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「人生は一度きり。決して後悔だけはしないように。」

若い頃からずっと、この言葉を胸に生きてまいりました。
アラフィフになった今も、この言葉はわたくしの胸のうちに鮮やかにあって、生きる指針となっております。
 
そんなだから、わたくし、これまで生きてきて、後悔ってないのですよ。
勿論、沢山沢山失敗を重ねてきたし、おひとには言えないようなことだってあります。
生まれついての、とてもとても大きな問題は、未だにクリアー出来ていないし、今もそのことで随分とくるしんでおります。
 
それでも、やはりーー、後悔はないですね。
なぜなら、その時々のわたくしは精一杯生きてきたから。
だから、後悔ってないんです。
 
でも、これから先もこのままずっとゆかねばならないのだとしたら、それは、この先、必ず後悔することになります。
だから、それだけは絶対に避けたい。
なら、どうすれば……!? というハナシなのですが、それが今のわたくしには見えなくて、途方に暮れております。
 
これまでの生き方、やり方では、もう、とてもじゃないけれど、この先、やってゆけない、そう痛感したのが昨年の10月。
あれから3ヶ月が経ち、ますますその思いは強くなるばかりです。
 
今、目の前にある「期限」は、次の3月末。
それまでにどうしても、なんとかしなければ。
でも、先週、「ちょっとしたアクシデント」<自分にとっては、正直、全然「ちょっとした」ではない(涙)>で相当ダメージを負ってしまっていて、それに耐えるだけで精一杯。
 
―― そう、これまでのわたくしはいつも現状に耐えるのに精一杯で、とてもじゃないけれど、現状を変えてゆくことにまで力を注ぐことが出来なかったのですよね。
今も結局、同じ。
なら、本当に本当にどうすれば……? ということになっちゃうのです(涙)
 
でも、こんなときにいつも頼みとさせていただくのはイエス様、神様。
あと、聖母マリアさま。
結局、最後はそこに行き着くのです。
 
あとは、どれだけ自分を信じられるか?
うちなるキリスト(=神)をどれだけ信じられるか? 
聖なる神の子としての自分をどこまで信じられるか? 
ということになってくるのですよね。
 
昨日、たまたま見ていた動画で、ある外国人の若い女の子が、なぜ自分はこんなにおひとに恵まれるのか? というお話をなさっていて。彼女のお話では、彼女ご自身が大層お優しいかたで、それがゆえに接する人々の優しさを引き出してくるから、皆、いつも貴女に優しいんじゃないの? とお友達に言われた、と。
つまり、山びこと一緒。
 
自らのうちにあるものが現実としてあらわれる。
自分が常日頃信じ、大切にしているもの・こと、思考、想念が目の前の現実をつくる。
それはきっと国境を超え、文化を超え、人種を超え、宗教をも超える。
すなわち、人類共通のことなんじゃないかな?、改めてそう思いました。
 
今のわたくしで言えば、ずーっと、目の前の現実を変えられずにもがく自分が、我がうちに在るから、いつまで経ってもそうしたままなのでしょう。
自分で言うのもナンですが、わたくしは元々想念が強すぎるので、ネガティブなことにハマると、現実面でもますますそれが強化されてゆく一方。
悪循環なんです。
 
昨日は、今から10年ほど前に読んだ、韓国の成功哲学の作家さんの御本を再び読み返しておりました。
そしたら、その中に、短期間で素晴らしい成果をあげられたお二人のかたのエピソードが書いてありました。
 
普通なら、どう考えても絶対無理!! というような全く無謀なチャレンジ。
でも、その方々は命をもかける勢いで、その挑戦をなさったというのです。
そこで何よりも大事だったのが、生き生きと夢の実現を思い描くこと。
もうそれは見事なまでに徹底して、ヴィジュアライジングに取り組まれたのだそうです。
そしたら、見事にその夢を叶えられたと。
本当に本当に素晴らしい!
全ては決心、覚悟、行動、そして、何よりもヴィジュアライジング、なんです!
 
幼い頃からわたくしは想像力がとても豊かで、よく「こうなったらいいなぁ……!」という場面をこと細かに思い描いては、ひとりでにんまりしているような子どもでした。
それがいつの頃からか、ただ現実に向かうだけで精一杯になってしまって。
それでも、サイキックに目覚め、今の夢の道が明らかになってから、暫くは、沢山沢山夢が叶ったシーンを思い描いていたのですけれどもね。
ここ数年ほどは、そんなことも随分減ってしまっておりました。
 
結局、全ては自らの内面、なんですよね。
夢の実現を信じること、神の御心にかなう自分に少しでも近づけるよう日々努力すること、チャンスを掴むこと。
目の前の現実をどのように受け止め、理解し、様々な困難を乗り越えながら、理想の人生を決してあきらめずに、それらを出来るだけ現実化させてゆくのも、全ては自分自身。
いつまで経ってもうまくゆかないと落ち込んであきらめてしまうか、それとも、万事休すとなったときこそ、全てをいちからやり直す素晴らしいチャンスだ! と考えるか。
全ては本当に自分次第なんです。
 
わたくしは今回が人間として生きる最後の人生です。
だからこそ、何十年経っても、もがき続けるほどの大きな大きな課題を神様に与えていただいたのでしょうし、それ以上にものすごくものすごく大きな夢を与えていただいたのだと思っております。
それならば、尚のこと、全てのマイナスはいつか必ずやがては2倍のプラスになってかえってくると信じなければ。
これは聖書に書いてあることです。
だからこそ、決してあきらめてはいけない。
本当に、本当に、そうなんです。
 
ならば、具体的にはどうすれば……? 
それは、これまでにないほど強く強く夢が実現したシーンを心の空に鮮やかに思い描き、その実現をこれまでにないほど固く信じること。
瞑想やお祈りをもっと大切にし、神様としっかりと結びつくこと。
そうした中で天から与えられるご指示をちゃんと日々実行し続けてゆくこと。
そして、今こそ、これまでの人生、その全てを超えるほどの、大きな大きな希望の橋を未来へとかけてゆくこと、だと思います。
 
あ、あと、これらのことも決して忘れてはならない。
これまで、こんなわたくしを支え、守り、導いてきてくださった、聖なる世界の全てのご存在に心から感謝申し上げること。
これまでご縁をいただいてきた全ての方々、そして、今、ご縁をいただいている全ての方々に心から感謝申し上げること。
そう、日々、天や周囲の方々のお陰で、今もこうして生きられているということは特に忘れてはならないことですよね。
 
自分を大切に思うなら、決して夢をあきらめてはいけない。
なぜなら、それこそが人生を生きることだから。
神に与えられた夢を実現することは、神との大切なお約束だから。
だからこそ、決して、あきらめてはならないのです。
 
神は一度お始めになられたことは必ず実現されます。
そして、わたくし達に与えた夢の実現のために必要なものは、全て、必要なときに必要なぶんだけ、必ずお与えくださいます。
 
先が見えないからといって、立ち止まったままではいけない。
必要なサジェスチョンも、必要なときに、ちゃんと必要な分だけ、必ず、神は与えてくださいます。
歩き始めれば、少しずつ、「どうすればいいか?」が見えてくる。
わかってくる。
だから、まずは歩き始めること、なんです。
動いて初めて未来は開ける。
 
よく「お金は後からついてくる」と言いますが、夢を叶えてゆく方法も一緒なんです。
じっとうずくまっていたままでは、なんにも始まらない。
なんにも変わらない。
どんなに深い闇に居ようが、それでも、理想の未来をあきらめたくないなら、勇気を出して、一歩踏み出さなければ。
そうしないと、永遠にこのまま、です。
 
わたくし達ひとりびとりの中には、内なる神がいらしてくださいます。
その神と共にあれば、きっと大丈夫。
きっと神の無限力を発揮してくださるから。
 
そう信じて、決してあきらめることなく、強く在りたいものです。
「本当の運気の変わり目」と言われる節分を前に、改めて、夢への熱い思いを呼び起こそうとしている、今のわたくしなのでした。
 

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藤井風(かぜ)さんのこちらの動画。

今日、久しぶりに改めて拝見しました。

この動画で風さんがおっしゃっていることは、とてもとても大事。

ご自分が優しくなれないときに、おひとに優しくされて、恥ずかしい思いをされた、という風氏のエピソード、わたくしも多々経験があります。

 

ほんと、ああいうときって、まさに「穴があったら入りたい」状態(苦笑)

自分の狭量さを嘆くしかない。

 

でも、そうやって失敗を重ねながらでも、少しずつ、少しずつでもいい、優しさを自然に表にあらわすことが出来るひとになっていったらいいとわたくしは思うのですよね。

このコロナ禍の今だからこそ、優しさはとっても大事。

 

勿論、いつでも、どなたにでも優しく……ってことは、なかなか難しいかもしれないけれど。

でも、それを自然になさっておられたのが、あの春馬くんで。

 

もうね、彼の「優しいひとエピソード」は本当に事欠きません。

本当に春馬くんは優しい、思いやり深いかただったんだなぁ、と改めて思います。

 

でも、おひとに優しくあろうと思ったら、まず自分に余裕がないとね。

そして、その余裕は、自分に対して優しく接してあげることから始まる……とわたくしなんぞは思うわけです。

 

だから、自分を大切に。

まずは自分に対して誠実に。

それが基本じゃないかなー? と改めてしみじみ思う、日曜の夜です。

 

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これは一昨年の秋から薄々気づいていたことなのですが、そして、もういい加減「ええ年のおばちゃん」になって、今更こんなことを書くのは大変お恥ずかしいのですが……、でも、これまでのわたくしの行動や言動における根本にあったのは、ほぼ全てが「おひとに少しでもよく思われたい」ということでございました。

 

そう、結局、自信がないんですよね。

充分自分を受け入れていただいたという安心感が激しく欠如してきたまま、ここまでなんとかかんとか生きてきたから、未だに全てにおいて「おひとに嫌われたくない」とか思ってるわけなんです。

 

いや、「おひとに嫌われたくない」なら、まだいいほう。

それよりも、もっとすごい(?)「このひとに見捨てられたら、おしまい!!」みたいに真剣に思い込んでいたりするのですよ。

そう、所謂(いわゆる)「アダルトチルドレン」に多い、「見捨てられ不安」です。

 

わたくしは自分自身が「アダルトチルドレン」だと認識して、もうかれこれ20年以上経つのですが、アラフィフになった今も、未だにそんなことでもがいているだなんて、若い頃は全然想像だにしませんでした。

でも、心のクセというか、心の傷というのは本当に怖いもので、それが根底にある限り、日常の全ての行動・言動がそれにものすごく影響されているんですよね。

 

自分でも「あちゃー!」と思うし、こんな自分で本当にこれから幸せになれるんだろうか? と思います。

ふと消えたくなる……ことはないな、それはナイです。今は。

でも、やはりつらい思いをしていると、どうしてもくるしくなっちゃって、なーんにも出来なくなったり。

 

要は、トラウマっていうものですよね。

未だ、これに影響されまくりのザ・アラフィフ、わたくしの人生。

もういい加減、トラウマに左右されまくりの人生とは縁を切りたいです。

 

おひとの目を気にして、少しでも評価されたくて、きゅうきゅうと生きているだなんて、一体なんのため、誰のための人生なんだっていう?(苦笑)

でも、そうした自分を切り捨てるわけにもいかないし、そんなすぐに全部スパッと変われるわけでもないのだから、結局もがきながらでも、笑顔をつくって、必死にでも前を向いて歩いてゆくしかないんですよね。

 

ここ最近、一度捨ててしまった、20代の頃に必死に救いを求めて購入した御本を再び買い戻しております。

あの頃、必死で答えを求めてさまよった自分、そして、その結果得られた「答え」が、今の自分を支えているわけなんですよね。

 

ただ「あのひとこと」が欲しくて、もう一度「その御本」を買う。

そうして、改めてやってきた御本、パッと開けたら、もうその「ひとこと」がどこにあるか、ちゃんとわかるんですよ。

それこそ、もう何度も何度も繰り返し繰り返し読んだ御本だから。

そして、若かりし頃、救われた言葉をもう一度ちゃんと紙面の活字で確認して、それで安堵するという。

そんなことばっかり、繰り返しております(苦笑)

 

でも、何があろうと、何が起ころうと、誰に逢おうと、誰と生きようと、結局、いつも答えは自分の中にしかないんですよね。

若い頃、救いを求めて読み漁った大量の御本、そうした中で出逢った救いの言葉の数々。

でも、それも結局は、「自分の中にある何か」とぴったり、しっくりくるものを探し続けてきたわけで。

御本を通して、自分の中にあるものを再認識してきただけ、なんです。

だから、結局は自分自身、なんですよ。

 

これから、わたくしは改めて、しっかりと顔を上げて、天を仰いで、上へ上へ向かおう、それもものすごい勢いで、そう思っております。

でも、あまりにもこれまでがダメダメだったから、そんな自分を思うと、もう身動きが取れなくなってしまって。

実際、つい先日もまた古傷が激しく痛むようなことがあって、そのダメージが体調にもあらわれてしまってね。

もう、落ち込んでしまって。

昨日は本当にほぼ何も出来ませんでした。
(やるべきことが、ね)

 

でも、大切な大切な自分に、もうこれ以上こんなつらい思いを絶対させたくない、それだけはね、はっきりそう思うの。

だから、今回の古傷再燃を通して、蘇る過去の恐怖に脅えながらでも、それでも、なんとか、なんとか……でも、前を向いて歩いてゆこう、そう思います。

 

だって、こんな古傷のせいで、自分が思うように生きられないだなんて、腹立つじゃないですか?(苦笑)

大切な自分にもうこれ以上、絶対に、つらい思いはさせない。

そのためには、強くあらねば。

立ち上がらねば。

そう思います。

 

そして、きっとこのくるしみも痛みも、必ずなんらかの意味があって、これらがあるからこそ、何らかの御恵みが天から与えられていると信じて。

とにかく、弱い自分にだけは負けたくないし、ネガティブなものに負けるだなんて、ほんと、腹が立つし(!)、そんなこと、絶対許せない。

匍匐(ほふく)前進でもいい、とにかく前に進みたいです。

 

もうこれ以上、暗いところで蹲(うずくま)っていたくはないから。

自分のための人生。

しっかりしなきゃ。

古傷になんて、絶対、自分の人生、支配させません。

 

これはわたくしの人生。

たった一度きりの、今回の人生。

かけがえのない自分だし、かけがえのない我が人生だから、必ず、自分をよりよいところに連れて行ってやります。

そして、これまで散々くるしんできた分、絶対、幸せになります。

 

っていうか、何よりも、春馬くんの分まで生きなきゃ!!

しっかりね、しっかりね、わたし。

 

負けないように。

負けないように。

 

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