地球温暖化をテーマにした「不都合な真実 」という米映画があるそうで、これは日本でいつ上映されるのかまたはされないのか僕は知らない。

「由々しき問題なんだよ?」とその重要性を説かれれば、「あぁ、確かに」と誰でも考える。コンビニで貰うビニール袋も、それが何万枚も重なったら大変なゴミになるし、家での食事なら割り箸やストローは「いりません」とひと言いうだけでゴミ減らしに役立つ。燃えるゴミと燃えないゴミの分別は相当に大変でうるさい作業だが、これも地球の温暖化やダイオキシン対策と思えば面倒だと嫌ってもいられない。


もし、このまま地球の温暖化がぐんぐん進んだとしたら?

地球規模で考える頭はないので、日本の「四季」が「三季」になると考えてみる。

秋の後半がやや寒く、春の前半がやっぱり少し寒いのだ。だが、雪なんて北海道だけの限定的なものになり、それ以外の地域の住民にとっては全く縁のないものになる。この冬は関東に雪がまだ降っていないらしく、雪なしになりそうな気配だそうだ。

レジャーにおけるスキー人口も大幅に減り、今で言えば例えば乗馬をやる人と同じ位のごく限られた人たちの贅沢な遊びとなる。

冬季オリンピックの日本の成績は惨憺たるもの(既に、トリノでのメダルは荒川静香だけだった)で、競技人口が年々減ってしまって不参加を余儀なくされる競技が続出する。

衣料業界では毛皮を扱うアパレルメーカーが激減し、金持ちは別だが、芸能、モデル関係の一部の人たちだけが所有する(需要が下がるから値も上がり)稀少品となる。ダウンジャケットやブーツなんて全く流行らないし必要もない。寒くないから。

家庭における「こたつ」は火鉢や練炭あたりと同様、過去の遺物となる。子供たちは「かまくら」という言葉は知名の「鎌倉」以外には見当もつかず、雪合戦や雪だるまは教科書に載る写真でしか知らない。

このように、「日本には昔四つの季節があって、それを『四季』と呼んだ」なんて事を大人たちが教える時代が来るかもしれない。うつろいゆくのはやっぱり四季で、「うつろう三季」なんて言われたって、迷子のジェット機が三機いるみたいな感じを受ける。間が抜ける。

寒くないという状況は、逆に夏が滅茶苦茶に暑いという事でもある。夏が稼ぎ時の商売はうはうはとなるが、事実、暑さで職場の生産性は低下し、毎晩が熱帯夜の為に睡眠は不規則になり、エアコンをがんがん稼動させてエネルギーはしこたま消費され、エコ運動なんてまさに焼け石に水状態だ。


「小さな事からこつこつと」、一人一人が少しづつでも温暖化ストップに向けた取り組みをせにゃならんのだなとは思う。

思うけれども、例えば毎日きちんと風呂に入らないと「頭が痒くなる」し「身体が臭う」し「人は嫌がる」しで、「このまま『不潔放置を続ける』ととんでもない事になる」と言われれば進んで風呂に入るだろう。第一風呂に入れば精神衛生上よろしいわけで、目に見えてさっぱりと清潔になった事が一目瞭然だ。自分自身気持ちがよい

だが、温暖化に対する取り組みは手間がかかる上、やった事が果たしてどれほどの効果があるのか全く目に見えない。更に、せっせとそういう取り組みをする横で車のエンジンをかけたままコンビニに入る客を見たり、目前の店のゴミ箱に家庭ゴミを大量に見つけたりしたらゲンナリするというものだ。そうすると、何で自分だけがこんな風に懸命にしこしこやらにゃならんの?という事で、こつこつエコロジーにも嫌気が差すのだ。


日本は「空前の好景気という名の格差社会」に陥っており、政府や自治体は借金まみれなんだが、ここはひとつやっぱり「金でも出すしかなかんべ?」と考える。例えば、自販機横に設置してある装置に空き缶を投入すれば、何本以上とかで景品が出るだの、そういうエコ自販機が存在すると聞く。うちで購読している新聞は販売店が月に一度、「古紙回収」と言ってまとめて持っていってくれるが、一時期よりも古紙の値段が上がっているのやもしれん。顧客サービスの一環であると同時に、何がしかの金になるんじゃないだろうか?だから一般人でもゴミを金に換える手段があれば、それももっと高くだが、協力するだろうし無駄にはしないんではと思うのだが。


まぁ、めんどくさがったり金を求めたりする時点で「まじめにやれ!」と怒られそうだが。

プロ野球のキャンプはぼちぼち佳境というか、今どの辺りだろう?僕はだいたいキャンプや自主トレの間は取り立てて気にしていない。凄い球を投げるとか柵越えが何本とかおおむね新戦力に関していい評価が聞かれるが、そんなものはド素人じゃあるまいし出来て当たり前。それなりにいいと評価されたから入団してそこにいるのだ。

評価できるのは、最低でもオープン戦が始まってからで、この実戦で結果を残せなければ意味はない。そうして、本当に公式戦が始まってそこで活躍できてなんぼであって、それが数試合続いて初めて本当の評価が決まる。


今年のシーズンで注目を集める選手は実にたくさんいる。

まず移籍組では、横浜の工藤仁志。古巣に復帰したソフトバンクの小久保。そこから巨人に来た吉武投手。巨人にFA入りした元横浜の門倉や元オリックスの。ガッツ小笠原。あとは・・・まぁおいおい名前も出るかと。

そして、メジャー入りした選手がやはり凄い。ヤンキース井川レッドソックスの松坂岡島デビルレイズの岩村。パイレーツマイナー契約の桑田もいちおういる。忘れて欲しくないのはデビルレイズのマイナーから再出発する元西武の森投手だ。1年前に、彼はメジャー入りの念願叶って張り切っていたのに、確かオープン戦で肩を痛めてそれっきり1年を棒に振った。果たしてどこまで這いあがれるのか?情報はそんなに多くは入らないが、脚光を浴びる活躍をしてほしいなと密かに思っている。

ロッキーズの松井カズオにも奮起して欲しい。


中でも、毎日お客さんを集めているのはやはり楽天入りした田中将大だろう。あの甲子園を熱くさせた、早大入りした斎藤祐樹との名勝負。プロでどの程度通用するのか?

前述したように、新戦力は実戦を見てみないとなんとも言えないが、この楽天・田中の場合はそれなりに期待できるのではないだろうか?何しろ、負けたらそこで終わってしまう甲子園で、ほぼ連投の厳しい条件で「実戦を戦い抜いた経験値の高さ」が既にあるからだ。名将・野村監督も唸ったスライダー。闘志を前面に出す闘魂スタイル。以前僕自身が書いたように 、貪欲に上を目指しながらも決して失わない謙虚な姿勢。弱小球団を牽引して、球界を引っ掻き回すだけの力は充分期待できそうだ。既に交流戦があるからセリーグのチームとも戦うわけで、がぜん盛り上がるだろう。


ここで、彼の今の気持ちを考えてみた。

キャンプ地に行けば、観客のお目当てはほぼ「田中将大」一色で、その一挙手一投足に多くの視線が注がれている。ただ、本人は「平常心」を相当に意識しているのではないかと考える。誰からも「スゴイ!」「速い!」「かっこいい!」「可愛い!」などと騒がれて悪い気はしないだろう。「俺ってそんなにスゴイ?」なんていう気持ちにもなる。キャンプはめちゃくちゃ楽しいだろうし、幸せ感じている事と思う。だが、彼は「実戦で結果を残してなんぼだ」という事もちゃんとわかっている。心の中では、「この球で空振りを取れるかな?」という不安と闘っているはずだ。打線の強いチームに入りたい気持ちを敢えて封印して、「むしろやりがいがあります」と楽天入りの際に言い切った彼だから、投手がきっちり試合を作らねばという責任を感じているだろう。だから、周りが褒めれば褒めるほど、「これで通用するんだろうか?」「このフォームで1年間問題ないだろうか?」と自問自答しているに違いない。何しろ、これだけ騒がれて期待の大きな選手だ。もし、開幕して3試合続けてノックアウトなんてことになったらその落胆は計り知れず、周囲も本人も相当につらくなる。だからこそ、今、やるべきことを全部やって、何の問題も見つからないベストの状態で開幕を迎えて欲しいところだ。


既に、怪我で離脱した選手が複数いると聞く。

巨人では上原、二岡あたり。ソフトバンクの小久保は古傷をやったし、ヤクルトの・・・入籍を?婚約を?発表したばかりの松元だったかな?彼はボールに転がって捻挫したそうだ。これが一番痛い。チームも本人も球団もみんな痛い。本当にこれだけは知りたくない、聞きたくない情報だ。


野村監督ばかりがクローズアップされているからよくわからないが、それなりにスタッフは揃っているのだろうし、ゴールデンルーキー田中には万全の状態で開幕を迎えて欲しいなと思う。これで、肩痛で1年の大半をリハビリ選手として過ごした岩隈が復活して、散々痛い目に遭って苦杯をなめた一場が大きく飛躍して、この田中将大との3本柱が確立されれば楽天は調子に乗る。弱小チームをルーキーがぐいぐい引っ張るなんて、マンガでしかあり得ないような話が現実になればこれほど痛快な事はない。


田中よ!

時には恍惚としていい。

内に不安も抱えてていい。

だが、怪我だけはするな!

そのポテンシャルが遺憾なく発揮されれば、道は必ず開けるはずだ。

オープン戦の開幕はロッテ戦だそうで、あの八重山商工からどうにか入団した 大嶺との対決も実現する可能性がある。これから何度も対戦する事になるはずの二人だが、若い彼らの躍動する姿はおやじに大いなる夢を与えてくれる。

とにかく期待している。



田中全力

倉本總脚本作品である「拝啓、父上様」を毎週見ている。

ドラマを見始めた頃は、花街とか料亭とか、僕には馴染みのない場所が設定されており、そのようなドラマを見た経験もないことから「ピンと来ない」面が少しあった。なんだろうなと、「おもしろいのかおもしろくないのかわからん」と思いながら見ていたが、どうしてどうして、じわじわとはまってしまった。第1話から「料亭坂下」を長年支えてきた「政界のドンたる人物が亡くなる」という話や「坂下を売りに出すの出さないの」の話だったせいもあってややシンプルさに欠け、とっつきにくかった。だがそのうち人物たちのキャラクターに馴染み、また一平(二宮和成)の下にトキオが入ってきたあたりから活気が出てきておもしろくなってきた。また、役者がみなうまい事もその理由のひとつだと感じる。倉本脚本はうまい役者たちのその演技を巧みに生かしており、まるで現実の世界としか思えない世界を作り上げている。“いちげんさんお断り”だから中には入れないが、神楽坂に行って「坂下」の表玄関だけでも見たくなる。


中でも、主人公の二宮和成が抜群にいい。

これまでは「ジャニーズのガキ」としか認識していなかったのだが、それももう23歳の立派な青年になっている。倉本作品は「やさしい時間を」というドラマから引き続きの起用だそうで、これは見ていないが、どうやら倉本に惚れ込まれてもいるようだ。プロフィールを見ていて思い出したが、かなり前に「青の炎」という邦画作品に出ている。これも見ていないけども、テレビで流れていた作品の番宣における彼の瞳には何やら「思いのたけ」のようなものがこもっており、ちょっとだけ興味が湧きはした。


板前の修業中である彼の、仕事に対する時の顔はなかなか引き締まっており、無駄な動きのない、職人の厳しい表情だ。また、トキオに対する時は「こんなんでつとまるのかよ?」的我関せず風の「自己責任だぞ」と言いたげな突き放した態度の先輩の顔。そして、「坂下のおじょうさん」であるエリ(福田沙紀)に対する時は、一歩距離を置きつつも妹を見る兄的視線でもって気を遣う好青年になる。そのくせ23歳という年齢が持つ、女性に対する性的欲求を喚起させるケースに出くわすと、クラゲみたいな腑抜けな間抜け顔をほにゃほにゃと見せる。「厳しい顔」と「先輩顔」と「妹を思う顔」と「スケベ顔」。見事にそれを自然にやっている。

見ていて気づいたが、この作品ではセリフがない場面も結構ある。会話は交わさず、当事者の表情だけで気持ちを表わすのだ。目が合った瞬間に視線を落とすとか、顔を上げてからまたうつむくとかだ。身体のしぐさの時もある。それでも、人々の内面にある微妙な『綾』がそこで表現されている。さすが倉本總。演出の部分もあるだろうが、とても味わい深い。


ちょうど、同じ木曜日の9時からはTBSでご存知「渡る世間は鬼ばかり」が放送中だが、この作品はセリフに重きが置かれている。有名な橋田壽賀子の長セリフ。

お店では母が好んでこの「渡鬼」にチャンネルを合わせており、僕は別に気にしないが、仕込みをやっている時に耳だけ傾けているケースがある。はっきり言って、音だけでも充分スト―リーは把握できるし、実にラジオ的だなと感じる。

橋田作品とうってかわって、「拝啓」では必ずしもセリフが存在しないシーンが多々あり、ちゃんと見ていないとその魅力は半減するだろう。1時間の枠にきっちり収められた、上質なエンタテイメント的要素をそこに感じるのだ。役者の一瞬の表情も見逃すべきではないと思う。


主役が女優というケースの方が多いせいもあり、役者の中で目が離せない男性俳優というのは稀だと思う。女優に比べて俳優の場合は、重要ではあってもあくまでも女優の引き立て役がほとんど。

最近の作品では、「功名が辻」も「女王の教室」も「けものみち」も「ハケンの品格」も「瑠璃の島」も「1リットルの涙」も単発の「氷点」も。「相棒」を除けばみんな主役は女優。そうでないのは「東京タワー」と「Dr.コトー」くらいだ。けれども珍しく、見ていたい俳優が出たなと思う。

彼は「硫黄島の手紙」でかなり評価されていると聞くし、僕自身の目で見て、本当に魅力的な存在。今後の展開が楽しみだ。

写真は、黒木メイサがリンゴを落とした場所だそうです。





メイサりんご落とした



回を重ねるごとに貞子(成海璃子)の存在感がいや増す。


今回はダメ男を考えてみた。

ひまわり(天海祐希)が「アタシって・・・どうしてこんな男に惚れちゃうんだろ」と自分で嘆く相手、ヒトシ(原田泰造)だ。

僕は見ていないが、藤原紀香が出ていたテレビ朝日の「だめんずウォーカー」も、文字通り「だめんず」を描いたドラマだったようだ。一定数のダメ男が近頃はいるようで。

僕自身はどうかというと、まぁほっといてちょーだい。


ドラマを見ていると、本当になんでこんな男に惚れるんだかひまわりのバカさ加減にも少々呆れ気味ではある。ダメな男を見ていると、「私がついてあげなくっちゃこの人はもっとダメになる」などと考える女もまた一定数いるのだとか聞く。

どんな男性が好みかと聞かれて「頼りがいのある人」と答える女性もまたかなりの一定数いて、これはつまり逆の現象なのだが、きっとひと頃よりも「女性が力をつけている事の表れ」だろうなと考える。だから、「頼れる人」を探しても(自分よりも優位に立つ男が)周りにはそんなにはいなくって、いたとしてもたいていは他の女が既に「頼ってしまっている」状態だからだ。先客がいた。つまりもう人のもの。それを奪うというのもかなり大変。奪うためには、「かの女」よりも優れたものを示してなびかせねばならず、優れた点が見当たらない場合は他をあたるしかなくなる。で、妥協した事を人には悟られたくないし、自分がダメ男を選択した確固たる理由探しをし始める。そこで出るのが前述の「私がついてあげなくっちゃ・・・」だ。


しかしながら、「かの女」よりも劣る自分を自覚している女にとって、そんな自分にでも「優しくしてくれる」「認めてくれる」男というのは、やはりかけがえのない存在だと考え始めるのにそれほど時間はかからない。そこに情が生まれ、もはやダメ男から逃れられなくなるという構図ではなかろうか。

生物学的な考え方なら、ダメ男の遺伝子を残す事にそれほど意味はないと思えるが、遺伝子の優劣を別にすれば「大切な配偶者の大切な遺伝子だという」思いが強ければ強いほど、子育てに向かう女性のモチベーションはむしろ高くなるとは言える。人間が一人前になるにはおおむね20年という歳月が必要で、やはりその長い時間を大事に育てる為には配偶者とその子供に対する無償の愛情が不可欠。もともとの遺伝子がたいした事なくても、育て方によっては立派な人格を形成できなくもなく、とすれば、ダメ男の遺伝子も捨てたもんではないことになる。


そのくせ、いい男の遺伝子を残したからといって、子供は産んで終わりではなく、その両親は協調と協力のナイスな関係が維持される必要があるのだ。そう。いい男にもリスクがある。いい男は浮気に走るリスクが高い。とすれば、やはりダメ男だって、お互いが「唯一無二」の存在として長く機能しているなら充分存在価値があるのだ。












あれ?

ヒトシってダメ男のくせに浮気するんだった。

男と女は難しい。

基本的にコーヒーは好きなんだが近頃はあまり飲んでなかった。母が気を利かして買ってきてくれるものが(大きな声では言えないが)うまくなくって、だからといって捨てるわけにもいかないし、それで飲む頻度が落ちたせい。ちびちびといやいやながら飲んでいたものもやっと残り少なくなり、そんな時に「ブルックス」なるコーヒーのチラシを発見したのだ。


前から新聞広告あたりで目にしてはいたが、その時には間に合っていてそれで終わっていたのが、この度ようやく購入する機会を得たことになる。


チラシをしげしげと眺めていたら、何やら一度の注文は結構量が多く、まずかったら悲惨だから「こんなにはいらないなぁ」なんて考えていたら『お試しパック』の文字を見つけた。そのお試しでさえ「15パック入りの1袋×6袋入り」だそうで、90杯分にもなる。だがそれで1980円(税込み)で更に送料無料なのだ。

こ、これは随分安いんじゃな~い?


早速注文。


で、届いたのがこれ。


コーヒー


最初に飲んだのは「モカ」。

思いっきり苦かった。こんなに苦い銘柄だったっけ?喫茶店でモカを飲んだ経験があるが、ここまで苦くはなかった。こりゃ牛乳を入れてカフェオレにせんと飲めんぞ。

次に飲んだ「グァテマラ」。

すこぶるうまい。これはオレに合ってるみたい。ほどよい味だ。

他にも種類があるんで、それは日々、明日のお楽しみということで。だいたい一日に1杯飲んだら満足。

金はまだ払ってないが。

お笑いテレビタレントとしてもう全国的に顔を知られ、レギュラーを何本も持って超多忙なこの二人。正直に言えば上田はまだいいが僕個人として有田はそんなに好きではない。やかましいだけのバラエティ番組なら有田は必要な人材だろうが、コンビなんだから仕方がないが少々うるさい。


それはそれとして。

僕はこの「くりーむしちゅー」に改名する前の「海砂利水魚」という名前が好きだった。まだ売れっ子になる前にタモリの「ボキャブラ天国」では常連だったが、ブレイクするかと思いきや、爆笑問題だけがその秀逸なネタで他を圧倒してのし上がった。この二人のネタは、本当に完成度の高さにしろ引き出しの深さにしろ他を寄せ付けない強さがあり、ダントツでのし上がって行ったのもうなずける。この番組で記憶にあるのはパイレーツが「だっちゅうの」で流行語大賞を取るまでに弾け、だがそれで終わり、むしろこれを機会に仕事をちょこまか取っていた「アリtoキリギリス」の石井正則(今や立派な役者)にしぶとい印象を持つ。


ここでそこそこ名前を売っていた「バカルディ」と「海砂利水魚」がウッチャンナンチャンの「気分は上々?」の番組内で改名をかけた勝負をする企画があり、これを何度もネタに使って名前を売った。ウンナンが後押しした感が強いが、今やこの二組はウンナンを超えた感があって、業界の熾烈さが伺えるという皮肉。くりーむしちゅーという名前は、好きな食べ物を聞かれた有田が答えたものがそのままついたはず。実際、そういう形でコンビ名を決められるというお笑いならではのはちゃめちゃがまたネタにされ、それ以後はこの二人のキャラが次第に形づくられてもうコンビ名などどうでもよくなったわけだ。


僕はしかし、この「海砂利水魚」という名前がとても好きだった。

「海」と「砂利」と「水」と「魚」だ。

全てが関連しているにも関わらず、それを全てくっつけた為に全く異質なものに変わってしまうという言葉の妙だ。それでいて、カイジャリスイギョという言葉の響きはどういうわけか非常に心地良い。最後に魚を置いて「ギョ」と読むおかげで何らかの魚の種類っぽくも聞こえ、それは「渚のハイカラ人魚」と同様の印象を(ニュアンスだけは)聞く人に与えていて、だが読み直すとやっぱり訳がわからない言葉。

ドラえもんの秘密道具のネーミングは、例えば「よんだら首輪」とか「念力目薬」とか「九官マイク」とか、二つの言葉をつなげたものが5割くらいあると思うんだが、発音する時のイントネーションを大事にしていると考えられる。それと同じ効果が生まれている。

番組の企画で改名を宣言した手前、それは改名をしないわけにはいかないだろう。そうでないと、テレビに出たくてやったんだろと言われかねないから。従って改名したのは仕方がないが、僕としてはこの「海砂利水魚」は非常にシュールな、マネの出来ない素晴らしい名前だと今もって思う。


まぁ色々あって、今は毎日あちこちに引っ張りだこの大忙しで、もう彼らはなんとも思っていないだろう。僕が勝手にその名前を惜しむだけの事だ。

ところで、若手の二人(バカルディも今や押しも押されもせぬ状況だから4人か?)を押し上げたウンナンは今や何割か過去の人になりかかっている。やはり内村がやらかした不倫(の末の略奪婚?)の影響は否めないところだ。一時的な人気で終わった2人ではないから懐の深さもそれなりに持っている筈だし、またひとはた揚げて欲しいものだ。

日本テレビの「ハケンの品格」見てます。

格差社会ということで、まともな(正規雇用という意味)仕事に就けない人がじわじわ増えて、契約だとか派遣だとか、アルバイトだとかフリーターだとかの将来に不安を抱えずにいられない社会人がうようよなんだそうです。しかし、そういう人が増えるのは企業が体力をなくしているからで、「こんな不景気に誰がした?」と言いたいのはやまやまなんだがそれが現実という事で耐えるしかない模様。

このドラマでは、大前春子(篠原涼子)が様々な仕事を鮮やかにやってのけます。これが僕には楽しみの一つ。


第1話。

タクシーに大事なもの(たぶん資料の入ったMO)を忘れてしまい、そのタクシーは事故にあってスクラップ工場行きになってしまっておった。で、うず高く積まれた廃棄車両を見上げるしかない面々をおしのけて大前春子がクレーン車を持ち出して、「ぐぉんぐぉんうぃぃ~んうぃぃ~ん」とばかりにアームをふりかざすというまずありえないガテン女(死語かな?)に変身しました。


第2話。

ここは・・・ホチキス対決だけだったかな。


第3話。

マグロの解体ショーを取り仕切る事になった。しかし、“マグロの神様”ことツネさん(小野武彦)が公演前日に利き腕を骨折(大泉が絡んでの事)してしまい、代役を探すものの見つからずじまい。会社が莫大な損害を被る羽目に陥った担当の東海林はクビを覚悟し、大勢の買い物客を前にして土下座。しか~し!

そこで登場するのが大前春子。実は春子はツネさんの一番弟子だそうで。見事にねじり鉢巻とはっぴ姿で登場すると、どでかいマグロをばっさばっさとさばいて見せた。


第4話。

ロシアの人たちと商談中の東海林主任(大泉洋)がなかなかその交渉がまとまらずに四苦八苦しているのを見かねた春子。突然ロシア語をぺらぺ~らぺらぺ~らと喋り始めて顧客に何事かタンカを切って見事に商談成立。その間5分。この回は、確か自動二輪に颯爽とまたがって森美雪(加藤あい)を捕まえる。


第5話。

国税局から査察が入る。大事な過去のデータを抱えたままエレベーターが停止してしまい、里中(小泉孝太郎)と小笠原(小松政夫)が取り残されてしまう。そこで春子が登場。ロープを肩にエレベーター口にダイハードよろしく駆けつけ、大事な資料をゲット!「昇降機検査資格」なるものまで彼女は有していた!


このように、通常考えられないスキルまできっちり実は密かに持っているまさにスーパー派遣OLの大前春子。彼女のおかげで様々なトラブルも結局は彼女が一人で解決するのだが、これはドラマだから。現実ではありえない。

視聴者が学ぶのは、彼女の毅然たる態度とプロ意識に尽きる。

先輩が定食をおごるというのを断り、社員から「タバコを買って」と頼まれてもそんなパシリは当然拒否。その一方で、企画書の作成はたちまちのうちにやってのけ、また、風邪を引いて高熱を出しても仕事だけは這ってでもきっちりこなす。


前に、ホワイトカラーエグゼンプション に関する文章を書いたが、「社員がすべからく大前春子なら」この制度の導入には何ら難色など示さない筈だし、またそういう状況ならば派遣社員の出る幕なんて一切ないだろう。会社は社員の集合体が運営するもので、それぞれがパフォーマンスを最大限に発揮すれば業績は横ばいの時期はあっても下降する事は少ないと思われる。


それにしても、このドラマを見た女性は(男性も)おそらくこぞって資格取得に走るんだろうなと思う。それもいいが、自分のやってる仕事を改めて見直す機会として、職業意識を向上させる作品として実に有意義なドラマだな。

僕自身サラリーマンをやっていた時代があるが、例えば営業の研修を先輩に指導を受けながらというケースを考える。

お客様と相対した時に、「こう言われたら」・・・「こう切り返す」とか、「こういう質問には」・・・「こういう答えをする」というような自社製品を扱う場合のセオリーや常套句あたりを習う。そういう指導を受ける理由というのは、実際にお客様に会う前の段階で、講師あたりから様々なことを学び、知識だけはそれなりに叩き込んではいるものの、現場では予想しない質問が飛び出したりまたはまだ習っていない難しい問題をぶつけられたりするためだ。もちろん、「その点については私では解りかねます」とか「社に戻って確認してからお答えいたします」というような『社に持ち帰る』案件とする事も大切で、その場しのぎの答えをすればお客様からの信頼は得られない。

お客様との商談には、流れだとかリズムだとか、そのような「場の呼吸」も重要で、これは数多くの人を相手にする経験で身に付くもの。講習では習わないその場における無駄話とか、会話の潤滑油たる軽いジョークとか、やはり新米では緊張のあまりぎくしゃくしていて思うようには出てこないもの。

ベテラン(営業成績優秀者)になると、知識量もさることながら会話をスムーズに運ぶ為の間であるとか流れだとかのコツをきっちり掴んでいて、相手をうまくこちらのペースに引き込む話術なるものを体得しているものだ。


国会議員を何期も務めて地元からの信頼も厚くキャリアも申し分なく、詳しい事は知らないが、数々の上司たる人たちからの受けもよく、お陰様でめでたく大臣になった方というのは相当に頭も切れて知識も豊富で、首相の掲げる政策はもちろん自分自身でもしっかりした考えをお持ちのはず。

ところが、そうでもない方が厚生労働大臣に任命されてしまったようだ。

柳沢伯夫クン。

行列の弁護士「橋下徹」は擁護している ようだが、どうも論点が違うという気がする。僕なんかが思うのは、女性の尊厳や人間性を否定する例え方がまずかった(し、まず過ぎる)と言いたいが、彼は「生まない人、生めない人のことを何も批判している言葉でもない」と言っている。もちろんそうは言ってない。そして、一部だけを取り上げて言葉尻を強調しすぎというのもわかるが、やはり厚生労働大臣の発言としては問題があると言うしかない。そして、それを野党が選挙の道具にしきりに使った事も問題を見えにくくしたのであって、それでも看過できない発言だと僕は思っている。本人はひたすら謝罪して小さくなっており、例の知事選の結果は1勝1敗という微妙な結果に終わり、辞任はしないと改めて強調した事から、まぁこれで手打ちかなと実際考えていた。


ところが、だ。

またぞろこのおやじは「若い人たちは結婚したい、子どもを2人以上持ちたいという極めて健全な状況にいる」などと言い放った

これは『国立社会保障・人口問題研究所の05年の調査で「いずれ結婚する」と回答した未婚男女の希望する子どもの数が平均値で2人を超えたことを踏まえた発言だった』という。

言葉の使い方が全くなってない。

なんでそういう風に言い切ってしまうんだろう?その、「調査では平均値が2人を超えたようだから」「いずれ数字的にも改善が見込める明るい材料だ」というような言い方が出来ないのか?この人には、御茶ノ水あたりでやってる「話し方教室」にでも通ってもらわないと会見の席になんて出せないと思う。そして、誤解のない、大臣としての校正中立な重みのある発言を期待できないような人材はその職に留まらせてはいけないだろう。

「もうこいつは表に出せん」

そういう風に閣僚はみ~んな思ってる筈で、安部総理も「いいかげんかばいきれんな」と考えているんではないだろうか。


鳩山君のいう「女性蔑視が頭の中に染み付いている」とのコメントが表わすように、誰だってそういう風にしか取れない。

もうだんだん僕は柳沢大臣が哀れに思えてきた。

可哀想な人だ。まともな日本語を話せないんだから。自分の思っている事を、的確に表現出来ない様な人は政治家でいる資格なんてない。


先輩がよく言ったものだ。

「言われるうちが華なんだからな?」

「言われなくなったらおしまいだからな?」

見込めなくなったら誰も言葉をかけないようになる。

柳沢君には果たして言葉をかけてくれる人がいるんだろうか?


僕はもう言わない事にする。

とにかく早く辞めてくれ。

安部君、首にしてくれ。

「2月6日はブログの日」だそうです。

だけど、ブ・ロ・グだと「グ」にあたるものがないんじゃないかなと。

どうせなら2月69日をブログの日にしないとおかしくならないのか?

そんな風に文句や皮肉のひとつも言いたくなってしまったのは、『2月6日に「ブログの日」に関する記事を書いて盛り上げよう』などと言っておきながらその日にメンテナンスをやる事に対してですよ。えぇ?アメブロさん?


記事がアップ出来ないじゃないか!!!


ま、それはそれとして。しつこくは責めない。


僕がブログを始めてからぼちぼち2年になりますが、まぁ世の中ってのはいろんな事があるもんですな。

悪い事やひどい事、愚かな事やばかばかしい事だらけです。クレームつけたくなる話は山ほどあるけど、それに逐一付き合ってたらそれこそこっちがおかしくなってしまいそうです。従って、その手のニュースには「ほどほどにもの申す」事にしております。


ネット及びブログ全体を見渡した時に感じるのは、やはり書いていいこと書くべきでないことの線引きが必要だろうという事です。

僕はこれで間に合ってるのでやりませんが、ミクシを利用して、そこで過去の犯罪を告白するなどというのはやはりよろしくない。捕まらなかったからといって、罪を犯した事実は厳然としてあります。それをいかにも自らの武勇であるかのように不特定多数の目にさらすのは、公序良俗に照らして非難を受けるでしょう。ちょくちょく炎上している模様。

またブログで批判する場合、誰かの受け売りではなく、自分が思った事を自分の言葉で書くのでないと訪問者やリピーターは増えません。せっかく書くのなら、そこそこ訪問者がいないとやりがいもなく、長続きしませんわね?


僕の場合で言うと、うさんくさいヤカラにうんざりしてトラックバックは辞めましたが、時々はコメントも頂いて丁度いい按配で運営できております。芸能人のブログのように何百何千というアクセスはありませんが、自分の読者数以上の、ほぼだいたいまぁまぁ多いアクセスを頂いており、「誰かが見てくれてる」自覚があります。やめてしまった方も結構いて、実質の読者数はもっと少ないしね。


こないだ笑ったのは、たぶん柳沢発言によってアクセスがあったのかなと考えていたら、そうではなかった日です。以前受けた健康診断の話を書いた、バリウム体験 、そのバリウムが検索ワードでトップに立っており、何じゃ?と吹きだしました。それに、楽天の田中将大について書いた「田中将大の潔さ 」という記事に、未だにそこそこアクセスがあるという事実。これはドラフトの時だから、去年の9月です。もちろん過去記事は全て生かしていて閲覧可能なんで、そういう事もあるのかなと。それにしても、このときはどこかのポータルサイトに堂々とトップに取り上げられていて、多かった日は300とかのアクセスがあってびっくらおったまげましたが。おかげさまでこのときはコメントも30人近くの方から頂きました。


まぁ今後もぼちぼちと、ごくありふれた「田舎の小さな焼肉屋を営むおやぢ」ですのでたいした記事は書けませんが、なるだけ何かしら書いていこうと思います。特定のテーマを設けず、はっきり言って割合と節操のないゆるいコンセプトで、何かに特化してはいないにも関わらずそこそこ人の出入りがあるというのはありがたいことです。


ややかっこつけて言うならば、

「若さを引き摺りながら、実年齢と実生活の現実を淡々と生きつつ、偏る事なきようまたあきらめなきよう思索を巡らせて胸のたぎりを記すブログ」ってな事になります。

今後ともよろしくお願い致します。

野党側が辞任或いは罷免を求めて審議を拒否するなど紛糾しているこの問題。確か先週の土曜日に地方都市で行なった自身の講演会において、自らぽろりと漏らしてしまった例え話です。

実は、僕はここまで大きくなるというか、引きずる事はないのだろうなと最初は思っていました。その理由。

僕がこの発言を知ったのは先週、日曜日の深夜です。土曜日の夜にネットを見ていて既に日付が日曜日になっている段階で目にしました。「こりゃ言い訳のきかないとんでもない発言で、うっかりでは済まされないな」と思いました。それで、日曜日はずっとニュースを気にしていて、いったいどんな反応を周囲は見せてるんだろうとやきもきしていました。

ところが僕が知る限り、日曜日(1/28)にはテレビで全くその話題は取り上げられなかったのです。

ありゃりゃ?

これは・・・誤報?それとも・・・逆にもみ消し?なんで誰も何にも言わないんだ?

全くもう。ふ~ん?気にしないんだ、誰も。記者さんも何とも思わないんだ。ネットに出て終わりなんだ。もう正直言って、マスコミのモラルというか、そういう・・・何だろう?早い話、がっかりだねと思っていました。


そしたらば、月曜日(1/29)になってようやく「とんでもない発言」とばかりに報道し始めました。「やっとかよ?

それで安心して?月曜の夜、つまりは火曜日(1/30)の早朝になりますが、記事を書いたのです 。でも、土曜日の話を二日遅れてやっと取り上げるくらいだから、「謝罪して手打ち」かなと、寂しい気持ちでおりました。もう政治家には僕自身たいした期待などしてませんので。

しかし、野党の皆さんが頑張ってくれましたねぇ

この発言は「本音が漏れてしまった」という事で、言い訳が出来ません。大臣の資質なんて全くないことが露呈したわけです。個人的には国会議員を辞めて欲しいんですが、今のところは大臣を辞する結論が出れば野党は納得するようです。せめてそうなってくれたらいいんですが。


ご存知のように、週末の愛知?ともうひとつはどこだっけ?知事選の結果次第だそうで。

女性が「産む機械」なら、それは「人の子」の人格を全て否定するものです。従って、彼が侮辱した対象は女性に留まりません。男性も含まれております。

柳沢泊夫厚生労働大臣の肩書きに「元」がつくのかどうか。

注目します。