくなったって言われることが多いけど

なにはともあれ、レーシングカーの安全性は、あの94年のサンマリノグランプリをきっかけに格段に上がった。

 

そしてセナの事故以来、F1では15年に死亡事故があったのみ。

そういう意味で、セナの事故(ラッツェンバーガーの事故)は無駄にならなかったともいえるんだろう。

 

前々回の中国グランプリでF1は1000回(捉え方や既定の問題で諸説あるようだけど)を迎え、そして゛レッドブル・ホンダ゛はようやく戦えるところまで近づいてきた。

 

そんなF1を天国のセナはどう思いながら見守っているのだろう?

なんて事を想いつつ、今年は是非ともホンダに1勝してもらいたいと思う、セナの命日だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

平成に失われたものは゛夢゛って前回書いた。

今日はその続きで、もう少し掘り下げてファッションの事(ファッションと言う言葉が最近特に嫌になってきたけど)について書いてみようと思う。

 

そのまえに。

つくづく自分は良い時代にファッション界にいたと思う。

(ファッション界って言えるほどの物でも無いんだろうけど)

それはなぜかと言うと、昭和の後半から今まさに終わろうとしている平成にいるからで、西暦で言えば80年代の後半から今までの間ってのは少なくとも日本の中でファッションの絶頂期から衰退期を経験しているから。

勿論、自動車も電気製品やその他の物達に携わっている人たちも近い物があるかもしれないし、ファッションで言えばもっともっと昔にエポックな出来事があったりして、その時代時代でなにがしかがあったんだろうけど、まぁ、その辺は知らないので・・・

 

で、ご存知のようにうちの店は80年代の後半から90年代前半の物を中心に組み立てている。

仕事上での自分の゛真っ只中゛ってのと好みが合致しているって言う物凄くおめでたい状態なのだ。

 

実はこうして偉そうなことをいつも言ってるけど、トレンドに関してなんか店の前を歩いている人々を見てしかわからない。

まぁ、トレンドを取り入れる気も無ければ意味も無いしそもそも興味が無いんだから仕方ない。

たま~に、極たまにニッチなところで被ったりもあったけど、それはそれで結果論って事だ。

 

そんなこんなで平成の30年の間にはいろんなトレンドがあった。

で、何度も言うけどここ最近は単品でのトレンドが凄く多いんだよね。

時代の流れで仕方ない・・・ってのは前回を読んでくれば何となくわかると思うんだけど、中には年代をトレンドにしちゃう、させちゃうことがあるでしょ?

80年代とか90年代とかって年代で区切っちゃう仕掛けなんだか、結果なんだかわからないけど、アレが大嫌い。

仕掛ける方は、なんか無理やりにカルチャーだとかを押し込むけどあんなの後だしじゃんけんみたいなもので、少しでも業界かじってる人間から言わせたら、姑息って一言だ。

しかも、ココントコは更にひどくて、ニーズに合わせてモノづくりをしたりして、完全に逆になっちゃってるケースもある。

そもそも、昔の物を引っ張り出して焼き直してるだけだし。

要するに、そこには根拠もコンセプトも意思も、それこそ作り手の意思なんか無い。

 

総合的に80年代後半から90年代前半の物が良いってよくお客さんに言うんだけど、そこには根拠やコンセプト、もちろん意思が入ってるからなんだ。

一言で言っちゃうと作りたいものを作っていられた時代って事で、まぁ景気が大きく左右する業界なんで当然なんだけど、クォリティもデザインも高くて何しろしっかりとした意思があった。

その後、9・11、リーマンショックもあったり日本では東日本大震災等、バブル崩壊から続いていた景気が更に冷え込んで他の業界同様にファッション界も落ち込んでいった。

作りたいものが作れなくなり、売れるもの、売れそうな物ばかりになっちゃった。

トレンドもトレンドからトレンドアイテムと言う゛点゛になり、従ってサイクルが早まり価格も上げられずにファストファッション、途上国生産・・・そして、断捨離にノームコア、ミニマリズム。

正にそこには夢のかけらもない。

ノームコアだのロハスだの、古いところじゃ省エネスーツ(チト古すぎたか?)だのって乗っけられちゃった物達ばかりのクローゼットじゃ無いか?夢はあるのか?

 

そこでだ、

この10連休を利用してこんな事をしてみるのはどうだろう?

゛断捨離゛・・・

「えっ、さっき否定してなかったっけ?」

そう、否定してた。

一般的に断捨離と言うと、ばっくりと「なんでも捨てちゃえ」なイメージでしょ、1年着なかったものは捨てちゃえ、みたいに。

 

ただ、ここで言いたいのはなんでも捨てちゃえってんじゃ無くて

平成の終わりに改めて箪笥や下駄箱を見直してみようって事だ。

断捨離じゃ無いか、整理だね。

 

バーバリーのミニスカートが出てきた!

厚底ブーツ、こんなところにあったのか!

BOONの創刊号、こりゃ高く売れるか?

こんなチビT、どうやって着てたんだ?

980円のフリース、5色も買っちゃったけど着てないし・・・

スポーツサンダルなるもの、そもそもスポーツで履いたっけ?

こんな感じで、年齢で出てくるものは色々だろうけど、今までに着ていた遺物がゾクゾクと登場するだろう。

これを一般的な断捨離の感覚でやれば、オールオブまとめて捨てちまえ!ってどっかのカリスマおばさんは言い切るだろう。

ただね、それってあまりにも寂しすぎるんじゃないか?

 

長いカーディガンに厚底ブーツ、チェックのスカートはその時なりに輝いていた記憶だし、Tバックの下の線が見えちゃって人に指摘された思い出のあるローライズのフレアパンツの上はこのチビTだったなとか、比較的クローゼットの手前には勢いで買ったガウチョが5枚もあるけどいい加減部屋着にしかならないかな、・・・とか、とか。

 

そういうのを思い切って全部処分しちゃうのも、なんか寂しい気分になるでしょ?

だから捨てろとは言わない。

けど、反省しようよって事だ。

だから、自分の゛アーカイブ゛として

「各一取っとくか?」もアリだと思う。

そして、なんて無駄な買い物をしてきたかって反省するべきなんだ。

で、改めて

「長く着られるものを選ばなくちゃ」って自分に対して戒めよう。

で、中には流行に乗っかっちゃって買った物の中にも長く着られる、履けるものがあるはずで、それを自分のベーシックスにすれば良いと思う。

想い出や反省品の一部、そしてベーシックスを残して後は処分しただけでもかなり気分はスッキリするはずだ。

そして、これからはベーシックスに合わせたものを買っていくって自分に宣言する。

「令和は無駄な物買わないぞ」

「令和はミーハーやめるぞ」

「令和は自分のスタイルを確立するぞ」

ってね。

 

そうすれば必ず、自分と言うものが出来て憧れやライフスタイルが出来上がり、おのずと夢も生まれてくるはずだ。

 

そう、平成で失われた夢を令和で取り戻す。

この連休、そんな感じで整理してみては?

途中で出て来ちゃったVIVIやJJをつい見返しちゃっても充分まだ8日間もあるしね(笑)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この話は20日くらい前に書いたもので、チト時系列にズレがありますが、ご了承を。

ドラマは春のクールが始まってますしね

 

さてと、たまには真面目な事書いてみようか。

 

゛WANT YOU 俺の・・・゛こんなフレーズが昨日の帰りの車の中で何故か頭に浮かんじゃって

「誰だったっけ、歌ってたの?」って訳で中々思い出せなかったんだけどようやく今日になって、南義孝だ!ってモヤモヤが晴れた。

南義孝と言えば、60歳前後の人は大体知ってると思う。

最初の゛WANT YOU・・・゛は゛スローなブギにしてくれ゛

それから゛モンローウォーク゛なんて曲はオッサンオバサンなら今すぐにでも口づさめるんじゃ無いだろうか?

で、南義孝と言えばつきものと言えるのが、片岡義男だ。

゛スローなブギにしてくれ゛は片岡義男の小説だし当時のポパイ少年なんかだったら、当然両名ともにチェキしてたんじゃないだろうか?

実際、片岡義男はポパイに文章も載せていたし、ハワイ在住の経験もある片岡はアメリカに憧れていた少年少女のアイコンでもあったわけだ。

片岡、南共に70年代の中ごろから活躍してたんだけど、何を隠そう自分も丁度バイクに乗り始めたころで、片岡の小説(エッセイ)なんかを読み漁りながら、そんな光景を脳内でよみがえらせて湘南を飛ばしたりしていたって言う、ほのかな記憶がよみがえってくる。

ただ、その頃から斜に構えた性格だったものだから片岡の書くものは゛臭く゛写っていたんだ。

なんか、恰好付け過ぎ、現実味が無い・・・そんな感じで、う~んチトひょうげんするのが難しいんだけど、あこがれとしては漠然とあったけど、一歩引いて見ちゃうような。

だって、バイクで走ってたら前からキャッコウ良い女の子が走って来て、それで何たらかんたら・・・なんてありえないし。

ただ、漠然と゛逗子の海に沈む夕日゛だったり、恰好付けかもしれないけどバイクに乗ってる時のふとした孤独感とか、風の変化とか、具体的に何をして、って言うんじゃなく漠然と、なおかつ断片的に景色や空気はよみがえってくる。

もしかしたら、そういう言葉では言い表せないものが無意識に今の仕事に影響していたりするのかもしれない。

 

昭和で言えば50年代になるんだけど、この時代の日本はとってもいい時代だったんだとつくづく思う。

車にしろ、電化製品にしろ新しい物が次々と登場し(今でもそうだけど、当時はもっと個性豊かな物達)、ことファッション分野では

それまでアメ横天国だったアメリカの物が徐々に勢力を拡大して

ビームスなんかの品ぞろえも豊富になり・・・そんな時代だ。

アメリカ文化はポパイが教えてくれたけど、若者はそれ以上に情報や物を欲していて、それらを得るためにあっちへ、こっちへと行動した。

インターネットもスマホも、ポケベルすらなかった時代の話だ。

 

そんな昭和は64年で終わり、平成に変わり、とうとう今月を以て平成も終わっちゃう。

「平成最後のなんとかかんとか・・・」って聞かない日は無い位な今日この頃だけど、ちょうどドラマのクール間ってのもあるんだろうけど、何処のテレビ局でも「平成30年を振り返る」みたいなのをやってる。

゛平成の号外100゛とかそんな感じでね。

まぁ、ついつい見ちゃうよね。

震災、天災、オウム事件を代表として総合的にネガティブな事ばかりが印象に残っちゃうんだけど、同感の人も多いと思う平成30年。

逆に、インターネットの普及を筆頭に技術の進歩でそれまででは考えられない位便利になったのは言うまでもない。

家から1歩も出ないで買い物は出来るし、F1だってライブで配信される。

車はぶつからなくなりつつあり、おそらくもうすぐ国会の議事録もAIが瞬時にまとめる時代になるだろう。

 

で、考えた。

新しい出来事や、新しい物が次々と出てくる一方で゛失われたもの゛って何だろうと・・・

自分が感じたそれは、ずばり゛夢゛だ。

 

昭和から平成と言えば、バブルの端境期だ。

敗戦からの意地とプライドをかけた復興、高度経済成長から希望に満ち溢れ、現実となりバブル崩壊とともにそれが崩れ去り、所得は減り続け物価は上がらず、一方では信じられないような多くの情報が手に入り、その結果究極に現実主義、と言うか現実しか見られない世の中になっちゃったんじゃないだろうか?

 

欲しい物はその場で見られ、買え、行きたいところはグーグルマップで見ることが出来て、知らない世界への憧憬や懐疑も持たなくなり、持つ必要もなくなり全ては今ここにある現実のみ。

 

これでは夢なんて見られるであろうはずもないし、もはや見る意味も見いだせないのでは・・・って思っちゃう。

 

「あ~したいな~、こ~したいな~」な願望はもしかしたら漠然とあるのかもしれないけど、頭の中には現実しか存在しないから、したい何かが何だかわからないのかもしれない。

だから、具体的なビジョンや願望が見いだせないんだろう。

逆にモニターの中の世界やVRの経験と現実とが歪んだ形でリンクしちゃったりってのもあったりして。

 

見たい情報、得たい情報がすぐそこにあるから、そこで完結しちゃう。

本当はそこが出発点なはずなのに、得たもので満足しちゃんだよね。

例えば、見た目にインパクトがあってインスタ映えするからって理由で、んっ、スイーツの有名な店に行ってカシャカシャと。

この際味はどうでも良いんだよね、何なら人気があって映えれば美味しくなっちゃう。

「よしっ、ここは1つコレに負けない位インパクトのある物作ってみようじゃないか」とはならない。

次のトレンドを追っかけるだけなんだよね。

もしも、コレをきっかけにしてお菓子作りを始めて、作り方を知ったり創意工夫をしたら素晴らしいのに・・・

 

想像することをやめてしまい、そうして自分と言うものが見いだせなくなり、結果個性が失われ、そうなると何かに頼らないと生きていけなくなる。

だから、どこかで何かが始まるらしいぞ、どこかで何かが流行ってるらしいぞ、ともなれば1点集中、一極集中の傾向が強まる。

スタバのなんちゃらがオープンともなれば、行かなきゃいけない症候群に陥り、千円のコーヒーを飲む行為に満足しちゃう。

あんな人だらけの所に、しかも5時間も待って飲むコーヒーが果たして本当に美味しいのか?と言う発想や自分なりの価値観を想像できない。

元々群集心理があるとはいえ、そこまで時間と金をかけて

「オレ、一体何やってんだ?」って思わないんだろうか?

 

 

そんな訳で

夢が持てなくなり、想像力を働かせられなくなって考えにプロセスがなくなる。

 

一方でインスタなんかの影響で、みんなが持っていた承認欲求がドンドン表面化して来てる中、゛良いね゛の為に胆略的な投稿をしたりも起きてくるんじゃないだろうか?

(うちにも承認欲求の高い店長がいますが・・・)

 

ちまたで良く

゛失われたウン十年゛なんて言われている。

バブルがはじけてからの経済の低迷が続いて今があるけど、失われた゛夢゛は幸いにも物体じゃない。

と言う事は、取り戻せるって事だ。

 

(続く かも)

 

 

 

 

 

ご無沙汰です、毎度の事か・・・

 

え~と、

何と、くにが明日で満1歳!

あ~それなのにそれなのに、

またまた何と昨日は痛い思いを・・・

 

ってのも、伸び伸びになってた去勢の手術がやっと昨日完了したのだ。

本当は3月に予定してたのに、事前の検査で延期になったり病院の先生のスケジュールが合わなかったりで誕生日の2日前になっちゃった。

結果、まったく問題なく終わって日帰り退院。

ただ、びっくりなのは歯(乳歯)が全然抜けてなくて去勢と同時の抜糸で、ななななななんと18本も抜いたんだって(抜いた歯は勿論もらってきたけど、あんまり耐えられる画像にもならずそもそも撮ってどうするの?って話なんでスルー)。

それだけ2重に生えてたらいままで食べるのに時間がかかってたわけで、

「何にしても良かったね、くに!」って、もしかしたらこれが最高の誕生日プレゼントかもしれないね。

本当はね、゛犬用のケーキ゛かなんかでお祝いすべきなんだろうけど、皆さんご存知のように゛尿結晶゛があるものだからいろんなもの食べられないし・・・

 

って訳で、明日が誕生日のくには家に来てもうすぐ5か月になるけどこの間色々と大変だった、一体いくらかかったか・・・(笑)

特に最初の頃なんか去勢云々どころじゃ無くて毎日がヒヤヒヤ物だった。

でも、求めたところのスタッフも、病院も凄く協力的でチト箱入り息子、過保護感は否めないけど、そんなこんなで無事に1歳を迎えられる。

 

で、何よりも元気で楽しく過ごせているのは大好きな人が店に来て可愛がってくれたおかげ、皆さんありがとうございます!

なんて事も言ってみつつ、去勢後にどう性格が変わっていくのかが楽しみでもあり。

 

 

痛かったけど、頑張ったよ!

良く言われるの

「写真よりも可愛いっ」って。

逆に言うと、写真写り悪いって事だよね。

確認しに来てみてね、う~んどうでしょう?

 

で、当然まつことの生活も5か月になるわけで

くにが来てからと言うもの、まつこは大分おとなしく控えめな性格に変わった。

それまではお客さんが来ると延々

「遊ぼ、遊んで、遊ぼうよ、遊べよ、遊べっていってんだろっ」

だったのが、一通り

「こんにちは、なめるよ」が終わると足の上で寝ちゃうような性格になった。

良い悪いって事じゃ無くて、まつこはそういう風にオバサン化したんだ。

ただ、隙あらば甘えてくるし一歩引いて少しやきもち焼いてるところがあるのかもしれない。

 

 

「おとなしく、とか控えめ、じゃなくておしとやかって言ってよ。

それにおばさん化って一体?まだまだ女盛りだ!わん!!」

 

で、くには最初の挨拶は激しいけど、しばらくするとマイペースに勝手に遊んだり、ぶらついたり、時に物思いにふけったりしている。

何処となく寂しげで、憂いを持った若者って感じだ。

 

そう、犬のくせしてこんなにも性格が違うんだよね。

沢山犬を飼っている人に言わせれば

「当然だろっ」なんだろうけど、改めて思いなおしてみると

感情があり、好みがあり、だから喜怒哀楽があり、人が大好きで

つくづく奇跡の動物だって思った今日この頃だ。

 

 

 

雨、寒い、最低・・・・

ご無沙汰です、犬2匹は元気だけど飼い主やや風邪気味な中目黒は潮が引いたように人はまばら。

そりゃ、こんだけ寒くて天気悪けりゃいないよね。

外国人観光客は運が悪かった・・・

ただ明日からは気温も安定するようだし、ここしばらくは気持ちの良い日々になるんだろうから短い春を満喫しましょうね。

 

さて、気温が上がって来ると素足にモカシンが気持ちよくなってくる。

最近はゴーストソックスを履いてってパターンも多いけど、やっぱりモカシンは素足で履かなくちゃね、素足で履いてこそ気持ちの良いモカシン。

ちなみに、トゥからちょこっと見えるソックス、ビジュアル的にアレが大嫌いなんだけど、皆さんはどうかな?

 

そんな訳で、やっぱりモカシンと言えばL.L.BEANって事になる。

って別に゛じゃ無きゃダメ゛って訳じゃ無くて、古くはアンソーン、今はランコートって靴メーカーのがやっぱりモカシン作りじゃ一番だと思う(MADE BY L.L.BEANってのも実はアンソーン製だったらしいし)、思い込みか?

勿論、ラッセルも履き心地の良さじゃ最高だしどっちとも言えないけど、そこは思い入れが入っちゃう。

ただ、そうはいってもヤッパリ普通すぎるってのも正直なところで、何足かのバリエーションが欲しいよね。

キャンプモカシンにブルーチャーにそれから・・・

 

な時に、まぁ3足目とか4足目かにこういうのがあると中々楽しいと思う。

ラルフ・ローレンの゛番外編゛モカシンだ。

 

 

左がビーンのキャンプモカシン、右がポロのクロコダイルモカシン。

そんな訳で、何だか商品紹介みたいになっちゃったけど、残念ながら現状は商品が無い・・・需要は沢山あるんだけど。

 

で、人によっては邪道って言うだろう。

だってそもそもがアウトドア専用みたいなモカシンなのに何でわざわざエキゾチックレザーで作るんだよ!って。

ただ、何にしてもこういう事をやるのがローレンの゛クセ゛って言うか素晴らしいところで、言い方を変えればこういう事をやって50年の歴史があるって事だよね。

ウールのエンジニアジャケットだとかデニムのテーラードジャケットとか、異種格闘技戦みたいなものは他にも沢山あるし。

 

で、こういう物って゛頭の堅い連中゛には邪道と言われ、また一般的には゛とっつきにくい゛ってしばしば言われる。

所がどっこい(何年ぶりに聞いたフレーズか?)こんな異種合体攻撃アイテムってのは、本当は物凄く融通のきくものなんだよね。

 

例えば、ウールのエンジニアジャケット・・・

デザインを優先して、ジーンズと合わせればワークスタイルじゃ難しいとされる上下デニムのジージャン代わりに出来るし、素材を優先すれば綺麗な都会的なコーディネイトにも対応する。

デニムのテーラードジャケットもしかりだ。

 

だから、ある程度の知識と感性がバランスよくあれば、コーディネイトの幅が格段に広がる。

そんな訳でクロコダイルのモカシンはデザインを優先すれば、小奇麗なアウトドアのスタイルに出来る訳だ。

勿論アウトドアの現場では履けないけど、アウトドアな気分を味わいたいけど、少しあか抜けた気分にしたい(外したい)みたいな時に。

素材を生かしたいって事なら十分にドレスアップなコーディネイトにも履ける。

(サラリーマン当時、パープルレーベルのスーツにコレを履いていましたよ、なんとも身分不相応な!&笑)

 

そんな訳で、こういった異種格闘技戦なアイテムを皆さんも是非チャレンジしい見て欲しいと思う。

「ベタベタなど真ん中直球のコーディネイトしかできなくて、でもいい加減つまらない、でもどうして良いかわからない・・・」

おそらくこんな人も多いと思う。

そんな時に、こういう物ってのは凄く便利だ。

何てったって持ってる物と同じデザインの素材違いを着るだけで、簡単にチト雰囲気が変わって自動的に、上手い具合の゛ハズシ゛が完成しちゃうんだから!

 

丁度、これから真夏になる前あたりは、こういう事が出来る絶好の季節だし、レッツトライ!だ。