何と本当に復帰しちゃうシューマッハ・・・

僕はあまり好きじゃないんだけど(前にも書いたけど、バリチェロ

が1番のひいき。)

来年は台数も増えてかなり面白い年になりそう!

徹底管理された現代のF1は一方でレースその物よりもサーキット

外の話題の方がクローズアップされたりもして、これも1つの時代の

流れかも知れないけれど、何だか違う様な気もする熟年ファンは

きっと少なからずいると思うんだけど・・・

シューマッハの件は!だけど、30年前にもそんなドライバーが実は

いたのです。

ニキ・ラウダって人、昔からのファンにはもうおなじみの人だけど

この人も1回79年に引退して(75年、77年にワールドチャンピオン)

ちょうどシューマッハと同じ3年ぶりに復帰して84年にまたチャンピオン

て言う、F1界の衣笠サチオって感じの人。

しかも76年には大事故で瀕死の火傷を負っている。

そんなニキ・ラウダがチャンピオンを捕った77年の最終戦が日本だった訳。

富士スピードウェイで行われた日本で2回目のF1で

(第1回の前年は大雨で一時星野一義が3位激走!)

かの有名なティレル(当時はタイレルて呼んでたの)の6輪カーも走ってた年。

前年から一転、快晴のコンディションで始まったんだけど、

6周目に大事故が起きちゃって、2名が死亡って言う大惨事・・・
第一コーナー・・・


前のティレル(ロニー・ピーターソン、後に事故死)にフェラーリの

ジル・ビルニューブ(この人も後に事故死)の前輪が乗っかっちゃって

飛んじゃったのネ、それでフェラーリが飛んじゃって観客に突っ込んじゃった。


(当時の画像、探すと色々あるんだけど何かありそうなので興味のある人は

勝手に探して下さい 「F1世界選手権 ジャパン」こんなんで検索すると

色々と出てきます)

そこは立ち入り禁止区域で、よく覚えていないんだけど世間的に大騒ぎに

なっちゃった。

で、実は僕・・・

何を隠そう(30年も経っているから隠さなくて良いよネ)その現場にいたのだ!

つまりその事故の一部始終を見ていた訳。

何をどうしたのか、殆んど記憶に無いんだけどとっさだったのかな?

ドサクサって言うのかな

フェラーリのカウル、持って来ちゃった(しかも電車で!)

(チラッとなつかしのサイドスカートが見えるでしょ)
REFLEX的生活様式考

これがその物ずばりNo.11ビルヌーブのサイドカウル。

ピニンファリナやチャンピオンのステッカー懐かしいですよネ。

お宝でしょ?

幾らで買いますか?

なんて不謹慎な事言ってないで、

そう、今日はベテランF1ファンに共感してもらおうと言う企画なのです。

何でもかんでも昔は良かったな~なんて事は無いけれど、

タイヤが4個じゃ無い車が走っていたり、エンジンも12気筒あり8気筒あり

スポット参戦で日本人が3人も出ていたし。

(一方では車の安全性や管理体制の問題もあったりしたけど)

とってもとっても楽しかった、この頃は「奇才」なんて呼ばれるデザイナー

も何人かいましたネ。

(やってる人達はもっと楽しかったでしょうネ)

勿論今より全然情報なんか乏しくて、詳細結果なんて二週間後のオートスポーツ

(この時代は月に2刊でした)じゃ無くちゃ分らなかったし、インターネット

なんかある訳無かったけど興奮していたものでした。

ちなみに当日プラッと行って普通に入場出来ました、確か入場料(自由席?)

2000円位だった様な・・・

この事故でその後10年間は日本開催無かったけど87年に鈴鹿で復活し、

そして94年のラッツェンバーガー、セナの死で格段に安全性が上がって

それ以来死者は出ていなくてそれは手放しで喜ばしいんだけど。

何てったってF1って言う位なんだから、予算削減とかルールがどうとか

じゃ無く、究極のモータースポーツにして欲しいと思う今日なんだけど・・・

いくらお金掛かろうがそれはそれで1つの力なんだから、ネ、ワンなんだから。

完全な昔話だ、こりゃ

もっともっと色々言いたい事はあるんだけど、キリがなくなっちゃって

しかも「それで・・・何か?」って突っ込まれそうなのでやめときます。

ジャンジャンチョキ