芥川の『二つの手紙』から、ドッペルゲンガーの正体を探る。 a | barsoのブログ

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 世の中には、自分とうり二つの人間と出会ったという話が、ままあります。

 その自分の分身のような存在を「ドッペルゲンガー(二重身)」と言いまして、ゲーテやモーパッサンやリンカーン大統領が体験し、エドガー・アラン・ポーやドストエフスキーが小説を書き、ハイネの詩にはシューベルトが曲を付けています。

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   ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ How They Met Themselves(部分)1860-1864年


 日本では芥川龍之介が「私の二重人格は一度は帝劇に、一度は銀座に現れた。錯覚か人違いと言ってしまえば解決がつきやすいが、なかなかそう言い切れないことがある」と語っていて、そのドッペルゲンガー体験を元に『二つの手紙』という短編小説を書いています。

 内容は、佐々木と名乗る東京帝大は哲学科卒の大学教授が、二通の手紙を警察署長宛てに書いたものでして――――
 一通目には、ドッペルゲンガーという現象は世界にはよくあるという説明を長々としてから、《じつは、私と顔も服装もまったく同じ男がいて、その第二の男が妻と一緒にいるところを三度見かけたが、その男はドッペルゲンガーに違いない。ところが世間は、私の妻が不倫をしていると妙な噂を立て、私を狂人扱いしている》と書いて警察署長に取り締まりを要請しています。
 二通目は、《ついに妻が失踪したが、自殺したかもしれない。私は仕事を辞めて引越しをする。これも無能な署長のせいだ》と恨みごとを書いています。



隠「さて、熊さんや、この佐々木という《男》が自分と瓜二つの《第二の男》を見たという話、どう思う?」
クマ「ご隠居。それって被害妄想じゃねえですか」
隠「うむ、脳腫瘍によって幻覚を見ることもあるそうだが、この男は大学で倫理と英語を教えている現役の教授だから、頭はまともなようだな」
クマ「じゃ、霊魂だ。幽体離脱ってやつじゃねえですか」
隠「霊魂なら姿が見えないよ。ドッペルゲンガーを心理学的に解釈する人がいて、第二の自我が現象化したとか、無意識の中にある不安や抑圧が表面意識までコントロールしたとか、無意識を実在の人間に投影して重ね合わせたなど、あたしも訳の分からんちい説がある」
クマ「ジキルとハイドの話は、違いますよね」
隠「あれは人格が裏返って別の人間になった話で、容姿が全然違う」
クマ「映画の『バック・トゥ・ザ・フューチャー』に、主人公がもう一人の自分と出くわすシーンがありました」
隠「そうそう。タイムマシンで、過去か未来の自分が現在にやってきた可能性もある。ただ、この小説の場合は、《第一の男》と《第二の男》はまったく同じ服装なので、同じ時代の同じ瞬間に存在している人間だな」
クマ「メンタルチックからSFチックまで、いろんな説があるんですね」


 と、ここから、ご隠居がお得意の知ったかぶりの話が始まります。


隠「スピリチュアルチック説もあるぞ」
クマ「守護霊とか指導霊ってやつですか」
隠「それと、ツインソウル説もありそうだが、もっと面白い話もあってな、精神世界では《意識が事象を創る》という考えがある
クマ「じしょう?」
隠「事象とは、まあ、宇宙の物体や現象のことだが、それらは創造者の《意識》が創り上げたと考えるのだ。聖書には、神が「光あれ」と言葉を発すると「光があるようになった」と書かれている。神の《意識》は「言葉」として発せられ、それは即、創造作品になるのだよ」
クマ「はあ」

隠「新約聖書に『初めに言葉があった。言葉は神であった。すべては言葉によって造られた』という有名な聖句があるが、その「言葉」を《意識》と言い換えれば、『初めに意識があった。意識は神であった。すべての事象は神、すなわち意識によって造られた』となるのだよ」
クマ「神の意識ってすごいですね」
隠「熊さんや、結果には必ず原因がある。宇宙の事象という結果を見れば、人間を超える《英知》があることが分かる。ならば、その原因には《超叡智》があるはずだ。と考えると、最初に事象の原因である《叡智ある意識体》が在って、事象を創ろうと《意識》を働かせたので、その結果として星や岩や生命体やDNAなどが存在するようになった、と推論できて物事のつじつまが合うのだよ」
クマ「はあ」
隠「いろんな宗教でも人間を《神の子》としているが、ある意味、人間も《創造者の子》なんだな。だから人間が意識したり、考えたり、イメージしたものは、すべて、この宇宙に存在している。人間がイメージできないものは、この宇宙には存在しないそうだよ」

クマ「なら、そのドッペルなんとかは人間の意識が創造したんですか」 隠「そう、佐々木という《男》の意識――――愛情か、執着心か、嫉妬心が造り上げたのかもしれんよ」
クマ「そんなこと、現実にはあり得ねえような気が」
隠「チベット辺りの覚者は空中浮揚するとか、インドでは手のひらから金粒を出したという話もある。そんな人は《意識》がとてつもなく違うのだよ。佐々木という《男》は東京帝大の哲学科を出ている。哲学には神秘主義哲学というのもあって、《男》は意識が神秘的な霊的次元に入るまでになり、自分自身と妻の異なるヴァージョンのイメージを実体化したような幻影のようなものを見て、ドッペルゲンガーだと思ったのかもしれん。ただし、統合失調症の人も思い込みが激しくて幻覚を見るらしいが」
クマ「う~ん、じゃあ、ご隠居。そうだとすればですよ、もし俺が浮気をしたいと強く思えば、実際に浮気している俺も存在するんですか」
隠「そう。ただ、それはパラレルワールド説のほうだな。この『二つの手紙』の話で言えば、不倫したいと思っている《第二の佐々木》が別の次元の世界に存在していたが、宇宙のシステムになんらかのバグが生じて《第一の佐々木》の世界に現れたのかもしれん」

 ここで突然、熊の野郎が迷探偵チックな解釈を言い出します。くまったもんで。

クマ「ねえ、ご隠居。ひょっとしたら、この《男》は、妻が不倫したと思って殺したんじゃねえですか」
隠「お、突然ミステリーチックになってきたな。しかし、なんで、そう思ったのかな?」
クマ「だって、警察に出した手紙には、そのドッペルなんとかの話を長々として、そのあとに、妻がいなくなったが自殺したんじゃないかと言って、自分は引っ越しをする、って書いてましたよね」
隠「そうだ」
クマ「それって、おかしくねえですか。妻がいなくなったら普通は、警察に探してほしいって一生懸命頼むはずだ。引っ越しもしねえで、同じ家に住み続けるはずだ。そうでねえと妻が帰ってきたときに困る」
隠「なるほど」
クマ「妻がいなくなっただけで、自殺したかもしれないなんて言うのは、《男》が妻を殺して、それを警察の怠慢のせいにして自分が疑われないようにしてるのか、または、もっと深読みすれば、警察署長が《男》の妻と不倫をしてて、それを《男》が知って、遠回しに恐喝してるのか」

隠「ずいぶん恐ろしげな解釈になってきたな。しかし、それより、熊さん。妻は、夫によく似たそっくりさんの愛人を見つけて密かにデートしていた、と思うほうが素直じゃないかい」
クマ「どうして、そうなるんですか」
隠「三回目にドッペルゲンガーを見た状況は、《男》が具合が悪くなって職場を早引けしたら、ちょうど妻と《第二の男》が書斎にいて、このたびの一連の出来事が記録されている日記を二人で読んでいるところを目撃した」
クマ「そうか、《男》が書いた日記を《第二の男》が読んでいたということは、超常現象の超人間ではなく、単に別の人間だったわけだ。じゃあ、《男》の妻と《第二の男》は、さぞかしバツが悪かったでしょう。あるいは怒り狂った夫から二人とも殺されてしまったとか」
隠「いや、夫は失神してしまった。《第二の男》は、そのすきに逃げたのかもしれん。しかし熊さんは今日は別人みたいに鋭いな。ひょっとしたら、まぐれでメグレ警部チックになったドッペルゲンガーじゃないかい」
クマ「ご隠居だって、今日は警察犬チックになって、鋭い嗅覚で犯人探しをしているような」
隠「おや、そうかい。今日は、あたしも、」
クマ「はい、ドーベルマンガーになってます」

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 この話は、ブログ『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・笑う門には福来たる』の管理者nanno(ナンノ)さんから、「あっと驚く新解釈」を書いてほしいとブログで言われて書いたものです。が、そんなものを私が書けるはずもなく、旧約聖書の伝道の書1章9節に「日の下には新しいものはなにもない」とある通りです。

 nannoさんは、ジキルチックの超インテリジェントな文章と、ハイドチックの超××××的な文章を使い分けて書いているドッペルブロガーです。(笑) → ブログ

※『二つの手紙』は短いです。ぜひ原文を読んで、ご自分で推理を。→ 青空文庫
※反日分析シリーズの③最終版は、予定を変更して、次週24日(土)に出します。