五輪ご難と“ダンシングコロナ”という社会現象。 | barsoは自由に

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 東京オリンピックがご難続きだ。
 開幕直前になって中止せよ中止せよのシュプレヒコールがあり、次いで会場の無観客が決定し、開催4日前には楽曲担当者が辞任、前日には開閉会式のショーディレクターが解任となった。

 10年前の東日本大震災以来、台風、豪雨、地震、噴火と、そのうえコロナと人災にも襲われ、まるで日本人の人間性と耐久性がこれでもかこれでもかと試されているようだが、ヨーロッパでも奇妙な現象が7世紀から16世紀に至るまで散発したことがある。
 それは『ダンシングペスト(Dancing? plague)』と呼ばれる伝染性のある社会現象で、年齢性別に関係なく、大勢の人が何日間も踊り狂って死んだ。※1
 
 その最大級の一つは1518年7月14日にフランスで始まった。
 Frau Troffeaという女性が半狂乱になって6日間も踊り続けたが、4日後には33人に伝染し、1か月後にはおよそ400人に拡大し、みな何かに取り憑かれたかのように踊り続けた。
 中には殴ったり蹴ったりしてでも止めて欲しいと懇願する者もいたが、踊りは止まらず、その多くは心臓発作を起こして死んだ。

 医師は、オーバーヒートによる「hot blood(熱い血)」のせいだろうとして血液を抜く治療を提案し、役人らは、納得いくまで躍らせれば症状は収まると考え、市庁舎の一部をダンス用ステージにしたりプロの楽団を雇ったりしたが、狂乱ダンスは止まらなかった。
 宗教にも目を向け、市民の乱れた倫理観が聖ヴィトゥスの怒りを買ったのかもしれないと考え、売春とギャンブルを取り締まったが、これも効果がなかった。
 だが、その狂乱は9月になると自然に収まった。

 原因は、貧困や社会情勢の不安による精神的逃避だろうとか、麦に寄生する病原菌によるとか、カルト宗教による集団ヒステリーだといった説があるが、いまだ真相は解明されていない。※2

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 ピーテル・ブリューゲルIIによるモーレンベックの『聖ヨハネのダンサー』(1592)Wikipedia


 この出来事の前世紀には、ペスト(黒死病)のパンデミックが荒れ狂い、ヨーロッパ総人口の6割もの命を奪い、イングランドやイタリアでは人口の8割が死に、絶滅した町や村もあった。
 当時は英仏の百年戦争の最中でもあり、戦役とペストのダブルパンチで死者が後を絶たなかったため、人々のやり場のない悲しみや怒りは《ペスト=ユダヤ人陰謀説》に転嫁され、ユダヤ人虐殺が行われた。

 教会では、万人に必ず訪れる死に備えるよう『メメント・モリ(死を想え)』の説教が行なわれたが、死への恐怖と生への執着に取り憑かれた人々は、祈祷の最中や墓地での埋葬中、また広場などで自然発生的に半狂乱になって倒れるまで踊り続け、この集団ヒステリーの様相は『死の舞踏(Dance of death)』と呼ばれるようになり、数々の絵画や音楽の芸術作品を生んだ。→拙記事

 
 サン=サーンス『死の舞踏』。アンリ・カザリスの幻想的な詩から霊感を得て管弦楽曲にまとめた。

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 それで、なんらかの怖れや不安が心の深層にある場合、それを誰かがツイッターなどで煽ったりすると、その《感情》が目を覚まして増幅し、同じような波動を持つ人々に伝染し、狂乱の集団行動につながる心理構造が人間にはあるようだ。

 ペンは剣より強しと言われるが、言論より強いのが《大衆の感情》で、これが民族単位になれば法治国家ではなく、情治国家となる。
 この症状の原因は分かる。
 知性より感情が強く、笛吹けばすぐ踊り出す、軽はずみな人間性である。社会の風潮に乗らないと反社会的人間にされてしまうという怖れもあるだろう。これに潜在的な劣等感などによる不安が重なると、異常な狂乱行動に発展するのである。

 他者に扇動されて出来た「集団意識」は、声は大きくても「民主主義」とは似て非なるものなので、これを正義だとか民意だと思ってはいけない。

 いま、私たちのまわりを見ていると、しばしば狂乱の《ダンシングコロナ》と言いたくなるような社会現象が起きていて、政府の決定にも影響を与えているように思えるのだが、どうだろう。


(なお、東京オリンピックについて言うなら、いろいろ問題があり、開催反対だとしても、そもそもオリンピックは日本が熱心に招致したものであり、しかも今のコロナ禍の中で開催できるのは世界では日本だけであろうことを考えると、土壇場になってネガティブなことをあれこれ無責任に言って足を引っ張るよりも、開催都市としての責任を首尾よく果たせるよう、それこそ日本人の底力と誠実さとおもてなしの精神を見せて協力するほうがずっと建設的で善良だと思うのですが)※3

 

 


《補足》――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
※1:『ダンシングペスト』は、『ダンシングマニア』『聖ヴィトゥスのダンス』『聖ヨハネのダンス』とも呼ばれた。
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※2:ライ麦や小麦、大麦、エンバクなど多くの穀物に寄生する麦角菌(バッカクキン)は、様々な毒性を示すアルカロイドを含んでおり、神経系に対しては、手足が燃えるような感覚を与える。循環器系に対しては、血管収縮を引き起こし、手足の壊死に至ることもある。脳の血流が不足して精神異常、けいれん、意識不明、さらに死に至ることもある。ただし現在では製粉段階で麦角菌除去が行われている。
 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%BA%A6%E8%A7%92%E8%8F%8C
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※3:「安全だが、安心では無い」という言い方を好む人は、ロジックではなく、エモーション(感情)で判断している。無菌室のようなゼロコロナはあり得ないので、命以外の種々の要素も考慮すれば、真っ白と真っ黒の間に薄いグレーという妥協的な最適解があるはずだ。その濃さの度合いを判断をする時は、人間の意見を100聞くよりは、科学的なデータを1つ見たほうがいいだろう。
●文科省がスーパーコンピュータ「富嶽」を使って、「国立競技場に1万人の観客を収容した場合の感染リスク」をシミュレーションしたところ、観客の前後左右を空席にした場合、風が後ろ向きなら新規感染者はゼロ人に近く、風が前向きなら0.23人という結果が出た。
 https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC064UJ0W1A700C2000000/
●全国のデータでは、感染者(陽性者)の中から重症化する人は約1.6%、死亡する人は約1%(50歳代以下で0.06%、60歳代以上で5.7%)の割合なので、青年や壮年層を観客に選べば「死亡者」は限りなくゼロになるはずだ。
 https://www.mhlw.go.jp/content/000788485.pdf
●人口1400万人の東京都では(ワクチン効果のゆえか)7月になってからコロナの死亡者が激減し、連日1人か、ゼロ人。10代20代30代には1人もおらず、40代で初めて0.1%になる程度。
 それゆえ、五輪の「無観客」宣言は、交通事故の死者より少ないのに「外に出るな」と言っているようなものなので、内閣支持率は下がり、次の総選挙では自民党は議員数を減らすと分析する人もいる。
 https://stopcovid19.metro.tokyo.lg.jp/cards/deaths-by-death-date
●関連する過去記事。→「ロバに乗る老夫婦」は何をしても批判される。
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