約40年前、富野喜幸はアニメ作家としてテレビ(ワイドショー等)に出まくっていました。マスコミが煽動したアニメブームが到来していたからです。私はそれらの番組で識者と呼ばれるインチキ評論家に向けて話をする彼が好きでした。べつにケンカをしていたからではありません。「所詮アニメでしょ」という上から目線の識者に対して「そうですそうです」と低姿勢を貫きながら、控えめに自分のポリシーを語る部分が高校生だった私に刺さったのです。
彼は大学卒業後に映画制作の現場へ行くことを希望したけれど、時代的に3大映画会社が求人を止めたことで進むべき道を失いました。仕事にしたいくらいだから虫のように映画を観て(とくにヌーベル・バーグやアメリカン・ニューシネマが華やかな時代だったからゴダールやトリュフォー、ひょっとしたらアルトマンとかにも感化されているかもしれません)いたのだと思います。もちろん黒澤明や大島渚の影響も少なくないでしょう。
彼の作品の特徴は魅力的なキャラクターと躍動感のある演出だと思います。キャラクターの魅力に関しては印象に残る名セリフを多く残していることから、あらためて説明の必要は無いと思います。そしてそれらの名セリフのモチーフになっているのが'60~'70年代の松竹映画、日活映画、とくに大島渚作品のような気がしてなりません。細かいセリフ回しはいわゆるニューフェイスを起用した日活のヒーロー活劇から、作品への取り組み方は大島渚から……そんな感じがするのです。
前記したワイドショー等で富野喜幸は大島作品である「忍者武芸帖」を例え話に、アニメというジャンルでも大人が満足できる作品を作ることができるという話をしていました。昔はアニメは子供の娯楽であり、少し「下」に見られていました。大島渚という人はみなさん知ってのとおり反体制の思想家であり活動家、そして映像作家です。彼はデビュー当時からコンサバな会社からの要請に挑戦するクリエイターでした。挑戦といってもあくまで作品の中身で勝負する人です。ひとつのスタイルを作り上げたら、次の作品では自らそれを壊し、つねに新しいものを模索すような作り方をする映画監督。そんな大島にインスパイアされた感じが、彼のTV出演時の発言から洞察できるのです。
単純にスクラッチ&ビルドでは語れませんが、富野作品の多くが何らかの初期化を繰り返して生み出されているのだと思います。だから自分の作家性への疑いをインタビューで語ったりするのかもしれません。私はそんな阿修羅のような古いタイプの映画監督・大島渚、そして富野喜幸が好きです。
ある意味で極端な演出は彼の完成された作品でありながら、実験的要素でもあると思うのです。全員死ぬとか、生きてるとか、凄惨だとか表層的なことに一喜一憂すると「子供の娯楽」に後退してしまうような気がします。そう、実験を繰り返すから次があるワケです。ガンダムの創造主として変に期待される今は、苦しんでるかもしれませんが。
(追伸)発動編はあらゆる意味で素晴らしい映画ですが、唯一の不満はハルル役の麻上洋子さんが不調だったことです(月刊OUTにも書いてありました)。本調子であれば仕事と女の2つの喜びの狭間で悩むキャラを上手く演じたでしょうに。逆に満足できたのは作画です。ほぼ純粋に湖川スタッフ(チェック)の作画で1本観れて幸せでした。これでなければイデオンじゃないと思います。テレビシリーズは40数話あったらしいのですが、私にとっては14話完結です……
