
Naoto SugiuraによるPixabayからの画像
落ち込んでなぁんにも出来なくなったら、とりあえず、寝る。寝る。寝る。ベッドに沈み込む。でも、ずーっと寝ているのもこれまたしんどくって。なんとか起き上がって、ご飯をいただいて。でもそうやって朝、目が覚めて、ご飯をいただけるだけでも、本当はものすごくものすごーくありがたいこと、なんですよね。
気分が落ちるときは全く本当に何にも考えられなくなって、ひたすら負の感情が襲ってきて。恐ろしいくらい何もかもがストップしてしまうから、本当にしんどいのだけれど、でも、そうした自分を救ってやるのも自分しか居なくって。
いくら先生のお世話になり(※お医者さまです)、お薬を飲み、出来るだけ前向きに強く在ろうとしても、そのほか、様々な専門家の方々のお世話になるにしても、結局自分を救ってあげられるのは自分。っていうか、正確には自分の中に在る聖性とでも言うべきかな? 内なる神さま、だと思うんです。
そうは言っても、そして、そうしたことを知ってはいたとしても、その聖性が見えなくなってしまうのが気落ちとか、所謂うつと呼ばれる症状でもあるから、そこをどうするか? っていうのが結局のところ問題で、ーーって、こんなふうに語っていると、延々出口の見えない迷路をぐるぐるしているみたいな気分にもなってきてしまうのですけれどもね。
自分の場合は音楽を聴いたり、本を読んだり、お祈りをしたり(お祈りが出来ないときもある)、なんていうのかなぁ、少しでも気を紛らわせるというか、これ以上落ちないように、落ちないようにぃって思っていて。まぁ、そうやってなんとかかんとか持ちこたえているというか。あぁ、やっぱりここ暫く頑張りすぎたのかなぁ。むー。
ーーだなんてうだうだ言っていても仕方がないので、ゆるゆるとでも、今日もやるべきことをきちんとやってゆかなければ。少しずつ、少しずつ、ゆっくり、ゆっくりとでも動き続けていれば、きっと次のポイントにたどり着けますよね?、神様?
神は決してお見捨てにはならない。その信仰があるのであれば、それをしっかりと信じないと。そして、信じるというのは、なんらかの証拠がなくても、無垢の心で信じることだからさ。聖母マリアさまのように。さて、ロザリオの祈り(正確には、ロザリオのノヴェナのお祈り、54日間の)を今日もいたしましょうか。
笑顔、笑顔、明るく、明るくー! 心を強く持って。弱い自分にだけは負けちゃぁ、ダメだよ。ということで、本日も生かしてくださり、誠にありがとうございます、神さま!! :)
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最後までお読みくださいまして、ありがとうございます。
皆さまにとっての全てがよきに流れますように。
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