過去、最もアクセスのあった”POLO COUNTRY”に続いて

今日は続編て事で”POLO WESTERN”に付いて書いてみます。

(時系列的には合っていないけど、ご勘弁を)


Part 1からって事で今日も長くなりますが、お付き合いを・・・


まずは前段として、それ以前の話から入らないといけません。


76年にメンズ、77年にウィメンズのコティ賞の殿堂入りを果たして、

さらには同じ77年に、かの有名な「POLO」「LAUREN」と言うフレグランス

を販売(資料によっては78年となっている物もありますが77年が正解)する等、

まさに飛ぶ鳥を落とす勢いだった訳です。


77年にウィメンズで殿堂入りする、その時の秋冬コレクションはカシミア等の

贅沢素材をふんだんに使った優雅な物だったんだけど、これが次の年の

78年に、一転「ウェスタン・ルック」が登場するのです。

(74年、76年あたりも出しているようだけど・・・知識不足です)


当時はニューヨーク中がカウボーイ、カウガールだらけだったと言う記事も

あり、相当なブームになったようです。


そうすると当然、二番煎じと言うか安価な模倣ブランドが登場する訳です。

それらに対抗すべく登場したのが”POLO WESTERN”と言うわけです。


これが何と、あのGAPと手を組んでの「POLOWESTERNWEAR」と言う

会社だったのです。


余談だけど、このパイプ役を果たしたのが今でこそ誰でも知っているあの

ポロポニーのきっかけを作った女性なのです。


ローズ・ウェルズって言うデパートの管理職の女性で最初にローレンに

ウィメンズのシャツを作ってって頼んだ人、その時のシャツの袖にあの

マークを刺繍したのが最初だった。


そんなこんなで”POLOWESTERN”誕生のきっかけはウィメンズが大きく

影響しているのです。



きっかけとなった、ウェスタンウェア・コレクション

バイアス使いのプレーリースカートが大胆で、かつ優雅です。
REFLEX的生活様式考


メンズのカバーオールとウィメンズのシャツ。

例によって”POLO WESTERN”がメンズ”RALPHLAUREN WESTERN”

がウィメンズ
REFLEX的生活様式考

単純に言うとギャップがポロのライセンサー的な感じになるんだけど、当然

他の低価格なブランドに対抗する訳だからポロやラルフ・ローレンよりも

安くしなければならない。


でもそうするとクォリティを落とさなければならない訳で、それがローレンには

許せなかったらしくて、コストと定価のバランスが取れなかったらしいのと

あくまでも、理想を追い求めたローレンのサイジングが市場と合わなかったらしくて


何と、このビジネスは僅か1年で終わってしまうのです。

(持っている人はお分かりだと思うけど、ポロのとポロ・ウェスタンの変わらない

クォリティはこんな理由からなのですネ)


発売当初はかなりのインパクトで、当初の計画を大幅に上回る予測から増産

したようだけど、結局ウェスタンルックが飽きられてしまったのと、さっきのサイジング

の問題で大量に余っちゃったようで、その後何年にも渡ってアウトレットで販売されて

いたようです。


それでもローレンは懲りずに(?)その後もたびたびウェスタンテイストの商品群を

展開していくのです・・・

(これぞローレンのアイデンティティか)


(ポストリーバイスを目指して、ハイウェストでスリムなデザインを取り入れての

ジーンズを作ったけどやっぱりダメで、これが原因でローレンはリーバイスを

超えられないと悟ったとか?)


と、まぁここまでが言ってみればどうでも良いっちゃどうでも良いバックグラウンド

です。雑誌編集のネタ位にしかならないネ。