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全てはよきに流れる。

 

たとえ、どんなに心が不安でいっぱいでも、

どんなに明日が怖くても、

どんなに心が痛んでいても。

 

それでも、

「大丈夫。きっと神様が守ってくださる」

「神様が必ずことをよくしてくださる」

「天はこの世の全てのものの上を行かれるから、何も心配しなくていい」

「天の愛のエネルギーは、この世のどんな邪悪なものにも勝っている」

 

そんなふうに信じることです。

 

信じられなくても、信じようとすることです。

 

それでもまだ不安があるのなら、

祈ることです。

 

ただひたすらに祈ることです。

 

そうすれば、必ず、何かが変わるでしょう。

 

神様はわたくし達の全てをご存じです。

 

神様は、わたくし達のあらゆる行い、思いを全てご存じです。

わたくし達の身の上に起こることも、全てご存じです。

 

何か問題が起こったなら、

わたくし達はついうろたえてしまいますが、

 

神様は、その問題が起こる以前から、

既にその解決策をお持ちです。

 

(これは、わたくしが敬愛している、ジョエル・オースティン牧師様

Pastor Joel Osteen がいつもおっしゃっておられることです)

 

ですから、きっと全てはうまくゆく。

最終的には必ず、神のご意志によって、

全てが整い、

おさまるべきところにおさまる、そう信じましょう。

 

どんなことも決して無駄にはなりません。

そして、全ては繋がっています。

 

大丈夫です。

貴女なら、きっと大丈夫です。

 

貴女には大宇宙の創造主が

片時も離れず、おそばにいらしてくださるのですから。

 

どうか安心してらしてくださいませね。

貴女にとっての全てがよきに流れますように。

 

God bless you!

 

・・・

 

最後までお読みくださいまして、ありがとうございます。

 

● 夢咲璃い(ゆめさき りい) 女性リーダー・女性起業家のための直観コンサルタント

 

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どんな偉業も、ひとつひとつの小さなプロセスの積み重ねです。

 

最近になってやっと……生まれて初めてかなぁ……、やっと、プロセスが何よりも大事、ということが身にしみてわかってまいりました。

というか、やっとハラに落ちたというか、得心したというか。

 

勿論、ビジネスにおいては結果が全て、とは、よく言われるところのこと、です。

 

でも、スピリチュアル的に物事を見るなら、何よりも大事なのは、その一瞬一瞬において、自分がどう生きているか、何を選び、何を考え、何を志向し、どう振舞っているか、全てはそこに尽きるんですね。

 

スピ的に物事を見るとき、結果というのは、あくまでも副次的についてくるものでしかなくって。

それよりも、一瞬一瞬をどれだけ大切に生きたか、そこに愛があったか、どれだけ懸命に生きたか、どれだけその一瞬一瞬を慈しむように生きたか、どれだけ生きることを楽しめたか? といったことのほうがものすごーく大事、なんです。

 

それは、スピ的な生き方を突き詰めて(?)ゆくなら、誰もが必ず通る課題的なもの、です。

 

結果がどうあろうと、わたくしは神を信じ、神様の義の御為に生きます、そこまで言えると立派なのですが、

たとえその境地に辿り着けずとも、その時々の自分なりに、神様とご一緒に誠実に生きようとするなら、必ず、神様が助けてくださいますし、必ず、ことをよくしてくださいます。

それは、まさに最強の力、なんですよ。

 

将来が不安で、誰かや何かに頼ろうとしたり、すがるくらいなら、いちばんに真っ先に神様のおもとに、御前にゆけばよろしいのです。

そして、跪いて祈るなら、必ず神様は助けてくださいます。

 

大体わたくし達は神様の愛の深さ、大きさ、豊かさ、強さ、規模の大きさを知らなさすぎる(笑)

だから、つい疑心暗鬼にもなるし、神様なんて居ないとすら思っちゃうひとが出てくるわけです。

 

でも、そうではなくって。

 

キリスト教的に物事を言うなら、神様は大切なご自身の愛(め)ぐし子、イエス様をこの世に遣わせてくださいました。

そして、イエス様はわたくし達の罪を背負って、十字架に架けられ、「お亡くなりになってくださった」んです。

 

のちにイエス様は天へと引き上げられますが、それでも、その過程(イエス様が死に至られるまでの過程)においては、どれほどのおかなしみやおくるしみがあったことか。

 

さぞ天のお父さまも胸を痛められたことでございましょう。

聖母マリアさまのお嘆きは察するに余りあります。

 

でも、それほどまでに、神様はわたくし達を愛し、そして、許していてくださるのですね。

それ以上の愛がありましょうか?

 

大切な我が子を犠牲にしてまでも、神様はわたくし達に尊い、聖なる愛をお示しくださった。

これほどまでにありがたいことはないと、キリスト教では言われています。

(というのが、わたくしとしてのキリスト教の解釈です)

 

ですので、わたくし達ももっともっと自分を愛して許していかないと。

これはただ闇雲に自分を甘やかす、ということとは違います。


そうではなくって、自分という魂に敬意を持ち、大切な愛する我が子に接するように、日々自分に接していくこと。

そこから全てが始まるし、生きてゆくうえで、自分を愛し、尊重し、自分に対して誠実に生きてゆくことって、本当にとても大事なことなんです。

 

そして、その大切な、かけがえのない自分の人生を素晴らしい作品にしていくためには、一歩一歩、その時々に出来ることに「献身」するがごとく、生きてゆくしかないんですよ。

そうやってしか、わたくし達は生きられないんです。

 

そして、そのひとつひとつの積み重ねに、溢れんばかりの愛を注いでゆくなら、どれほど人生が輝くものとなりましょうか?

そこには絶対の希望があるのですね。

揺るがない希望。

それは、天の愛を信じ、神様の愛を信じ、自分の中にいらっしゃる神様を信じるということです。

 

どんなときも、一歩一歩、その一瞬一瞬を大切に。

これからも、まずは自分に対して誠実に、生きてまいりましょうね。

 

God bless you!

 

・・・

 

最後までお読みくださいまして、ありがとうございます。

 

● 夢咲璃い(ゆめさき りい) 女性リーダー・女性起業家のための直観コンサルタント