クラス担任は外れたが、国語の教科担任ではあったので、Y先生とは国語の授業で顔を合わせる事になった。クラス担任の時ほどでは無かったが、授業態度などの悪さなどについて度々生徒を叱った。煙たがっていた生徒も多かっただろう。
~時は流れ卒業し、曲がりなりに社会に出て社会の厳しさを痛感するにあたり、ふと高校の卒業文集を見返してみた。すると、Y先生の寄稿が心に刺さった。後段を一部紹介したい。
「生まれた子は親に育まれ、後に自身で成長し、やがて自分の子をつくることで親になる。人間に限った事ではない、生命全体が営む単純な輪廻なのかもしれない。だが、そのすばらしい歩みを、人間が前に進むその息吹を、一生かけて見守りたいと思った。共に歩み、支え、力づけたいと願った。教師としての目標は、ただそれだけだった。
現実に、学校できみ達の前に立つ。そこでは、自分の夢のような目標とはまるで違うことがたくさんあった。高校生であるきみ達は、すでにオトナの社会に足を踏み出した者から見ると、あまりに無知で、無防備だった。それが悪だとは思いたくない。だがそのまま、前へと歩ませるわけにはいかないと思った。自分自身すら、時にはとまどい、絶望すらおぼえる。広く深く、そして自分達でやがてつくりあげるであろう社会に。諦め立ち止まってほしくもなかった。きみ達の未来に。このような思いで、悩み迷いながら、きみ達の前に立ってきた。だから迎合しすべて受け容れることもせず、だがたんなるオトナとして後から来たる者をくじくだけの人間ではなかったつもりだ。人として、前に進むことの難しさとすばらしさとを、自身で感じとれるよう、きみ達と相対してきたつもりだ。どれだけ伝わったのだろう。最後に、標題の言葉を贈りたい。犀の角は暗やみの中できらめく、ひとり社会に歩むきみ達よ、その自身の光を信じてほしい。たとえ苦しい暗やみであろうとも、角の光を照らす月があるのだから。」
やはり高校生は若すぎたのだ。Y先生、お元気ですか。私もまだまだな人間ですが、今は先生の思いが伝わりましたよ。