Mabel AmberによるPixabayからの画像
先日、久しぶりにとても穏やかに眠ることが出来た……といったことを書きましたが、それは、何よりも、思いがけずいただいたメールの中で、沢山、勿体なさ過ぎるほどの褒め言葉を、そのメールをくださったかたが書いていてくださったからでした。
とてもね、なんていうか、ほんと、心が満たされ、そして、やすらいだのです。
本当に本当にうれしかったし、何より、とても有り難かった。
普段、自分の「出来のなさ」を嫌というほど感じ尽くしているわたくしとしては、そうした思いがけないお言葉が、もう無上の喜びで。
本当に……なんというか、とても心救われました。
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思えば……、これは昨年からやっと薄々気づいていたことなのですが、わたくし、育った環境や多感な10代の経験を通して、自分に強烈なコンプレックスがあるんですよね。
今でこそ、それはだいぶやわらいだと思っていたのですが、全然、そんなことなくって。
気がついたら、会社の方々と話すときも、つねに「自分はこんなに頑張っているんだ!」ってことを暗にアピールしてばかりで。
それって、結局、自分を認めてほしくてしょうがない、そう、承認欲求の塊、なんです、わたくし。
いい年してお恥ずかしいことですが。
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そして、昨年の秋から、そうしたことをより、まざまざと見せつけられるようなシチュエーションがどんどん増えてゆきまして。
ああ、いかに自分で自分をこき下ろしてきたのか、ということがこれまた嫌というほどわかりました。
わたくしは昔から結構これでも優等生タイプでここまで生きてきたのですが(かと思えば、一方ではものすごーく常識外れなことをしたりするので、ものすごくバランスが悪い人間です(汗))、それも結局は真面目……というよりも、おひとに認めてほしいからじゃないの? って、やっと気がついて。
(まぁ、そればかりでもないのですけれどもね)
そう気づいてからは、毎日のありとあらゆる自分の言動、振る舞いが全部そんなふうに思えてきて、本当にくるしかった。
そこに加えて、職場環境の大きな変化も相まって、昨年の秋以後、実はとてもとてもくるしかったんです。
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でも、それって結局全部自分自身がどう在るべきか? ってことに尽きるのですよね。
おひとは関係ない。
いえ、勿論、「職場環境の変化」があったのは事実ですし、そこが影響している部分は否めません。
けれど、結局のところ、自分を取り巻く環境がどう変わろうと、自分の芯さえしっかりしていたら、そんなにぶれたり悩んだり、くるしんだりすることはないわけです。
ということは、もっともっと大人にならないとな……ということ。
そればかり昨年の秋からついこの間まで、ずっと考えてまいりました。
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でもね、わたくしも、もう随分と「いい歳」です。
いつまでも思春期みたいなことは言ってらんない(苦笑)
まぁ、未だに思春期引きずっているみたいなもんなんですが、それでも、そいうことに気づいたということは、そこをちゃんと学びとして自分の中で消化して、出来るだけ早く、次のステップにゆかないとね。
というわけで、オフィシャルな場では、ちゃんとオフィシャルな「うちださん」で居なきゃな、って、特に思います。
何があってもぶれない。
プロフェッショナルとして過ごす。働く。生きる。
それさえぶれなければ、何が起こっても全然大丈夫。
全ては貴重な学び、なのですから。
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勿論、外でのお仕事は、外でのお仕事。
ちゃんと求められている以上の働きをしてゆかないとね。
それはわかっています。
でも、日々、お仕事って、いろいろなことが起こるじゃないですか?
よい働きをする、というのは必須条件として、でも、それ以外に、様々に日々の出来事に一喜一憂したりして。
喜怒哀楽、様々な感情が起こるのはごくごく自然なこと。
そうした全ての経験を学びに変える、それくらいの広い度量を持ちたいものです。
結局、人生は、己の器にそってしか展開してゆかないんですよ。
わたくしがずーっとここでひたすら悩みくるしんでいるのも、全ては自業自得。
自分が狭量なゆえのこと。
ならば、その狭量さを改善してゆけばいいのです。
大変遅ればせながら、やっとそのことに気づいたんですよね。
というか、それがやっと腑に落ちたのが2020年の年末だったりして……(苦笑)
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これも何度もここに書いてきたことですが、今、わたくしは三浦春馬さんにどっぷりハマっていて、来年の彼の一周忌までに、彼が遺してくださった御作品を順番に見ていこうとしております。
今月は2013年の「ラスト♡シンデレラ」を拝見しているのですが、お若いときの春馬くんが本当にお美しくって。
勿論、ドラマの中では役柄どおり演じてらっしゃるんでしょうけれど、でも、ちょっとしたひとこと、例えば、「はい」というお返事だったり、「ごめんね」っておっしゃるお詫びの言葉だったり、とにかく彼の言動ひとつ、お振る舞いひとつとっても、そこにどうしても隠し切れない彼の御人柄、優しさや品の良さなどが感じられてしまうのですよね。
その度に、ああ、本当に春馬くんはすごいひとだなーと思えてならないです。
勿論、世間一般、多くの方々にとっては、お若くして自ら世を去られた春馬くんのことを悲劇の主人公……的なものの見方をなさるかたが多くいらっしゃることでしょう。
でも……、確かに、彼の最期はああいった形だったけれど、それ以上に、彼のキラキラ感✨といいますか、おひととしての素晴らしさには、本当にものすごいものがあるのです。
もうね、それは涙が出てくるほどで。
だから、わたくしは春馬くんが好き、なんですよ。
イケメン俳優さんだからじゃない。
(言うまでもなく、充分彼はお美しいかたですが)
彼の崇高なる精神、彼の品性、彼の優しさ、誠実さ、真面目さ、ひたむきさ、そうした彼のお人柄に惹かれ、尊敬すらしているから、だから、こんなにもファンでいられるんです。
今は余裕が無さ過ぎて、春馬くんに関する記事の更新はストップしてしまっておりますが、でも、またもう少し余裕が出来たら必ず、「春馬くんから学ぶ」シリーズの記事の更新を続けてゆきたいです。
彼は本当に素晴らしいかたなので。
彼から学べることは沢山ある。
事実、わたくしも春馬くんを見習って、ほんの少しでも(昨夏から)進歩できたかな? そう感じております。
手前味噌で恐縮ですが(汗)
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そう、わたくし達は永遠に進歩していく存在。
さっきもお世話になったオンライン英会話のフィリピン人の女性の先生が、「わたしの母はあなたよりも年上だけれど、彼女は今も新たな挑戦を続けているわ。夢だって沢山あるのよ」的なことをおっしゃっておられました。
せっかく生きているのですもの、勿論、加齢による影響はこれからも生きている限り、永遠に続いてゆくし、いつでもなんでも全てが若いかたと同じようにはいかないかもしれませんが、でも、つねに、春馬くんのような素晴らしいかたを見習って、これからもいつまでも自分を成長させててゆけたらな、と思います。
とは言っても、それがうまくゆかなくって四苦八苦、じたばたしている時間のほうが多いのだけれど。
でも、生きている限り、生かされている限り、いえ、たとえ、この世を去っても、きっと、霊性の部分は永遠に向上させ続けてゆくしかないのだから。
どこまでもどこまでも更なる高みを求めて。
どんなにダメダメな自分でもいい、そんな自分を精一杯あたたかく抱きしめながら、もがきながらでもいい、少しずつ、少しずつ、成長を続けてゆきたいです。
そんなことを思う新年始まって10日目の夕方5時、なのでした。
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女性起業家のための直観コンサルタント 夢咲璃い(ゆめさき りい)オフィシャルウェブサイト


