クリスマスにふさわしいヴァン・ダイクの『もう一人の博士』。a | barsoのブログ

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 クリスマスは感動的な逸話や映画、名曲が多いですが、この話もいいですよ。
 ヘンリー・ヴァン・ダイクの名作中の名作『もう一人の博士』です。
 YouTubeは時間が長いので、紙芝居形式で簡潔に紹介します。

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 (あらすじ)
 キリストの誕生時に、東方の三人の博士(マギ)が「黄金・乳香・没薬」の贈り物を捧げた話は割合知られているが、他にも三つの贈り物を捧げようとした博士がいた。
 その四人目の博士は医師アルタバン。アーリア系のメディア人である。
 アルタバンは、古い預言書とベツレヘムの星を見て、ユダヤの王になる方が生まれたことを知った。

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 そこで全財産を売り払って三つの贈り物「サファイア、ルビー、真珠」を手に入れた。

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 そして「三人の博士」との待ち合わせ場所へと急いだが、十日の後、ナツメヤシの木の下に一人の異国人が瀕死の状態で倒れているのを見る。
 放っておけば死ぬので医師として見捨てられず、手厚く介抱したが、そのために約束の時間に遅れてしまう。

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 食料もなくなったアルタバンは、やむを得ず大切な「サファイア」を売ってラクダを買い、旅の支度を整え、一人で砂漠を越え、やっとベツレヘムに着く。
 ところが、三人の博士はすでに贈り物を幼子に捧げ終わって去っていて、その一家もどこかに行ってしまっていた。

 その頃、ヘロデ王が、二歳以下の幼子を皆殺しにするよう命じていた。「ユダヤの王」が生まれたら自分の王座が危ういと思ったからだ。
 たまたま一人の幼子が殺されそうな場に居合わせたアルタバンは、これも見過ごすことができず、二つ目の宝石「ルビー」を兵隊に差し出して幼子の命を救う。

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 探していたあの幼子の一家はエジプトに逃げたと聞いたので、アルタバンもエジプトに行った。町から町、村から村へと探し続けたが、どこにも奴隷や物乞いや病人があふれていて、アルタバンが自分の食べるパンを分け与えたりしているうちに、多くの月日が流れた。

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 アルタバンがエルサレムに戻ってきたとき、国を出てから三十三年の月日が経っていた。あごひげは真っ白、手は皺だらけになっていた。
 町は正月の『過ぎ越しの祭り』で賑わっており、群衆が興奮して何かを見に行こうとしていた。訊ねたら、「ゴルゴダの丘で、ナザレのイエスという男が、はりつけにされる」という。

 アルタバンは悟った。自分はその方のために一生、苦しい旅を続けてきたのだ。もしかすると、この最後の「真珠」がその方を救う身代金として役立つかもしれない。

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 アルタバンが刑場に急いでいたら、若い女にしがみつかれた。「どうかお助けください。奴隷として売られるところなのです」

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 アルタバンは身震いした。これで三度目だ。これで最後の宝石がなくなる。が、迷いはあったものの、彼は代金として「真珠」を差し出した。

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 アルタバンは、救い主に捧げる最後の贈り物も失い、その場にうずくまった。  空を闇が覆い、突然、物凄い揺れが大地を襲った。午後三時、キリストが刑柱上で息を引き取ったのだ。屋根片が落ちてきて、アルタバンの頭を血に染めた。

 

  そのとき、キリストの栄光が現れた。

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 アルタバンは詫びた。「三十三年間、ただただ、あなたを捜し求めてきました。ですが、一度もあなたにお会いしたことも、あなたのお役に立ったこともないのです」と言って、贈り物の宝石を三つとも失ったことを述べると、キリストの静かな声が聞こえた。

まことにあなたに言っておく。わたしの兄弟である最も小さい者のひとりにしたのは、すなわち、わたしにしたのである





《備考》――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
●最後のイエスの言葉は生前に弟子たちに語られたもので、マタイ福音書の25章31-40節にあります。弱者や貧窮者に親切をするのは、サファイヤやルビーや真珠より尊いことであり、人は見てなくても、天はちゃんと見ているというキリスト教的な善意鼓舞の物語です。

●イエスの誕生日は不明です。ただ、その夜、羊飼いが野宿をしていたことなどで、寒い冬ではなく、秋(10月初旬)であったことが推定されています(拙記事)。それが12月25日に定められたのは新ブリタニカ百科事典によると、「ローマ教会が『冬至』の後の太陽の復活を祝う異教徒の習慣に日付を合わせた」からです。教会は、異教徒を改宗させるべく、その祝祭を “キリスト教のもの” らしく見せようとしたのです。
 クリスマスの起源が異教にあることは、かなり以前から認められていました。例えば17世紀には、クリスマスはイングランドやアメリカ植民地の幾つかで禁止されました。その日に仕事に行かず、家にいただけでも罰金が科されました。ですからクリスマスは聖書の神が一番忌み嫌う異教(悪霊)の祝祭日なのですが(コリント第一10:20、出エジプト記20:3,5)、しかし現在ではそんなことは全然気にされず、クリスマスは「無償の愛」を表すことが鼓舞される良い機会となり、また商業主義を利するチャンスとなっています。

●ヴァン・ダイク作『もうひとりの博士』(教文館)を元に要約しました。「博士(マギ)」とは英語"magic"の語源となった語で、ペルシア系祭司階級の呼称。直訳は「星見」で、マタイ福音書では占星術師(天文学者)の意です。なお、アルタバンは33年間キリストを追い続けましたが、私も同じ33年間、かつては真理だと信じた聖書の布教活動に従事しました。

●画像は外国のYouTubeから借用しています。→ Hard-to-Find Mormon Videos
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