もう何度も行っているフジ・モータースポーツ・ミュージアム、企画展で興味のある時は必ず行ってます。
その常設展示車両の中で一番気になるというか、大好きなのがトヨタターボセブンと共にこちらなんですね。
フォード999レコードレーサー。
1904年1月12日に凍ったセントクレア湖にて(当時チャレンジできるような広い平地は凍った湖か塩湖しかなかった)ヘンリー・フォード自らの操縦で91.37mph(147.05km/h)の陸上速度世界記録を樹立した当時最先端のレコードレーサーです。
その時フォードは誰も経験したことのない速度での操縦に集中するため(この車体で147㌔出すのですから相当大変だったと思われる)、エンジンの操作はハフというエンジニアが車体にしがみついて行ったという、正に二人とも命がけな挑戦でした。
そのチャレンジ時の絵画がこちらです。
凍る湖上なので気温が低いからかラジエーターはアルミ板のようなもので覆われていて。
エンジン操作のハフが乗るスペースを確保するべく燃料タンクはエンジンの上に移動していますね。
これだけの経緯を見ても凄いでしょう、19世紀初頭における歴史に残るチャレンジでした。
実写を見ていると本当にこれで147㌔も出したの、って思う程簡素な造り。
シャーシーにでっかいエンジンが乗っているだけの造形。
大きなラジエーターから水冷である、そしてそのフレームは木製である。
先ずはエンジンを見てみましょう。
999の文字があるのは燃料タンクで、その裏にキャブレターがあるようだ。
ヘッドに並ぶ透明の筒はオイル溜でバルブ周りの潤滑に使われているようです、勿論オイルポンプなんて無いから自重落下だろう。
排気側にはバルブの駆動メカが露出しており相当な轟音を響かせていただろう。
というのもこのエンジンは4気筒ながら排気量18,943ccというとんでもない代物で出力は80馬力だったという。
トラブルによる穴の開いたピストンが展示されてるがこれは実車の物だという。
直径184㎜という驚くほどのボア径で、これまた径の大きな傘型バルブと共にこんなのが中で動ていてるのかとびっくりです。
点火機系は既にプラグによる点火は行われていて何とツインプラグになっている、ここにはレーサーという成り立ちを感じる部分でありますね。
その電気系統ですが。
各気筒毎にバッテリーが並びその発火タイミングはエンジンの前方に有るんですね。
何とデストリビューターがもう開発されてる。
ラジエーターとエンジンの間にカムシャフトに直結されたギヤから点火タイミングを得るデストリビューターが存在します。
さらに驚くのはこのデスビに直結した点火進角を調整する調整機構が存在するのですね。
この細く伸びたシャフトがデスビに直結しててそれを手元で進角を調整できるようになっている。
ガバナーが出来る前はこれは普通の物で、バイクでも古い戦前のインディアンは左手グリップが進角調整用だったのを思い出した。
ハンドルはこれ、ヘンリー・フォードがこれを握りしめて不安定な車体を時速147キロで走らせたのは驚異です。
ハンドル右に有るレバーはクラッチの作動用です。
大きなクラッチは今と同じくフライホイールを兼ねていてこの辺りの作りは既に当時完成していますね。
ただ動作は今のものと違って面で摺り合うのではなくドラムブレーキのようにフライホイールの内側から出力を伝えているようです。
ドラムブレーキというよりは普及自転車のリヤによくあるバンドブレーキだ。
材質は不明ですが金属ドラムの周辺に巻かれたバンドを締め上げて減速する機構です。
ブレーキの隣にはエンジンの出力を90度曲げてドライブシャフトへ伝達するベベルギアが剝き出しで有る。
挑戦時はグリス(当時は多分鯨油であろう)がたっぷりと塗布されていたのだろう。
そう直線だけなのでデフレンシャルギヤは必要ないのだ、この辺りも潔いレーサーならではの仕様ですね。
いゃぁ凄いですよね、これが120年前のレーサーなのですからね。
ですがこの個体はフォードミュージアムよりの借り物です。
当然貴重な実車では無くレプリカなのですが。
1966年のアメリカ万博出展時に精密に再現された2台のうちの1台だという。
これだけでも相当貴重な物ですよね。
因みに999の名前の由来は、蒸気機関車だそうで。
当時160㌔という速度記録を持った機関車にあやかっての命名のようです。
だがこの999の開発には相当な時間とコストを費やしたようで、ヘンリー・フォードは当時興していたヘンリー・フォード カンパニーの出資者と対立してこの会社を追われ離脱することになってしまう。
ヘンリー・フォード カンパニーはその後キャデラック オートモビル カンパニーに改名、そう現在のキャデラックですね。
ヘンリー・フォード自身は1903年に改めてフォード モーター カンパニーを設立しこちらが現在に続くフォードとなっているそうだ。
こちらに行くと何時もこの999レーサーを見て感銘しています、それだけ大好きなレーシングカーなんですね。
私が子供の頃に憧れた60年代後半のレーシングカー達もとっても惹かれていますが、この555レーサーにはそれらの素となるスピリットを感じてとっても惹かれるのですね。