家と家族
突然ですが、みなさんの実家は近いですか??子供が生まれると、見てくれる人が居ると、気分転換やおでかけの場所も変わってきますよね私は、今は神奈川ですが、実家は和歌山です。神奈川に越してきたのは去年の二月なので、まだ一年です。その前は大阪に住んでいました。旦那さんの実家には電車で一駅だったんですが、私の実家には、電車で一時間半だったので、しょっちゅう帰ることはなかったですが、10日くらいの出張で旦那さんがいないときは、実家に帰っていました。息子が生まれて、喜んでくれている家族ですが、遠いのでなかなか会えません。ところで、私の生まれたときはというと、大家族でした。父は6人兄弟(男四人・女二人)の次男で、母は二人姉妹の長女です。お見合いで結婚し、父が母の家に婿養子で入りました。家は、木造の平屋で、父母が結婚したときに、離れを建てたそうです。ひいおじいちゃんの建てた家だったので、戦前からの家でした。緑いっぱいの庭と、広い縁、見たことないけど防空壕が庭にあったそうです。柿の木や、はっさくの木、松やつばき、つつじ、おじいちゃんの盆栽がいっぱいありました。結婚後、すぐに私が生まれ、私が生まれたとき、家族は、父・母・おばあちゃん・ひいおじいちゃん・ひいおばあちゃん・叔母の七人家族でした。(おじいちゃんは、母が5歳のときに亡くなっていたので知らないんです。)すぐに弟を身ごもったので、私はおばあちゃんと居ることが多かったそうです。おばあちゃんは、朝から夕方まで近所の工場で働いていたので、その間は、ほぼひいおばあちゃんが世話をしてくれていたそうです。弟が生まれ、私は、いつも父と母と離れで寝ていましたが、『ママは○○ちゃん(弟)にかしてあげるの』と言ってききわけ、母屋でおばあちゃんと寝ていました。弟が生まれてすぐ、ひいおじいちゃんが亡くなりました。その四年後妹が生まれ、また八人家族になりました。八人も居るのに、なぜか正方形の机でご飯を食べていたので、ひとつの辺に、二人座る状態でした。テレビの前にも人が座っているので、『見えない!どいて!』という声がよく響いてました(笑)小学校一年のときに、家族の似顔絵を書きましょう、という授業がありました。みんな3人とかなのに、私は八人も書かなきゃいけなくて、大変でした(笑)できたものを教室に貼っていましたが、うちの家族だけスペース取りすぎでした(笑)七人家族は、叔母が結婚するまで続きました。結婚後しばらくして、新しい家を建てることになりました。家は、住めないわけじゃないけど、今思えば結構ガタがきていました。台風や大雨だと、雨漏りがするし、床はべこべこ音がするし、すきま風もびゅーびゅーだし。私や弟、妹は新しい家ができると大喜びでしたが、おばあちゃんは、取り壊しのとき泣いていたそうです。17年住んだ家は、今はもうありません。でも、夢で見る実家は、まだ昔の家だったりします。ドアがいつも全開で猫が台所まで入ってきたり、お風呂のタイルにナメクジが出没したり、縁側でひなたぼっこしたり、男用と女用のあるトイレだったり、台風のとき、家族全員で大接間で寝たり、思い出がいっぱいありました。新しい家は快適で、結婚するまで住めて、ほんとに幸せでした。ゆくゆくは、弟も妹も結婚して家を出て、いつか弟は戻ってくるんだろうと思います。また、新しい思い出も増えていくんだろうな。そんなことを思った、今日このごろでした。