不幸はスラずにスルーした七人のスリたち。a | barsoのブログ

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 幸福に関心がある「七人のスリ」について書かれた『寺山修司少女詩集』(角川文庫)の詩が面白かったので、ちょっといたずらしてアレンジしてみました。
 ちなみに「スリ」の語の由来は、人混みの中、身体をすり寄せて気づかれないように盗み取る基本技能から来ているそうです。

 

 

七人のスリが、不幸をスルーするために相談していた
盗れるものは何でもスルくせがあるので、不幸までもスッていたからです

不幸がもう少し小さいと
うまくスルーできるんだがな!と手の小さなスリが言った

不幸に手をかけるところがあったら
うまくスルーできるんだがな!と指の短いスリが言った

不幸がもう少しはっきりした色をしていたら
うまくスルーできるんだがな!と目の悪いスリが言った

不幸がもう少しにぎやかだったら
うまくスルーできるんだがな!と耳の遠いスリが言った

もしも、ほんとに、
幸福があるなら必ずスッてみせるんだがな!と一番若いスリが言った

時は春

日は朝

すべて世はこともなし。

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 消極思考の六人は「不幸だけはスリたくない」と思い、積極思考の一番若いスリは「幸福をスリたい」と思っていますが、結句となっている最後の三行では、楽天思考で世界を見ている第三者が「すべて世はこともなし」と結論しています。

                  ●

 じつは、この詩の最後の部分はロバート・ブラウニングの『春の朝』上田敏訳からとられているのですが、全文を引用します。

  時は春、
  日は朝、
  朝は七時、
  片岡に露みちて、
  揚雲雀(あげひばり)なのりいで、
  蝸牛(かたつむり)枝に這ひ、
  神、そらに知ろしめす。
  すべて世は事も無し。
(上田敏『海潮音』より)

 「神、そらにしろしめす」は、原詩では “God's in His heaven,” で、単に「神は天に在る」という意味ですが、上田 敏は「神が空に居て、知ろし召す」、つまり神は天から地上を知っていらっしゃると訳しました。

 そうです。身のまわりを見回すと、自然は皆、自分の “生” をそれぞれに楽しんでいます。丘の斜面は朝露を受けてみずみずしさを取り戻し、ひばりは空高く飛び上がって自由をさえずり、枝の上ではかたつむりがゆっくりと這っています。
 かたつむりが這っている「枝」は、原詩では“thorn”で「トゲのある植物」のことです。かたつむりは、ぐんにゃりした軟らかな体でもトゲを苦にせず、動いているのです。
 このように、命がないように見える大空や丘の上にも見えない神の働きがあり、小さな虫一匹の体にも奇しい神のわざがある、と見る視点もあるのですね。

 そういうわけで、地上の営みすべては、神が天から見て、知って、管理なさっている。春の朝の今日の七時も、いつものように事もなく時は過ぎ去っている。ああ「すべて世は事もなし」と作者は自分が感じた幸福感を感嘆しているのです。

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                  ●

 『春の朝』の幸福感と情景は、『赤毛のアン』と似ています。
 十六歳と半年のアンは、孤児だった自分を引き取ってくれたマシュウおじさんが亡くなり、嘆いているマリラおばさんを世話するために、大学に行くのを諦めてグリン・ゲイブルズで暮らすことを決めたとき、自分が自然の恵みに囲まれている幸福を再認識します。
 モンゴメリ著『赤毛のアン』村岡花子訳の最終ページから抜粋引用します。

 

 アンはその夜、満足することの幸福をしみじみ味わった。桜の枝を風が静かにわたり、ハッカの香がただよってきた。星は窪地の樅の木の上でまたたき、木の間からダイアナの窓の灯が輝いていた
 アンの地平線はクイーンから帰ってきた夜を境としてせばめられた。しかし道が狭められたとはいえ、アンは静かな幸福の花が、その道にずっと咲きみだれていることを知っていた。 「神は天に
あり、世はすべてよし
」とアンはそっとささやいた。

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                        (太字と下線はバーソ)


                  

 しかし人間は、わざわざ批判したいことや問題と思えることを探し出して、それらから感じる不幸感を胸の内に貯め込んでいることがないでしょうか。
 不幸とは、ひとより損をしてる、恵まれてない、満たされてない、不運だと思う気持ちです。でも出来事は変えられませんが、自分の気持ちなら割合容易に切り替えられるので、要は、嫌なこと考えないようにして、スルーすればいいのですね。