これまでのストーリー
よくテレビで下流老人の話をしているが、自業自得だと思っている。
多田さんは、六万円位の年金があったので、ホームレスでは恵まれている。
酒に浸かって生活を苦しくしていたが、私のやり方だったら生活ができた。
人間は、楽しく生きるためには人と比べない。
そうして、どうしたら楽しく毎日が送れるのか工夫していけば楽しみは増える。
自然の美しさは、東京のように一千万の人の中にでも発見できる。
食べるものを買わなくても、魚を釣り、野草を摘んで豊かな生活ができる。
石川さんは毎日空き缶を集めて、それを売って千五百円から二千円の金を得て、それで生活をしている。
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だが、そういう生活をしていても、甘いものが食べたくて大福を買い、ビールを飲む。
それも無駄だが、それまで止めろとは言えない。
泊さん夫人のはつさんは日曜日が休みだから、久々に会いに行った。
泊さんが行方不明だと言う。
泊さんのことだから、悪いことをして川に放り込まれたのかも知れないが、はつさんが涙を浮かべているので、迂闊なことは言えない。
台風の後も思い出したように来て、金を無心していたらしい。
魚屋を手伝って給料を貰っていたようだが、はつさんに持って来ることはなく、洗濯させたり食事の用意をさせていたらしい。
はつさんは酔って喧嘩して、川に放り込まれたのかも知れないと言った。
前にも、そういう事があったようだ。
酒を飲むと酒乱で何をするか分からないところがあって、もう二ヶ月も帰っていないという。
いくら道楽者でも、居なくなれば別だ。
色々と良かった頃を思い出すようだ。
今の生活に馴染んだからか、はつさんもみっちゃんも、すっかりきれいになっていた。
やはり、安定した生活がそうさせたのだろうか。
以前には笑顔を見せることもなかったが、今では、みっちゃんは客に弁当を売って、ありがとうございましたと言えるようになって、社長からも喜ばれているという事だ。
初めの頃、ハンディがある娘かと思っていたが、人との接触がなかったかららしい。
みっちゃんは、宅配便の運転手からデートを申し込まれたという。
そのことで、私に相談したかったらしい。
学歴はなくても料理は出来る。
二人が親しくなったきっかけは、倉庫で荷物の積み下ろしを手伝っていたからだそうだ。
私は会社に行って、どういう家庭なのか聞いてみた。
六十代の母親と二人暮らしだという。
いきなり姑のある家じゃ可哀想だが、それをはつさんに聞いてみた。
はつさんは、一寸困った顔をした。
「旦那さん、あの娘は馬鹿だから、いじめられないでしょうかか」
「さぁ、俺も姑という人を知らないから何とも言えないけど、それより、はつさん一人になるけど淋しくないの」
「それは、あの娘のために我慢します。失敗してもあの娘が人並みに結婚できるんだったら」
私は、うまく行くのも失敗するのも、姑次第だと思っている。
世の中、まともな人でもうまく行かないことが多い。
はつさんは、本当は自分と同居してもらいたいようだが、姑と同居することになった。
結婚式はせずに、みっちゃんが田中君のアパートに住み込んだ。
田中君は四十歳、みっちゃんは三十三歳だった。
その時、私も初めてみっちゃんの年齢を知った。
はつさんは、気が気ではない。
それまで、他人と生活したことがないみっちゃんだが、よほど嬉しかったのだろう。
いそいそと移って行った。
当分、弁当屋で働きながら、そこから仕事に出て行く。
みっちゃんが普通の子になったのは、弁当屋で働き初めて、弁当を売るようになってからだ。
私はそれまで、彼女がしゃべるのを見たこともなかった。
それより、田中君の手伝いをするようになってからかも知れない。
はつさんは、嬉しかった。
それまで、学校へ行かず、ものも言わず、他の人との生活など考えられなかったからだ。
字は読めない。
計算は出来ないが、多くの人がカードで精算する。
現金は、はつさんが取り扱っていた。
はつさんは嬉しい反面、みっちゃんの心が離れていったのが淋しかった。
もう完全に心が主人のところに行ってしまって、はつさんが話しかけても、はつさんの言うことは聞いてくれないからだ。
私は、数日の内にアメリカに帰る。
本当にうまく行ってくれることを願うばかりだが、そこまで心配しない。
つづく


