麻原彰光の死刑が確定しました。誰も疑わない当然の経過で、あれから11年もの歳月を費やした事にはむしろ時間がかかり過ぎると考える人も多いでしょう。また司法の専門家の見方としては、最高裁まで辿り着かないまま一審での死刑判決確定に疑義を唱える方もあるようです。


あるおばちゃんが言います。「なんでさっさと死刑にしないの?」

もっともな意見です。しかし、あれほどまでの犯罪行為をやらかした集団だからこそ、二度とそれを繰り返さない為に徹底的に解き明かされなければならない

これは僕の空想に過ぎませんし、おそらく物語に近いものかも知れませんが、ちょっと書いてみます。


検察がはっきりさせたかったのは、教団が行なった全ての違法行為は「麻原の指示だった」という一点ではないかと。本人が「違う」と言い張っても「やはりそうであると断じるだけの」結論を導きたかったと。ここは普通に考えて当たり前に見えますが、僕の考えにはもうひとつ裏があります。つまり、「実は麻原の裏で糸を引いていた黒幕の存在さえなかった」という確証が欲しいと。麻原は事件に関しては何ひとつ語りませんでした。検察が恐れていたのは、「俺は○○に命令されてやったんだ」という趣旨の証言です。もしそんな事を彼が言い出せば、麻原裁判がひっくり返りかねないのです。突飛かもしれないけども、あり得ないとは言い切れない。

なんでそんな事を考えるかというと、オウム真理教が死んでないからです。未だに活動を続けて、驚くべき事に信者だって存在するのです。これは実際、よく考えると恐ろしい事のはずです。裏で糸を引くもの(仮に首領とでもしよう)の存在を隠したくて麻原は訴訟能力がないフリをしていると考えると、何やら戦慄さえ覚えます。そうして、それが現在懸命に係争中である未決囚であるとするなら、まだまだオウムは終わらない。


「何をばかな!?麻原の裏に首領なんていない!」とするなら、また別の角度から懸念が沸き起こります。

例えばスポーツ界で大記録が打ち立てられ、その人が引退したとします。まさに前人未到の記録で、その記録を更新する事など誰にもできないと思われます。そういうのを伝説と言うのではないかと。麻原はいわば伝説を作ったと言えます。ダークサイドにおけるヒーローなわけです。麻原の死刑が確定するまでは、法的には未決囚です。社会に出てくる可能性もわずかながらあります。あくまでも仮定の話ですから。するとオウムは再び息を吹き返す。しかし死刑が確定した。執行はまだですが、事実上麻原は死んだと同じです。

であるなら、オウムは今後、何を拠り所にして活動を続けるのか?ここで伝説を引き継ぐもの(人物)が必要とされます。伝説を引き継ぐ、或いは新たな伝説を作る(記録を更新する)人物です。ご承知のように、既に上祐代表がおります。また、反上祐派と呼ばれる、上祐に対立するグループが存在しています。反上祐派のリーダーがどのような人物なのかは知りません。しかし、あれから11年が経過していますから、麻原に育てられたと(上祐本人が)言う如く、上祐に育てられた別の人物が台頭していても何ら不思議はない。

麻原の死刑が確定した事で、第二第三のネオリーダーが動き出しやしないかと懸念しているのですよ。表面的には「違法行為を行なったオウムとは違う」と主張して、名前も「アーレフ」と変えて活動している彼らですが、明らかにオウムを継ぐ者たちです。麻原が伝説になった事で、この死刑確定を契機として、地下に潜る彼らの動きに拍車がかかりはしないかと危惧します。

この間、NHKで?ちらとやっていました。「麻原の教義は素晴らしいもので、決して間違ったものではないと信じている」などと言っていました。確かにその遺伝子は生きておるのです。


そんなような考えに基づくと、麻原は老衰で死ぬまで未決囚であった方がよかったとも言えそうな気が、僕には致します。


オウムによって、確か27人の命が奪われたという事です。その何倍もの被害者が存在し、今も尚その後遺症によって苦しむ大勢の人たちがいます。なんと言っていいか、言葉が見つかりませんが・・・その方々にとっては、せめてもの・・・何がしかのいい報せである事には違いないでしょう。

もし神様が目の前に突然現れて「明日から誰にでも好きな男に生まれ変わらせてやろう」と言ってくれたとしても、オダギリジョーにだけはなりたくない。


オダギリジョーはいい男である。誰が見たって文句のつけようのない美形俳優だ。人気はもちろんの事、役者としての実力も兼ね備えていると評価が高い。だが、彼にだけはなりたくない。

あそこまで完成されていると彼を非難する人などいないとも思われ、向かうところ敵無しであるが、しかしそこにこそ彼のウイークポイントがあると考えるのだ。

オダギリジョーは俳優であるがそれはあくまでも仕事上でのことで、仕事を離れればひとりの男。当然彼にも私生活はある。彼の私生活など全く知らないけども、この、私生活における彼の生きにくさは凡人の比ではないと考えられるのだ。


オダギリジョーならこんなものは決して食べないだろうというものをもし彼が食べたとしたら、それを見た人はいったいどんな反応を示すだろう?オダギリジョーならそんな言葉は絶対に口にしないというまさにその言葉を耳にしたときの周囲の驚きはいかばかりか?きっとスポーツ万能と思われている彼がとほほだったら?不意に加齢臭なんてものに気づいてしまったら?彼のおならの音を聞いたとしたら?女性と二人きりの夜の行為において、いわゆる様々な「へたれ」もしあってそれが露見したら?

オダギリジョーに対して抱いていたイメージやその期待、願望が見事に崩れ去った時の、その落差はあまりにも大きい。彼がエクセレントなだけにそれは致命的なものになる。


「ふっ。顔だけジャン?」


一方、何の期待もしていない時に予想以上の何かがあると、人は大変に高く評価される。落差がプラスに働いたケースである。そういう時、人はたいがい恋に落ちる。かもしれない。「評判のワル」が年の離れた兄弟の面倒を見ていたとしたら母性本能をくすぐられるし、クラスで全く目立たない「もやしっ子」がギターの超絶テクニックを持っていたとしたらきっと胸はキュンとなる。

そっちの方がよかないか?


オダギリジョーならきっとこうだ、と世間の目は常に厳しい。何せオダギリジョーなんだから。オダギリジョーなら許せるだろうか?いや、違うね。そういう時、人はこう言うのだ。

「オダギリジョーのくせに!」

そうでない、逆の場合はたぶん、「まぁそんなもんじゃない?」


人生には色んな要素がある。人には得手不得手があるし、好きも嫌いも当然ある。できればニュートラルの方がよかろう。そうして誰にも負けない何かを持ちたいものだ。オダギリジョーのもつ「誰にも負けない」相対的に負けないのでなく絶対的に負けないからむしろ始末が悪いのだ。絶対者として君臨しているが為に、ともすれば、すべてにおいて完璧であるかのような錯覚に人を陥らせてしまう


勝ち続けるなんて事は出来ない。勝った時には喜び、負けた時には落ち込む。しかし、勝ったからといってそれで終わりではなく、負けても次は頑張ろうと決意して努力する。それが人生だ。勝ち続けることを当然と思われるのは、やはりプレッシャーがかかって大変なのだ。負けたときのバッシングもきつい。自分が何者であるかを出来うる限り自覚して、謙虚に、真摯に、そうしてたとえ「へたれ」であっても前向きに生きたいものだ。それが開き直りであってはならず、腐ることなく、またいい時に奢ることなく。


そういう理由でオダギリジョーにだけはなりたくない。


オダギリジョー氏を引き合いに出した事に、特別の意図はありません。絶対的なものとしてのたとえです。僕はオダギリ氏に関しては役者としての彼以外に何の知識も持ち合わせず、彼を否定的に見ているわけでもありません。むしろ評価しております。参考までに、スポーツ界に美形男子が多い事は、竹内久美子女史の著書「シンメトリーな男 」に記述があってなかなか興味深いです。オダギリジョーはスポーツをやらせても高いレベルにあると考えられます。


もしも明日生まれ変われるとするなら、僕はオダギリジョーになりたい。

第一に名前がいい。

のっけから「オダ」と、にごるところなんか力強いし、更に「ギリ」が来る。『切る』という字だ。名前に『切る』が入るなんて、なんて鋭くってたくましくって男っぽいんだろう。それもちゃんとにごって「オダギリ」だ。発音する時に「お」から始まって「だ」にアクセントをつけ、そうして鋭く「ぎ」「り」と降りてくる。ちゃんと苗字にお決まりの発音パターンがある。まずこのルールを外す人はいない。「おだ切り」などという切り方なんて存在しないが、それはあたかもひとつの必殺技にも聞こえるではないか。「オダギリです」と名乗られた時点で、相手は既に劣勢に回ってしまう思いに捉われる。

そして「ジョー」だ。「ジョー」と言えば、言わずと知れた『あしたのジョー』。日本におけるヒーローキャラクターとして知らぬものはない存在。真っ白な灰となって燃え尽きた矢吹丈は男性諸氏にとって永遠の憧れ。もちろん架空の人物とはいえ、勝利という栄光にわき目も振らず突き進んで文字通り完全燃焼し見るものを感動の坩堝に巻き込み、そうして、その一瞬の輝きを残してこの世を去って行った矢吹の姿はひとつの伝説となっている。「オダギリジョーです」と名乗られた時点で脳裏に矢吹丈が浮かぶ人の割合は決して低くないはずだ。完全無欠のヒーローを重ねる事はしないまでも、少なくとも別格な印象を抱く可能性は大いにある。

「はじめまして。オダギリジョーです。」と名乗った時点で彼にはそこはかとないオーラが漂い、一般市民とは違うフィールドからやってきたかのような特別な存在となるのだ。


もしもだ。アマノッチの本名が「オダギリジョー」だったとしたらどうだろう?

本人が「本当だってば!区役所に行ったらわかるって!アマノッチは芸名なんだからさぁ」などと悲痛に叫んでも、おそらく、誰もそれを認めないだろう。「ウソだね」と一蹴されるのがおちだ。アマノッチはやっぱりアマノッチでしかなく、「ひろゆき」というひらがな名前でないとしっくり来ない。ことほどさように、「俳優オダギリジョー」の名前は、「オダギリジョーを名乗る一人の俳優」にジャストフィットしている。


では、オダギリジョーはどんな男だろう。

オダギリジョーは俳優である。言うまでもなく一目でそれとわかる美形。数々の映画・ドラマ・CMに出演し、今やハリウッドにも進出した実力派人気俳優だ。

この期に及んでそれはないと思うが、彼が街角でもしもナンパをしたとすれば、果たして一日何百人の女性が骨抜きにされることか。

既に言葉はいらない。これと目をつけた女性ににっこり微笑むだけで、彼女はこくんとうなずくに違いない。あのルックスさえあれば、あとにも先にも何にもいらない。

そんなオダギリジョーとして一生を送れたら、それはどんなにか素晴らしいことだろう。一時期は同性愛者の噂もあった気がするが、あのルックスならオカマも黙ってないという、そういう事だと思う。つまり、老若男女を問わず、常に注目を浴び、うっとりとした視線を受け、その気になれば思いのまま。

セリフ覚えは大変かもしれないが、だってオダギリジョーだし、そのうち慣れるだろう。

もしも明日生まれ変われるとするなら、僕はオダギリジョーになりたい。




俺ってそんなに寂しいのか?

そろそろ秋風がそよぎはじめて、きっと今夜は人恋しいんだと思います。


※オダギリジョーが芸名なのか本名なのか、そんな事は知りませんのであしからず。

オダギリ

※この文章は連載物です。なるべく前のふたつ(下にリンクがあります)から順に閲覧する事をお勧めします。


健康診断を終えて家に帰り、仕事に出るにはまだ早いので部屋で僕はくつろいでいた。正直なところ、3時間ほどしか睡眠をとっていないから眠い。ベッドにごろんと横になって、ちとうとうとしかけたらばそれは突然やってきた。

「やばい!」

下剤が効いてきたのだった。

僕は慌ててトイレに駆け込んだ。家人(母や姉)から、バリウムを飲んだあとに半強制的に下剤で出す便は白いのが出ると聞いていた。聞いてはいたが、そんなものを確かめる余裕は全くなかった。まさに超特急でその「白い人たち」は駆けて行ったのだ。下腹部を襲う勢力にはすさまじいものがあり、僕はトイレに貼ってあるカレンダーを凝視するのが精一杯だった。

「ふう」

やれやれ。バリウムは聞いていたほどまずくはなかったが、あとの下痢には閉口した。これで、僕も胃がん検診とそれに伴うバリウム体験及びその後始末をひと通り味わったわけで、なかなか貴重な体験であったなと、感じ入った。


しかし、これが、これで終わりではなかった事を、僕は数時間後に思い知らされるのだ。


その日(木曜日)、素っ頓狂な勢いで「白い人たち」が通り過ぎたおかげで、普段夕方に訪れる便通を全く感じなかった。そうしてバリウム体験が一応過去のものになった次の日、金曜日の夕方に僕は顔色を変えることになる。


きのう出たから、「ひょっとして出ないかも?」などと思っていたが何やら不穏な動きがもやもやとある。少しは出たいんかな?と考えて僕は(行きつけのコンビニの)トイレに入った。

しばらくして、「あ、来てるジャン」と様子をうかがっていたら、それはいつもとはちょっと・・・いや明らかに違うものがやって来たのだ。

む?むむむ?むむむむ?



キターッ!



僕は普段から柔らかい方なのだが、それは全く違うのだ。

こ・・・これは?

そうだ。今、一日遅れで「白い人たち」が来たのだった。昨日の快速電車には乗ってなかったのだよ。

そうか!今日来たのか!

僕にとって、「そういう人たち」に出会うのはかなり久しぶりのことになる。あぁ、いつ以来だろう?「健康的な人たち」を迎えるのは!本当に久方ぶりに、「健康的な人たち」を迎える幸せが来たと僕は内心喜んだものだ。「健康的な人たち」を通過させるのは快感なんだよなぁ。


え?・・・あれ?

ちょっと様子がおかしい。

ただ単純に「健康的な人たち」と思っていたのに、これは・・・?

僕は狼狽した。こいつらただものではないのだ。やばい!

規格外だった。僕は巳年生まれだがヘビではないからスイカの丸呑みはできっこないし、その逆も不可能。通過するにはそのサイズってもんがあるだろう?やばい。

ちょっ・・・待って・・・これ・・・や、破れるッ!た、助けてぇ!

ちょっ・・・ほんとにやばいよ、これは!?


そんなでかいのは通らないって!絶対ムリだって!裂けちまうぅ!


いや、落ち着け。ここは落ち着くんだ。パニックになってはいかん。こういう時こそ、括約筋を活躍させて、何とか通過させねばならん。む、むむむむ・・・し、しかし・・・この「白い人たち」は今や「白い群集」となって出口に殺到していた。ちょっと待ちなさいよ!順序ってもんがあるでしょうよ!彼らはもう、お互いが完全に融合して「白い塊」と化している。バリウムパワーで強力に一致団結したそれは、もう群集を超えて「白い暴徒」だった。

ま、待てっちゅうに!


くっ。くっくっくっくぅ・・・・。

脂汗が額を覆い、右手で中空を、左手でズボンを押さえ、僕は懸命に括約筋に神経を集中させる。ふっふっふぅ・・・。

いかん。もう自力では脱出させられないかもしれない。な、何かないか?何かで彼らを突っついて分散させるしかないのではないか。それとも、ここは強力にパワーを集約して鎮圧させるか?いや、鎮圧なんかもし出来たところで、第二波がやってきたらこれより強力なものに、パワーアップする可能性がある。いかんいかん。どうにかするんだ。

うぅ・・・。助けを呼ぶか?呼ぶのか?呼んでどうする?

「すいませんが、僕のこの『白い暴徒』を、お尻に触れないようにして突っついてほぐして貰えませんか?」


いやいやいやいや。できん。それはできん。旅先での恥ならかきすてたってあるいはと思うが、今ここで呼んで、来てくれる誰かは何度も顔を合わせる地元の人たちではないか。俺は一生○○○男のレッテルを背負わねばならん。


くっそぉ!何とかせねば!

その時だった。

激しい波がどくんとやってきた。待ちきれなかった「暴徒」が、制止を振り切って一気になだれ込んだのだった。


あ・・・。


目の前がまさに真っ白に白んでいた。それは一陣の風がさぁっと吹き抜けたかのように、下半身で押し合いへし合いしていた「暴徒達」が一瞬で通り過ぎていった。

あとから考えてみても、いったいどうやって僕のあの部分を通過したのか理解できないのだが、そこには半端でないキングサイズの白い塊がいた。こ、これがバリウムの産物なのかとまじまじと見ると、改めてその恐怖に身が震えた。

「暴徒たち」を何とか無事に送り出すと、僕の身体全体から安堵のため息が洩れた。

死ぬかと思った。

少し血が滲んでいた。ピリッと、ちょっとだが裂けた。だがこの程度で済んで本当によかった。

僕は胸をなで下ろしてレバーを捻った。


「去れっ!くそがっ!」


胃がん検診未体験の方は、バリウムには充分ご注意下さい。普段から便秘気味の方には、「白い人たち」が通過するのをきちんと確認できるまでは(場合によって)下剤を重ねて使用する事をお勧めします。

でないと破れます。


参考記事:健康診断

参考記事:バリウムの白い恐怖~胃がん検診にて

注意書:後半においてはやや品性に欠ける描写がありますので、お食事中はもちろんの事、食前食後の方も覚悟してご閲覧下さい。その覚悟に自信のない方は閲覧をお控え下さい。


効能:胃がん検診未経験の方にはリスク回避として有用と考えられ、また経験者の方には「悲劇の追体験」による笑いを、または「自身の幸せを確認」する事が可能と考えられます。


胃がん検診は始めての経験だった。「バリウム」なるやたらにまずい物を口にせねばならない事を聞き知ってはいた。検診バスに案内されると、中学生かと見まがう幼い笑顔を湛えた看護士が待機していた。手にはコップの水と白いカプセル。それを飲めと言われ、咽喉の奥に押し込むようにして飲み下せと指示され、要領がわからないままごくん。「ゲップが出ますのでそれを我慢して下さい」と彼女はのたもうた。

うっぷ。飲んだ途端に僕はゲップする。我慢なんてできねぇ。続いて彼女は白い液体をたっぷりと僕に差し出した。

おぉ!これが例のやつか!バリウムだ!

僕はむしろゲップを抑えんが為に、その白い液体をひとおもいにぐいと口にする。

む?聞いていた味とは違うと感じた。・・・すごくまずいと聞いたはずだが?

いや、それはヨーグルトの味なのだ。うまいではないか!咽喉を鳴らさんばかりにぐいぐい飲み干すと、(心の中では「おかわり!」と叫びながら)コップを戻した。あまりにも体験者がバリウムを嫌がるから、さては味をつけたのだなと考えた。であるなら、すこぶる妙案。


言われた通りに、見上げるような器具の中に入るとナレーター(どこかから見ているらしい影の声)から指示が出た。両手でそのバーをつかむと、「はい!それでは始めま~す!」の声と同時に器具が動き出した。

お?お?こ、これは?

器具全体がガチャコ~ン、ういんういんと動き出し、それは大きく傾き始め、僕は完全にベッドに横になっている状況なのだよ。ナレーターの指示は、そこで寝返りを打てというものだった。むむ。よっこらしょ。よっこらしょだ。でも、な、なんか・・・楽しい!僕はもう、それはそれは、そこはまるで宇宙船のようなのだった。ベッドはその後もガタタタういんういんと再び傾き、廻り、なんだか子供に戻ったようで、気分はすっかり遊園地なのだ!

「はいバーをしっかり持ってそこでこらえて~」

言われた通りに楽しくやっていたら、再び寝返りを打てと来た。むむむ。うっぷ!

そこで僕はしこたまでかいゲップをしたのだが、「あ~しぼんじゃいましたね~。○○さ~ん!」と看護士が呼ばれ、僕はしゅお~んと最初の状態に戻されてまた白いカプセルを飲まされた。

ま、そういうわけで、もっと廻して欲しかったのだが、ほどなくすると「はい終わりで~す!お疲れ様でしたぁ」と擬似宇宙遊泳は終わってしまった。帰りしな、バリウムうまかったよ!と看護士ににっこり微笑むと、「そ、そうですかぁ。・・・そういう方も中にいらっしゃいますねぇ」と彼女は答えた。たぶん珍しかったのかもしらん。

「バリウムはお腹の中で固まりますんでぇ~この下剤を飲んで下さいねぇ~」

そういうと、彼女はあずき色のカプセルを僕に渡した。

「よく便秘とかされますかぁ?」

「いや。毎日下痢。」

「・・・あ、それじゃぁきっと大丈夫ですかねぇ~?」


その発泡剤を二度も飲まされたせいでまだうっぷうっぷしながらも、ひとまず胃がん検診は無事に終わった。なかなかにおもしろいものであった。


続きがありますが、長くなったので次回にします。


参考記事:健康診断

早実の斎藤祐樹君、彼の進路が気になっています。

親の意向もあり、いち早く大学進学を語っていた彼ですが、日米親善試合で自分がアメリカでもそこそこ通用する事がわかって揺れているようです。周囲からあれだけ騒がれれば心穏やかではないのは当然です。そして、プロ球団はみんなその動静をじっとうかがっております。


さて、彼がプロ志望届けを出すとどうなるか?

まず、高校生ドラフトで1位指名を苫小牧の田中に絞っていた球団はこぞって再検討するでしょう。実力は言うまでもなく、あれだけの人気があるのだから入団が叶えば入場者増に貢献する事は間違いない訳です。どこだって欲しい。

で、僕が希望するのは、やっぱり巨人への入団です。腐っても巨人。勝てなくっても巨人。いやらしい球団と散々言われてもやっぱり巨人ファンですから。何せ早稲田実業です。現在はホークスの監督ですが、巨人の顔とも言える偉大な先輩である王貞治氏の後輩です。巨人ファンとして、球団としての巨人軍として彼を欲しくないわけがない。実際、苫小牧の田中よりも、斎藤の方が巨人向けです。巨人はドラフトの方針として田中に決めているようですが、斎藤が出てくればたぶんひっくり返るはず。


だけどもここでちょっと考えてみる。

斎藤が大学進学をやめたとすれば、巨人は絶対に彼を獲りたい。是が非でも入団させたい。しかし、正攻法でドラフトにかかると競合になってその結果くじを引く事になります。そうなると、「巨人斎藤」の実現性は逆に低くなる。そこでです。巨人は一考を案じるのではないかと考えます。つまりこう考える。他球団に持っていかれない為にはドラフトにかけられてはむしろ困る。従って、斎藤は大学進学のままのがいいのです。そして、すんなり大学へ入ってもらいます。そうして早稲田を中退させるのだ。もちろん大学野球でも注目される事は間違いないけど、そこは肩に違和感があるとかなんか言い訳をしてできるだけ試合では投げないようにしてもらいます。で、もう投げられないとか言わせて「夢は破れた」と涙の一筋でも流させて、大学を中退させる。半年経ったら「メジャーに挑戦する!」と渡米させます。メジャーの3Aあたりに入って、で、そこから巨人へ引っ張ってくる。

どうだ?

彼には斎藤雅樹が樹立したプロ野球記録「11試合連続完投勝利」の更新を目標にしてもらいたい。そうして「平成の巨人斎藤」としてひとり立ちして、大阪桐蔭出身の辻内と台湾から獲ったジャンチェンミンとの3本柱で投手王国を復活させる。どうだ?


こういう、ノーマークの選手を秘密裡に動いてひょいと入団させて活躍させるという手法は、だいぶ前に西武ライオンズが何度かやってるような記憶があります。メガネをかけてた渡辺投手がそうだったんではないかな?斎藤が注目されてなければ、ただの大学生。早く注目されている状態から抜けさせて、そうして引っこ抜く。どうでしょう?


大人ってキタナイね。

って江川卓氏が笑ってる?



町がやってくれる健康診断がありまして、木曜日に行ってきた。何年か前にも案内が来ていて、「よっしゃ!ただならそりゃ行っといた方がよかんべ?」と勇んで出かけたらば、

「あなたにはまだ疾病リスクが低いと考えられ、“レントゲンだけ受けとけや”

という趣旨の元、がっかりしてそれを1枚撮ってもらって終わった。当然何の異常もなし。去年は「またレントゲンだけじゃないの?」と思いつつ説明を読んだら色々書いてあって検査も多く、今度は面倒に思っているうちに日程が終わってしまった。

今年こそはと心身ともにまじめに受ける気満々となり、行ってきたわけだ。そういう歳になった証でもある。


採尿。じょろじょろとコップに。結果は後日。

血圧。意外と低いなどと言われる。数値忘却。

身長及び腹の外径を採寸。腹を引っ込めていたらば「手を後ろに組んで肩の力を抜いて」と言われ、それに従ったらだぶんと(腹は)落ちた。ちっ。

採血。僕は既献血回数が57回の男で、これは得意だ。血管も太くておおむね喜ばれる。

心電図測定。なんか腹の周りに薬をちょちょいと塗られるけども、これが脇腹の辺りなのでやや「あふんっ」とのけぞる。

医師に診察を受ける。何の事はナイ。心臓の音を「どくんどくん」と聞かれてのどを「あ~」って見られて終わり。

内臓脂肪の測定。メタボリック症候群の予防?とやらで、今年から加わったものらしい。なんか器具を腹にあてて、モニターを見ながらやられる。「息を吸って~え~え~はいしっかり止めましょ~」を何度も何度も繰り返し、右になったり左にされたり。ここはベッドの上で上半身を脱いでやるから全体に暗い場所で行なわれた。カーテンの奥で行なわれているそれを、待っている人たちはベンチにずらりと並んで座って待つのだ。検査技師の人たちはくぐもった声でいくぶんささやき加減だから、なんか隠微な雰囲気を醸し出していた。「結構脂肪がついてるでしょ~?」とメガネの青年に聞いたらば、「いや、そんなでもないですよ~。結構筋肉質ですよ~」と言うので、すこぶる嬉しかったけどたぶんお世辞だろうな。

レントゲン撮影。特記なし。

胃がん検診。これについては長くなるので次回に譲る。


以上で終わった。


色んな検査を受けながら僕は考えていた。パニック障害とかPTSDとか、現代人を襲う病には今や耳慣れないものも増えている。中でも今挙げたようなものは、患者本人にしか理解しにくいし、或いは本人でさえよくわからないものもある。乱暴な言い方だが、周囲からすれば「要は気の持ちようじゃないの?」的な病。それなら、何故毛髪に関する診断、いわゆるヘアチェックなんかも健康診断に取り入れてもらえないのだろうか?ストレスは現代人にとってなかなかに厄介な代物で、そのせいで仕事の能率が落ちたり、生きる事に疲れたりするのだよ。頭皮診断もして欲しい。例えば歯科診療。前歯の治療をする時に、すんげぇ綺麗な歯を入れたら当然保険証ではまかなえない。え~と、インプラントとか言ったかな?何十万もかかるやつ。範囲を超えるとかいう理由だ。従ってもっと安い素材を使えば保険証でまかなう事が出来る。よくよく見たら、「どうやらあなたは差し歯ですね?」(本人の前では黙ってるけどさ)という代物。実は僕はそういう素材を使ってます。これは・・・高校の時に事故で欠損してしまったんで。

何を言いたいかというと、歯科診療のように、安い素材ならば保険証が使えますみたいなやり方を毛髪に関してもやってもらえないかという切なる要望なわけです。僕が一生を全うする間は、どうあがいてもムリだろうな。「でもいつかそうなったらな」などと考えます。


今度、胃がん検診についてやります。


今季本拠地初登板も 精彩欠いた楽天岩隈  岩隈の今季の本拠地初登板は、6回途中まで6失点と精彩を欠いた。3回は8番の相川に本塁打を浴びた後、四球から崩れてさらに2失点。初登板となった前回(8月29日)と同様、直球は140キロ台半ばを記録したが、制球に苦しんだ。 打線の奮起で黒星こそ逃れたが、納得がいかない様子で「反省は四球と下位打線に打たれたこと。途中から腕が振れてきたが、そのあたりから打たれてしまった」と悔しさをにじませた。(フルスタ宮城)(了)

以上スポーツニュースより。


このニュースは9月5日火曜日、本拠地フルキャストスタジアムでの対オリックス17回戦についてのものです。

今日現在の岩隈の成績。2試合に登板して投球回数が11回と3分の1。14本(うち本塁打2本)の安打を許し、与四球が7で自責点は8(失点は9)。奪三振は5個。0勝0敗で防御率が6.35です。

はっきり言って、一軍で投げる投手の成績ではない。実績があるからこそ9月まで2軍での調整が許され、そうして満を持して登板したはずがこの有様です。どこぞの巨人にいる桑田あたりとそうかわらない。桑田の場合はもう登板機会さえなさそうですが。

岩隈は球団合併の時にもめにもめて、ややエネルギーを使い果たしたというかケチがついたというか、評価を下げた気がします。僕としては、納得はもちろんいかないだろうけど、請われているだけまだましと開き直って、一選手としてやればいいのにという思いはありました。けれども本人としては、ひょっとして肩の状態を自分で多少は怪しんでいたのかも知らんなぁと感じます。「期待されるだけの成績はちょっとムリっぽい」と。


コメントにあります。途中から腕が振れてきたと。普通はそうなれば調子が上がって打たれなくなるものです。しかしそこから打たれたと。逆に言うと、腕が振れる前は、相手打者が「いい時の岩隈のイメージでバットを振っていて、打ち損じた」ということで、腕が振れてきた辺りからは「岩隈の球は全く来てネェぞ」ということで、本人が「振れてきた」と思っているのにも関わらず、打者は「何じゃコリャ?ちょろいな」とバカスカ打ち出したわけです。つまり全く相手打者に対して通用していない事がわかります。だって下位打線だし。

果たして次回の登板があるのかないのか?9月まで引っ張って、つまり出て来られずにやっと出てきてこの打たれようではあやしいですね。ま、もう一回は登板させるでしょうけど、岩隈の球は本当にもう来ないのか?あの、びゅんと風切る直球とわかっているのに打てなかったあの球が復活するのかどうか?


このまま一軍のお立ち台に二度と彼が立てないような事態にはなって欲しくないです。詳しい事はわからんけど、本当の復活劇を僕は見たいですね。期待しつつも心配だ。

高校生の選抜チームがアメリカで頑張っているようです。相手はメジャーリーガーのタマゴという事で腕試しに不足はなく、観光なども楽しみながらはりきってる。毎年こうやって代表チームを編成して試合をやる事は慣例になってるから、過去にも松井(現ヤンキース)や桑田(まだ一応巨人)がプレイしている若かりし頃の映像など流れてた。今が一番楽しいのだろうなという事は見ていてわかります。

けれども、僕はここで思うのだ。早実の斎藤にしろ苫小牧の田中にしろ、この夏は消耗してるだろ?と。肩は大丈夫なのか?と。第一線で活躍している時には世間の注目を一斉に浴びて輝かしい彼らも、一度ケガをしてプレイできなくなるとそれこそ悲惨です。特にこの夏の二人に関しては、本当に体の心配をしてしまう。別に彼らの人生だし、僕はちっとも痛くないし、知ったことではないかもしれない。だけど、プロで長く活躍する彼らの姿を僕は見たいから、くれぐれもほどほどにしておいてもらいたい。


かつて一世を風靡したすごい投手が肩を壊してマスコミから姿を消した例はたくさんある。僕の記憶をちょっと辿るだけでも、元中日の与田剛、ヤクルトでばりばり働いて今は中日に籍をおく川崎、もう既に引退した元ヤクルトの伊藤智仁。あの、横浜からマリナーズと栄光を渡り歩いた大魔人、佐々木主浩も肩をおかしくしてから引退を早めた。桑田も肩にメスを入れてからは直球がへろへろになって勝てなくなった。消耗品と言われる、肩が商売道具である投手にはそれが宿命かもしれない。でも、だからこそいたわって長く大事に使って欲しい。200勝を達成した工藤公康あたりは投手としてのいいお手本と言えるのではなかろうか。随分もたせた方だろう。

そこへ行くと巨人の上原はクレバーだ。もともと陸上選手だったと聞いた記憶があるが、大学から野球を始めて、しかも最初は外野手だったそうで、肩が強いというんで投手をやってみたらすごかった。巨人のルーキーイヤーにバリバリ勝って沢村賞まで届いて、一躍中心選手となり、でも2年目以降他球団から研究されてそれほど勝てなくなると、彼はあまり無理をしなくなった。先発投手の責任として試合をきっちり作り、そして7回を目途に後ろの投手にバトンを渡す。こういうスタイルだと、例えば槙原のように完全試合は出来ないし、斎藤のような11連続完投勝利はムリ。そういった記録は作れないだろう。けれども、彼は巨人の中心選手として押しも押されもせぬ(今年は不調だけど)大黒柱だ。


昔、竹村健一氏の著作で「いいかげんのすすめ」というのを読んだ。細かい部分はもう忘れたけど、いい意味でいいかげんにやりなさいという人生の処世訓を書いた本だった。トヨタというメーカーは80%の車を作るんだそうだ。ホンダは120%を目標にして最高の車を作ろうとするが、そういうやり方はメーカーとしては失敗するんだそうだ。トヨタはそこそこ走ってそこそこかっこよくて、そこそこの値段に落ち着かせる事のできる8割満足の車を作るんだそうで、なるほどなと思う。

人の生き方というのも、ここというときには「もう死んでもいい」というほどの頑張りが必要かもしれないけども、生身の肉体に常時100%フルのエネルギー発揮を求めるのは酷に違いなく、上手に手を抜く事が必要なのだ。


投手が先発して完投するにはツボを押さえた投球が不可欠で、抑えるのは「ここぞ!」という要所であるらしい。試合の中の流れをうまくつかんで、適当に手を抜く技術が身に付くと、完投してもそれほど疲れないんだとか。

僕が今心配しているのは楽天の岩隈。このまま勝てずに終わってしまうというのはあまりにかわいそ過ぎる。頑張って欲しいのはやまやまだが、いい選手には、より長くその勇姿をみせてもらいたいものだ。

みなさんお大事に。

コンビニのレジでお金を払う時、ディスプレイに松浦亜弥がいた。スケバン刑事の告知で、確か映画だったと思うが。スケバン刑事といえば、僕なんかにはなつかしく思い出されるテレビシリーズで、いうまでもなく斎藤由貴、南野陽子、浅香唯の3人だ。コンビニの兄ちゃんに「昔テレビでやってたシリーズは知ってる?」と聞くと、「あぁ、子供の頃に見ましたねぇ」と答えが返ってきた。子供の頃だそうだ。3人の名前を挙げると、「・・・あぁ!南野陽子!」と吐息でネットに反応。

「でも小さかったから・・・ほとんど覚えてないですネェ」

ちぇっ。なんだよ。おまんら許さんぜよ。

どういうわけか斎藤由貴のシリーズは完全に見逃しているけど、あとのふたつはきっちり見た。たぶんベストテンとかアイドルの全盛時代だったと思うし、テレビに出てるだけで満足していたんだと思う。なんで女子高生が?とか何故に鉄仮面?とかそのような細部には全く拘泥せずに見た。楽しかった。


考えてみると、自分が歳をとったんだなという事をひしひしと感じさせられるのが、このリメイクというやつだ。何かの雑誌にあったが、カラオケで「チューチュートレイン」と言えば「ズー」ではなくって「エグザイル(だったか?)」だそうで、それはやや哀しい。松浦亜弥は森高千里のナンバーをいくつか歌ってるはずだし、歌の世界のリバイバルは枚挙に暇がない。


いつかお店のお客さんとウタダヒカルの話になり、そのお客さんは母親が藤圭子だということを知らないばかりか、藤圭子を認識しなかった。僕だって、藤圭子については「夢は夜ひらく」を口づさめる程度にしか知らないけど、うちは佐世保に近いせいか元の夫が前川清であったことも知っている。もちろんウタダヒカルは前川清の子ではない。前川清と藤圭子が結婚式を挙げた教会は、今でもちゃんと佐世保にあるけど、だからなんなんだ?と。歳が知れるだけだよね。ちなみに、ウタダの夫であるキリヤ氏は実業家の御曹司だそうだが、事業のひとつにパチンコ店経営があるそうで、「ワンダーランド」はそこの系列らしい。これは、逆にお客さんから聞いたんだが。このワンダーランドという店は自殺者が出るという事をよく聞く。ま、それはここに限らないと思うが。この店がうちの近くに出店するらしいと噂が流れ、既存の店はこりゃ大変だろうねと話してた。しかし、実際は許可が下りなかったのか地元の猛反対にあったのか実現しなかった。かわりに「まるみつ」が出来ました。パチンコ店が増えたのには違いない。他にも、この通りには葬祭場が出来、コンビニが移転オープンし、現在県北を中心に他店舗展開している大型スーパーが進出する。併設される衣料の「しまむら」の看板まで出来てます。

横に逸れた。


今度、長澤まさみの主演で「セーラー服と機関銃」をやるそうで、これも、薬師丸ひろこのリメイク。僕はそれほどファンではなくて、「おおむね曇り空が続きますが、ところによっては晴れ間も見えるでしょう」程度だった。やっぱりワインレッドと離婚してからの方が魅力的な人になった。同級生に熱烈な薬師丸ファンがいて、映画館に日曜の朝から座り(しかもひとりで)一日中見ていたそうだ。昔は、というか地方は客の入れ替えなんかしないから、一度入ったら出ない限りは何回でも観てよい。「何回見たのか忘れた。たぶん5回か6回観た」と自慢していた。オタクのはしりかもしれない。僕はただ呆れたのを覚えている。


リメイクでよかったのは、少し前にテレビシリーズでやった竹野内主演の「人間の証明」だ。僕自身、松田優作主演の映画はまだ小さかったせいもあって、「お母さん、僕の麦わら帽子どうしたんでしょうね」というセリフだけが耳に残り、いったいどんな話なのか知らなかったのだ。はは~ん、そういうお話だったんかと、結構楽しんだ。夏川結依がよかったね。でも、彼女は今やってる阿部寛主演の「結婚できない男」がはまり役だな。あの微妙な表情はおかしくって仕方がない。


ま、なんにせよ、最初に既に見ている人にとって、リメイクはやんわり哀しさ込み上げる。


南野陽子