メグとセロン 「休息」 | ひっぴーな日記

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第十の月 二十一日



 セロン・マクスウェルは学食の中庭に出された広いテーブルの席の一つに座っていた。学食はかなり広いが今のように天気の良い日だと学食の従業員がイスとテーブルを並べて生徒が中庭でも食べれるように配慮がされたりする。
 だが昼食時となれば当然学食に行かずとも家や、購買で買ってきたものを、最後に受けた授業の教室で友人と食べたり、と様々だ。しかし学食もそれなりに込む。
 秋学期の期末テストが差し迫り、部活動禁止期間に入ってからはセロンは雨の日以外、主にここで過ごすことにしていた。
 テーブルには取った講義のテスト範囲をすでに全て読み「暗記」した教科書がうず高く積み上げられ、今は教科書で気になった部分を図書館から借りて来て、お茶を飲みながら読んでいる所だった。
「…………」
 図書にはさまれ目立つ場所にいるために授業を早く終えた生徒や(主に女子学生だが)や、親しい友人に軽く声をかけられる程度で誰も立ち止まらなかった。元々読書中の生徒に割り込むなどというマナー違反など、親しい友人以外、紳士、淑女の子息、令嬢が多く通う第四上級学校にしてみれば普通の光景である。
 しかしセロンはそんなことはまったくどうでもいいのだが。むしろ気兼ねなく話しかけてほしいぐらいだった。
 ふと、手入れの行き届いた芝生に近づいてくる足音がして、セロンはそれまで読み終えたところで本に栞を挟んで顔を上げた。
 男性だった。身長はそれなりに高く中肉中背。ふちなしの楕円の眼鏡をかけており、どこにでもいそうな紺色のスーツを着ていた。前はネクタイをぴっしりと締め、開けている。横にはこの季節にはまだ早いトレンチコートを丁寧に折りたたんで腕に掛けていた。
 男性は柔和な笑顔を浮かべながらセロンの着くテーブルのすぐ傍まで来ると、
「今日は」
「今日は」
 セロンもそう返した。二人ともロクシェ語だ。
「読書中すみません。ちょっと道に迷ってしまいましてね。初めて入る建物ですからわからなくて」
 セロンは少し首を傾けた。胸ポケットにはロクシェ語とべゼル語の両方で「来賓客」と書かれていた。もし客であればポーターをつけるなり、案内板なりみればいいものではないだろうか。
「ああ、案内係さんは断りました。あと地図を見るのはどうにも苦手でして」
「それで俺に道を聞きに来たのですか?」
 先を読んだような言い方をする男は笑顔を崩さない。
「ええ、まあ、なんと言いますか、目立っていたもので」
 セロンはそれまで気付かなかった、と言った風に自分のテーブルの周辺を見て、なるほどと自分で納得した。読書に熱中しすぎたのだろうか、本が散在しているし、目立つ庭の中央でこれならば頷ける。
「なるほど、それでどこに用事が?」
「ああ、学校長に用事です。時間は丁度なので恐らく部屋にいらっしゃると思うのですが」
「ええ、わかりました。それではまず――」
 セロンは立って案内をする。目印になるものを含め、何階を通るのか分かりやすく説明をした。
「以上です。大丈夫ですか?」
「ええ、『全て記憶しました』ので」
「そうですか、では」
「ええ、ありがとうございました」
 短いやり取りの中、セロンは立ち去っていく男をじっと見ていた。
「すいません」
「おや、なんでしょうか」
 律儀に立ち止まる男に向かってセロンは言う。
「最近あるサークルの影響でしょうか、昔でしたら胸中にしまいこむべきことでしょうが」
 一旦区切り、
「貴方はスー・ベー・イルの警察・または軍人関係の方ではありませんか?」
 男はまったく動じず柔和な顔を崩さず、というか少し微笑み、
「ええ、確かにそうです。しかしどうしてそう思いましたか?」
 男は隠しもせずに認めた。セロンは無表情で続けた。
「簡単にですが、スー・ベー・イルはショルダーホルスターの拳銃は警察でしか携帯しません。軍人に多いです。まだこの季節は汗ばむというのにトレンチコートを持っているということはそれを隠すためでしょう。それは入校時に警備員に預けたでしょう。ですがそれに、本来であるヒップホルスター、今貴方が隠して携帯しているものが多いです」
 男性はふむ、と頷いて、
「他には?」
「来賓客とあるのにべゼル語の入りの入校許可証をつけていました。ロクシェ人ならまずない扱いです。それにあなたは『姿勢が良すぎる』。あとは地図は苦手といっているのに『全て記憶した』という矛盾です」
 男は関心したようにまた一つ肯いて、
「素晴らしい観察眼です。しかし確定までには弱いですね」
「そうですね。『仮に、もし』と思っただけです」
「ええ、そうですね。『仮、もし』ですね」
 二人は微笑みあい、男はそれではと言ってしまった。
 セロンは無表情で見送り、また読書にふける。
 セロンは一つ引っかかっていることに思いついた。確かに自分は目立っている。だけど「たったそれだけの理由で」声をかけるのだろうか?
「ああ、なるほど。そういうことか」
 口に出して男性の本来の目的が分かったセロンは1人肯いた。
 数人の生徒の足音だけが響く学食ではあと数十分で終わる授業で生徒でごった返すだろう。そのためにせめて図書館から借りてきた本だけでもと片付け始めたら、またセロンに近づく足音がした。
「今日は。セロン君」
 顔を上げてみると栗色の長いストレートと茶色の大きな瞳、第四上級学校の制服――寒くなってきたために秋学期から配布された、胸に刺繍をされたクリーム色のセーターに赤いネクタイ、緑色のチェックのスカートの女生徒が立っていた。
「ああ、今日は。シュルツさん」
 実を言うとこんなセロンの状況で堂々と話しかけてくるのは珍しいのだが、それは言わないでおくことにした。確か正式本名がかなり長い彼女とは国語が一緒だったはずだ。
「あれ? ちょっとお邪魔だったかな?」
 リリアは栗色のストレートを弄りながらちょっと困った顔をした。
「いや、邪魔じゃないよ。丁度読み終わって図書館に返しにいくところだったんだ。昼食の後にでも返そうとおもっていたんだ」
 本の量をみてリリアが少し、いやかなり驚いて、
「試験勉強? こんなにあったかな?」
「いや試験勉強はすでに終わってる。それがこっち。今読んでいるのが自分の興味の合ったもので、こっち」
 そう説明するセロンをリリアは理解できないといった風に、腰に両手をあてて頭を左右にふった。
「頭痛くならない?」
「……? 本に頭をぶつけたことはないが?」
 本気でセロンはそう言ったのだが、少しぽかんとした後なぜかクスクスと笑われてしまった。それのほうが理解できないセロンは不思議そうに首を傾げる。
「セロン君って面白いよね本当に」
「あ、ああ。そうなのかな」
 自覚がない分どう返事をしたものかわからない。ふとようやく思い出してリリアにセロンが言う。
「そういえばシュルツさん、俺に何か用事じゃなかったの?」
「あー……、そういえばそうだったかな」
「?」
「セロン君って結構モテてるけど、セロン君自体が好きな子とかいないの?」
 セロンは彫刻のように固まり、学食の用意の音が鳴り響く。リリアは笑顔で答えを待っているだけだ。
「いや、特にいないが」
 無表情でそう答えた。
「でも特定の女性を好きにはなりたいよね?」
 またセロンは固まり、廊下を走るなと注意される生徒の声が聞こえる。リリアは笑顔。
「まあ……将来的にはそう考えているかな」
「以外にかなり近い場所にいたりして?」
 即座の質問にセロンは思わずお茶をこぼしそうになった。だがやはり無表情で答える。
「そうなったいいかもしれないな」
 ふーんとリリアは唸って、腕時計を見た。よく見るとホイットフィールド・フォーカスの時計だった。
「おっと」
 そう言うと、
「わたしママを起こしに行かなくちゃならなかったんだった」
「ママ? を?」
 セロンはが学食の時計を確認するともう授業が終わる頃だ。この時間で、自宅まで行きさらに学校まで戻ってくる。間に合うのだろうか。
「ああ、大丈夫。すでにあっちに昼食用意してるし、ママは半休で寝っちゃってるの。わたしが起こしに行かないとね」
「それはシュルツさんが起こしに行かないとだめなのか? 親戚や近所の方にお願いはできないものか?」
「お願いできたら……幸せよね」
 そう言って遠い目をするリリア。なにかセロンにはわからない苦労がリリアにはあるようだった。
「そうか、それは大変だね。よかったら車を出そうか? いまならアウトバーンは空いているだろう」
「ああ、いいのいいの。普通にバスで行くから。十分間に合うわ。じゃねー」
 そう言って走って校門のほうへ行ってしまった。
 その姿を見てセロンは少し呆然とし、大事なことにようやく気付いた。
「シュルツさんは本当は何か聞きたかったんじゃないだろうか……」

「あれじゃ八割でメグで当たりだわ」
 そう言いながら正式本名はとてつもなく長いリリアーヌ・シュルツは校門の警備員に学生証を見せると走り出そうとしたバスに乗り込んだ。
「うーん。でもメグだとしても、あの調子じゃもしかして『いい人』で終わっちゃうんじゃないかなー。口下手というか気持ちを伝えられないというか。頭は良さそうだけど」
 リリアはぶつぶつと首都の風景を見ながら呟く。
「心配だ。秋学期の終わりにでもメグに聞いてみよう。そういえばトレイズからイクスに行くんだかなんだかっていっていたかな?」

 しかし本当にシュルツさんは上級学校の生徒なのだろうか。こういうこと言ってしまうとざっくばらんというか、お嬢様言葉で淑女が闊歩している上級学校を見るに、少し浮いている気もする。なるほど、絵画の授業で「強そう」と思った印象は当たらなくもない。ママ、お母様もそうなのだろうか。
「セロン君!」
 考え事をしていたためまったく気付かなかったが目の前には先ほどリリアにごまかした、思い人、シュトラウスキー・メグミカが笑顔で立っていた。手には昼食のトレイを持っている。
 いきなりの登場でメグミカの顔を目に焼き付け、頭の切り替えを数秒で行ったセロンが、
「ああ、今日はメグミカさん」
 そう無表情で言った。メグミカはトレイを置いて、
「うわー凄い量の本です。 これ全部試験勉強ですか?」
「ああ、ちょっとそれもあるけれど、暇だったから他の本も」
 まだ驚いて本の量を見ているメグミカにそういえば二人きりじゃないかと気付き、そのきっかけとなった本にこれからは宝のように扱うことを固く誓ったのは言うまでもなくメグミカは知らない。
「図書館に返すんですか? 私も手伝いますか?」
「いや、メグミカさんに悪いし、食事も冷めてしまうだろう。昼食の後にでも返すよ」
「それはダメです! もし雨でも降ってきたら本が洪水です! ですから私も片付けを手伝います」
「……『洪水』? ああ、『濡れる』かな」
「そう! 今日の新しいロクシェ語ですね」
 なぜだかメグミカは強く片付けるのを申し出た。
「ああ、じゃあ……メグミカさんがそこまで言うなら。図書館に返すのは俺が三分の二、試験勉強のほうは鞄にいれれば収まる。いいかな?」
「はい」
 そしてテーブルを離れる二人。図書館までは距離的に長い。本校舎から向かって左側にあり、別棟になっているのが図書館でかなりの蔵書量をほこる施設だ。
「………」
「………」
 セロンはどう話を切り出したものだろうかと悩みながら廊下を歩き、なぜか楽しそうなメグミカが本を運ぶ。
「あ、そうそう。さっきシュルツさんに会ったよ」
「リリアにですか! 何か言ってましたか?」
「……ちょっと試験勉強に関してね」
 まさか女性のことについて聞かれたなどと言えるはずもないセロンは口を濁した。
「リリアも試験に熱心ですからね。でもよくお喋りして脱線します。だからリリアの家にいって一緒に勉強して教えあったりします」
 率直にセロンは激しく羨ましいと思った。
「シュルツさんってなんていうか、大らかだよね。失礼だけど、上級学校生っぽくないようなというか」
「んー。リリアはあまり他の人を気にしません。えっと人の目?とかそういうのです。だから私にも声を掛けてくれたのだと思います」
「そうか」
 セロンは深く肯くと、そうです、とメグミカが嬉しそうに微笑み返した。
「そういえば、逆にセロン君はなぜあんなところで本を読んでいたのですか?」
「ああ、それはあそこは目立つだろ?」
「はい」
「そうするとこの時間帯、学食には午前の授業を終えた生徒が集まる。そこに俺が座っていれば新聞部の誰かが見つけてくれる。今はテスト前で部活動禁止期間だ。放課後も集まれないから、昼ぐらいはと思ったのさ」
「なるほど! 凄いですやはりセロン君は頭がいいです」
 そう微笑みかけてくれるメグミカを見てセロンはいえいえあなたほどの美しい女性にそんなことを言われて私を幸せにしてくれる貴方のほうが素晴らしいですと思ったが、
「いや、それほどでもないよ」
 と無表情に返した。
「学食に戻ったらナタリアさんかラリーさんが座ってると思います」
「ああ。それで逆にどうしてメグミカさんは図書館にいきたがったんだ?」
 えへへ、と珍しい笑顔をしながらメグミカは器用に片手で本を持ち、お下げの髪をいじる。
「私、一回しか図書館に行ったことがないのです。ですからいってみたかったんです」