から話逸れる記事







頭ばっかり働く時どうしたらいいか分からなくなって苦しくなってくるけど





結局幼稚園の時の感覚で生きることを忘れてしまったのが原因だと思う





幼稚園児とかを見て真似できる範囲で真似たり


目の前で大人の僕がしたいのにできないことをしてる幼稚園児や小学生を子供だからって許そうとするように自分に許してあげればよくて




そして幼稚園児はとても簡単に僕のやっちゃいけないを破り


笑顔で走り抜ける





それを見ると人はもともとこんな自由に幸せになっていて良かったんだと思うし





それを許す時心が穏やかに感じるし

幸せだったいい思い出を思い出すかのような気持ちになる





あぁ自由なんだと思う





幼稚園や小学生の時はただ自分の幸せの為だけに生きてきた


一人一人が自分の幸せを求めて生きて

それをどうにか許そうと周りが努力してくれた





わがままをいい

ぐずり

泣きわめき

怒り

自分の為笑った





成長するにつれて学ぶべきは思うままの幸せを抑制する術ではなくて



思うままの自分1人の幸せを

どうみんなで分かち合えるかだと思う





一人一人が持ってる幸せをどうみんなで共有するか




それを広げる術を学ぶんだと思う本当は






自分だけが楽しい幸せではなくて


自分もみんなも楽しく幸せなるにはどうすればいいのかが大切で





それを考えるのが大人で


それをしてる大人を見て育つのが子供で


それを感じて育つのが心であると思う





子供を見てると思う


心の学びは「学び」より「経験」から始まるんだ



心はやっぱり頭からではなく心から始まる


「理解」ではなく感じるという「感覚」の部分から始まる



学び方は体育と同じだと思う





心は頭よりも先に人に宿っていると思う

頭はあっても初めは空っぽだからね




だから人は元々感情の生き物なのかもしれない





そして感情を豊かにする役割が頭なのかもしれない





捉え方によっては頭は感情のサポートに過ぎないかとも思った






文章がまとまならない笑




そして話逸れたえー