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「人生は一度きり。決して後悔だけはしないように。」
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「人生は一度きり。決して後悔だけはしないように。」
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藤井風(かぜ)さんのこちらの動画。
今日、久しぶりに改めて拝見しました。
この動画で風さんがおっしゃっていることは、とてもとても大事。
ご自分が優しくなれないときに、おひとに優しくされて、恥ずかしい思いをされた、という風氏のエピソード、わたくしも多々経験があります。
ほんと、ああいうときって、まさに「穴があったら入りたい」状態(苦笑)
自分の狭量さを嘆くしかない。
でも、そうやって失敗を重ねながらでも、少しずつ、少しずつでもいい、優しさを自然に表にあらわすことが出来るひとになっていったらいいとわたくしは思うのですよね。
このコロナ禍の今だからこそ、優しさはとっても大事。
勿論、いつでも、どなたにでも優しく……ってことは、なかなか難しいかもしれないけれど。
でも、それを自然になさっておられたのが、あの春馬くんで。
もうね、彼の「優しいひとエピソード」は本当に事欠きません。
本当に春馬くんは優しい、思いやり深いかただったんだなぁ、と改めて思います。
でも、おひとに優しくあろうと思ったら、まず自分に余裕がないとね。
そして、その余裕は、自分に対して優しく接してあげることから始まる……とわたくしなんぞは思うわけです。
だから、自分を大切に。
まずは自分に対して誠実に。
それが基本じゃないかなー? と改めてしみじみ思う、日曜の夜です。
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女性起業家のための直観コンサルタント 夢咲璃い(ゆめさき りい)オフィシャルウェブサイト
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これは一昨年の秋から薄々気づいていたことなのですが、そして、もういい加減「ええ年のおばちゃん」になって、今更こんなことを書くのは大変お恥ずかしいのですが……、でも、これまでのわたくしの行動や言動における根本にあったのは、ほぼ全てが「おひとに少しでもよく思われたい」ということでございました。
そう、結局、自信がないんですよね。
充分自分を受け入れていただいたという安心感が激しく欠如してきたまま、ここまでなんとかかんとか生きてきたから、未だに全てにおいて「おひとに嫌われたくない」とか思ってるわけなんです。
いや、「おひとに嫌われたくない」なら、まだいいほう。
それよりも、もっとすごい(?)「このひとに見捨てられたら、おしまい!!」みたいに真剣に思い込んでいたりするのですよ。
そう、所謂(いわゆる)「アダルトチルドレン」に多い、「見捨てられ不安」です。
わたくしは自分自身が「アダルトチルドレン」だと認識して、もうかれこれ20年以上経つのですが、アラフィフになった今も、未だにそんなことでもがいているだなんて、若い頃は全然想像だにしませんでした。
でも、心のクセというか、心の傷というのは本当に怖いもので、それが根底にある限り、日常の全ての行動・言動がそれにものすごく影響されているんですよね。
自分でも「あちゃー!」と思うし、こんな自分で本当にこれから幸せになれるんだろうか? と思います。
ふと消えたくなる……ことはないな、それはナイです。今は。
でも、やはりつらい思いをしていると、どうしてもくるしくなっちゃって、なーんにも出来なくなったり。
要は、トラウマっていうものですよね。
未だ、これに影響されまくりのザ・アラフィフ、わたくしの人生。
もういい加減、トラウマに左右されまくりの人生とは縁を切りたいです。
おひとの目を気にして、少しでも評価されたくて、きゅうきゅうと生きているだなんて、一体なんのため、誰のための人生なんだっていう?(苦笑)
でも、そうした自分を切り捨てるわけにもいかないし、そんなすぐに全部スパッと変われるわけでもないのだから、結局もがきながらでも、笑顔をつくって、必死にでも前を向いて歩いてゆくしかないんですよね。
ここ最近、一度捨ててしまった、20代の頃に必死に救いを求めて購入した御本を再び買い戻しております。
あの頃、必死で答えを求めてさまよった自分、そして、その結果得られた「答え」が、今の自分を支えているわけなんですよね。
ただ「あのひとこと」が欲しくて、もう一度「その御本」を買う。
そうして、改めてやってきた御本、パッと開けたら、もうその「ひとこと」がどこにあるか、ちゃんとわかるんですよ。
それこそ、もう何度も何度も繰り返し繰り返し読んだ御本だから。
そして、若かりし頃、救われた言葉をもう一度ちゃんと紙面の活字で確認して、それで安堵するという。
そんなことばっかり、繰り返しております(苦笑)
でも、何があろうと、何が起ころうと、誰に逢おうと、誰と生きようと、結局、いつも答えは自分の中にしかないんですよね。
若い頃、救いを求めて読み漁った大量の御本、そうした中で出逢った救いの言葉の数々。
でも、それも結局は、「自分の中にある何か」とぴったり、しっくりくるものを探し続けてきたわけで。
御本を通して、自分の中にあるものを再認識してきただけ、なんです。
だから、結局は自分自身、なんですよ。
これから、わたくしは改めて、しっかりと顔を上げて、天を仰いで、上へ上へ向かおう、それもものすごい勢いで、そう思っております。
でも、あまりにもこれまでがダメダメだったから、そんな自分を思うと、もう身動きが取れなくなってしまって。
実際、つい先日もまた古傷が激しく痛むようなことがあって、そのダメージが体調にもあらわれてしまってね。
もう、落ち込んでしまって。
昨日は本当にほぼ何も出来ませんでした。
(やるべきことが、ね)
でも、大切な大切な自分に、もうこれ以上こんなつらい思いを絶対させたくない、それだけはね、はっきりそう思うの。
だから、今回の古傷再燃を通して、蘇る過去の恐怖に脅えながらでも、それでも、なんとか、なんとか……でも、前を向いて歩いてゆこう、そう思います。
だって、こんな古傷のせいで、自分が思うように生きられないだなんて、腹立つじゃないですか?(苦笑)
大切な自分にもうこれ以上、絶対に、つらい思いはさせない。
そのためには、強くあらねば。
立ち上がらねば。
そう思います。
そして、きっとこのくるしみも痛みも、必ずなんらかの意味があって、これらがあるからこそ、何らかの御恵みが天から与えられていると信じて。
とにかく、弱い自分にだけは負けたくないし、ネガティブなものに負けるだなんて、ほんと、腹が立つし(!)、そんなこと、絶対許せない。
匍匐(ほふく)前進でもいい、とにかく前に進みたいです。
もうこれ以上、暗いところで蹲(うずくま)っていたくはないから。
自分のための人生。
しっかりしなきゃ。
古傷になんて、絶対、自分の人生、支配させません。
これはわたくしの人生。
たった一度きりの、今回の人生。
かけがえのない自分だし、かけがえのない我が人生だから、必ず、自分をよりよいところに連れて行ってやります。
そして、これまで散々くるしんできた分、絶対、幸せになります。
っていうか、何よりも、春馬くんの分まで生きなきゃ!!
しっかりね、しっかりね、わたし。
負けないように。
負けないように。
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