例のパレスチナで発見された約4000年前の粘土板は、欠損も多く、解読が困難
でしたが、バーソ調査班の研究により、ラクダが自ら書いた遺訓と判明しました。
ラクダが前歯で噛んで彫った独特の楔形風文字は「カメール(噛める)文字」と
命名し、難解なラクダ語の中東方言は、適当に、否、適切に邦訳いたしました。
Mr.camel rakuda
我が愛する子供らへ
わしは賢明なる駱駝仲間の中でも最も自他に厳しい事を自負する者である。
生涯五十年の中で一番感激かつ感動した事を、愛する子供らに書き残す。
わしが壮年だった頃の某月某日。族長の名士であるご主人様が最年長の家令に、
長男の嫁を探す為に遠い故郷に赴くよう命じられた。それで、わしも荷物を背負
ってお供をする事になった。
というのも、ご主人様は昔この地に移住してきた外人寄留者なのだが、近隣の
人たちは異邦人で信仰が違うゆえに、息子の嫁に迎えたくなかったのだ。
誇り高き我が駱駝族の子供らよ。
自分の信念を守り抜くか、妥協するかを迫られた時は、焦るべからず。
我らのまつ毛が二列に密集して生えとる訳は、砂ぼこりを防ぐ為だけでは無く、
視界から虚偽を払い除け、真実のみを見通す為にある事を思い出せ。
[説明] 故郷とはメソポタミアで、今のイラクです。パレスチナからは約1000km。
東京大阪間が約500kmですから、その往復ぐらいの距離を歩く大変な長旅です。
月の沙漠をはるばると旅のラクダが行きまして、何十日も掛かってやっとメソポ
タミアの端にある泉に着きました。時は夕刻。娘たちが水をくみに来る時分です。
家令は、わしらを井戸の傍に伏させ、天を向いて力強く祈った。
「どうか、水がめから、わたしに飲ませて下さい」と娘さんに頼んだ時に、
「どうぞ、お飲み下さい。あなたの駱駝にも水を上げましょう」と答えた娘さん
が、私が主のお探しの嫁である事にして下さいますように、とな。
[説明] しばらくしたら、泉に水くみにきた美しい娘さんがいて、ヒゲづらの家令
が頼ん だら冷たい水あげましょう、と歌うように言ってくれました。
問題は、ラクダにも水を飲ませてくれるだろうか?ということですが、ラクダ
は大水飲み。牛乳パックなら一日約20本分、最大で100本ぐらいは飲むのです。
井戸は低い所にあり、手押しポンプはありません。ラクダは10頭もいましたか
ら、家令とラクダすべてに水を十分に飲ませるのは大変な重労働です。
ジョヴァンニ・アントニオ・ペレグ リーニ 『井戸端のリベカ』(1708-1713)
その娘さんは別嬪さんだった。わしさえもうっとり見惚れた。しかし麗しさは
偽る事がある。 まさかわしら駱駝にまで水を飲ませてはくれんだろう、と思っ
ておったら、なん と娘さんは、こう云った。
「あなたの駱駝もみな飲み終るまで、水を汲みましょう」
そうして、水を汲む為に何度も井戸に走って、わしらの為に水を汲み続けてく
れた。
びっくりぽんや。娘さんは体力と辛抱強さがあり、礼儀正しく、謙遜で、親切
で、優しくて、我ら駱駝にまで深い気遣いを示してくれた。
わしがこんなに感激したのは、後にも先にもこの時だけだ。仲間の駱駝たちを
見たら、みな長いまつ毛が大粒の涙で光っておったのをよく覚えとる。
[説明] 家令が娘の名を聞いたら、レベッカと言って、奇しくも一行をつかわした
主人エイブラハムの兄弟の孫娘にあたる女性でした。不思議な巡り合わせです。
家令が娘さんの家に行って、じつはこのわたしが天に願った通りの事が実際に
起きたのですと事細かに話したら、親御さんは、それは神のご意思に違いないか
ら自分たちには良し悪しは云えない、娘の意見を聞いてみましょうという事にな
り、娘さんがこう答えた。
「行きます」
単純なひと言だが、わしは脳髄が痺れた。
娘さんも親御さんもお兄さんも、顔も見た事もない男との結婚をすぐ受諾して
くれた。何という素直で、純粋な人たちだろう。わしは心から感動した。
我が子よ、我が孫よ、そしてまだ見ぬ曾孫、その子供らよ。
世間の常識に軽々しく従うなかれ。自己の内面の意見を聴くべし。よくよく
考え、心にピンと来るものがあるなら、それが自分の正解である。
無為の日々を送るのは、楽だとしても、駱駝の堕落であると心得よ。
常に意欲と自尊心を保ち、自分がやりたいと思う事を意識して生きよ。
自分が納得できる事を追い求めよ。ひたすら真っすぐ生きよ。
これがわしの最後の願いである。
どうか、我が愛する子供らが自分の命を十分に燃やし尽くせますように。
[説明] レベッカは一行と共にパレスチナまで長旅をし、族長エイブラハムの息子
アイザック40歳に会い、二人は深く愛し合うようになりました。
アイザックの名は“彼は笑う”という意味ですが、実際その通りになりました。
キリスト・イエスは、このアイザックとレバッカの約2000年後の子孫です。
編集後記―――――――――――――――――――――――――――――――― ――――――
●以上の話は、旧約聖書の創世記25章にも出ています。
●上記のヘブライ人は英語名で表記されていますが、邦訳聖書では以下のように翻字されてい ます。
嫁のレベッカ→リベカ、夫のアイザック→イサク、父のエイブララハム→アブラ ハム。
リベカの名は「魅惑する者」か「雌牛」という意で、英語名レベッカの愛称はベ ッキーです。
●写真はフリー画像サイト『pixabay』の写真を借用しています。 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――― ――――――