神は無条件の愛なので、神と友だちになれる。a | barsoのブログ

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世の中に人生ほど面白いものは無し。いろいろな考えを知るは愉快なり痛快なり。
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 猫を殺せば七代たたる。猫神様を友にすれば千代めぐまれる。
 物思う秋の夜長に読みたいバーソ笑編小説。
 着想は夏目漱石の『吾輩は猫である』に基づいており、ニール・ドナルド・ウォルシュの『神との対話』に影響を受けている。

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 吾輩はコネである――――バーソ・文字理阿仁

 一、

 吾輩はコネである。名前は有る。コネである。
 どこで生れたか、とんと見当がつかぬ。何でもじめじめした薄暗い所でクションクションと泣いていた事だけは記憶している。
 吾輩はここで人間を見た。あとで聞くとそれは日本人という、人間の中で一番優しい種族であるそうで、彼等は、これも何かの御縁だろうと我が輩を拾いあげ、畳の上で養う事にしてくれたのである。
 縁という繋がりがあったゆえに、英語のコネクションを短縮して、名はコネと呼ばれるようになったそうだ。

 人間は面白い生き物である。観察すればする程、彼等は我々の種族に甘いと断言せざるを得なくなった。その証拠に我が輩は夜になると人間に無理やり同衾させられ、「お前とあたしはしんねこだねえ」などと言われるのだが、しんねことは男と女が人目を避け、差し向かいで、しんみりと語り合うことの意であると説明されても、我が輩には何のことやら幾ら考えても分からない。

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 二、

 時々吾輩はコネに濁音を付けてゴネと呼ばれる。鰹節ご飯は嫌じゃ、ちゅーるが欲しいちゅーるちゅーると言い立てるからというのだが、ゴネと呼ばれると三味線の皮にされるのではないかと薄気味が悪くなる。
 というのも「ごねる」とは、釈迦の「死」を意味する「涅槃(ねはん)」に敬語の「御」をつけた「御涅槃(ごねはん)」が語源であるとか、あるいは「死ぬる」と言うのを忌み、「シ(四)」を「ゴ(五)」に替えた「ゴヌル」が転じたものとも言われておる通り、本来「ごねる」とは「死ぬ」という意味である事を知っているからである。

 居候の分際でこんな事を言うのは気が引けるが、人間は神罰を怖ろしがり過ぎである。吾輩は何度も生まれ変わり、何度も鼠を殺し、何度も魚を盗み、何度も壁を引っ掻いたが、地獄というものを一度も見掛けた事が無い。

 人間は死を怖がりながらも、猫が好きだ犬が好きだと呑気に論じ合っているが、あの世には猫も犬も人間もみな平等無差別に愛してくれる猫神様がいる事について理解してないのは、なんとまあ哀れな事か。
 しかしながら猫神様とコネを持てば結構毛だらけ猫愛だらけなので、それを是非とも読者に報知したいと思っているのである。

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 三、

 では、その猫神様とコネクションを持つためにはどうしたらいいか。
 まず、真の神様は幸福な神である事を認識したい。そして幸福であるなら、他者から仕えてもらう必要は微塵も無い。したがって神様を拝む事も、恐れかしこまる事も、お布施も、お参りも、儀式も一切要らない。

 まさかの時の友こそ真の友と言われる。真の神様なら友達以上のはずである。であるならば神様を友達として信頼し、頼り、利用すれば、必ず善い結果になる。

 神様とはすなわち愛である。愛の塊である。全ては愛によって創造されたがゆえに、人間の人生は長い目で見れば必ず善い結果になるように世の中はなっている。

 それを、捨て猫から野良猫になり、家猫、愛猫、招き猫、金猫銀猫、海猫、庄造の猫、チェシャ猫、長靴を履いた猫、赤いトタン屋根の猫、果てはシュレディンガーの猫にまで生まれ変わった化け猫の、否、霊猫の吾輩が、自らの実体験から言うのであるから信用していただきたい。

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 四、

 最後に、神様と友達になる要領をお教えしたい。
 それは類は友を呼ぶのであるから、精神だけでも神様と同じレベルになる事である。すなわち、日々の暮らしでは猫かぶりなどせず、真実に喜び、微笑み、笑い、愛し、歌って、愉快に生き、さらに善良を旨として生きているなら、生きとし生ける者は皆、神様を体現しているのである。

 誠実さは最高の形の愛である。第一に自分に誠実で、第二に他者にも誠実なら、良心が痛む事なく、安心して寿命を全うできるであろう。

 そういう訳で、吾輩は天気の良い昼は縁側で安心してネコろんでいるのであり、それゆえネコと総称されるようになったのである。

 こうして昼寝していると次第に楽になってくる。ひたすら安逸悠揚の域に達してくる。この天と地に愛の神様がおわす事を思うと、嗚呼、ありがたいありがたい。

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底本:「夏目漱石全集1」ちくま文庫、筑摩書房
   1987(昭和62)年9月29日第1刷発行
初出:ブログ「バーソは自由に」
   2021(令和3)年10月16日
※誤植を疑った箇所を、底本の表記にのっとりながら一部あらためました。
入力:バーソ・モジリアニ
校正:永理あんだ(一)、霊家風子(二)、比磨人羅(三)、磨曾 譲(四)
2021年10月16日公開
2021年10月16日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルはインターネットの図書館 青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
※写真はフリー画像サイト「Pixabay」から借用しています。
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