これまでのストーリー
夏にはオリンピックだというのに、中国からのコロナウイルスとかいう病気が流行り初めて、学校が休校になったりした。
オリンピックも、どうなるか分からない。
ホームレスの私たちが心配することでもないが、商売をする人たちには深刻な悩みだった。
弁当の売れ行きは変わらなかった。
多摩川の流れも、カラスの啼き声も、よしきりの声も変わらない。
多田さんと泊さんの行方は、分からない。
私は、カメラに緑の芦の葉のざわめきを捉えて、アメリカで思い出すつもりだ。
鯵やせいごの干物は毎日出来ていて、船の中に魚の匂いが充満していた。
夜には、チャプチャプと鳴る船底を枕に波の子守唄で眠る。
ふと思い出して、みっちゃんがうまくやっているだろうかと気にかかる。
恋が人間の外見を変える。
以前は、ものも言わないみっちゃんが笑顔になり、私の言うことが通じて頷いてくれたのだ。
毎日、弁当のおかずを煮ているから料理には自信がある。
目が覚めると、春の陽が川面に輝いていた。
窓はよしきりの声、水面を跳ねるボラ。
暖かい日だったので、貝掘りに出かけた。
佃煮にして、アメリカで食べるためだ。
私の子どもや孫たちは日本語が読めないので、私が書いていることは分からない。
私も本当のことを細かに説明するつもりもない。
子ども達に真似をしろとも言えない。
アメリカに戻ったら、あばら家でホームレスもどきの話を書こうと思っている。
もどきというのは、偽物である。
日本に別れを告げるとき、私にも数人の親しい人がいて、石川さんに、
「今度は、いつ頃」
と、聞かれた。
「多分、これでお別れだろうね」
「そんなこと言わずに、毎年、来てよ」
私の手をがっちりと握って、目には涙が光っていた。
長年、空き缶を拾い集めた指は節くれ立って、たくましかった。
はつさんにも別れを告げた。
何か言いたそうだったが、聞かない方がいい気がして、別れもそこそこに離れた。
はつさんも泣いていた。
話を聞いてやるべきだろうが、私はもう帰って来ない。
後ろ髪を引かれる思いだったが、別れた。
みっちゃんのことを聞くのが怖かった。
コロナウイルスや流感のためか飛行機は空いていたので、ぐっすりと眠った。
アメリカは緑一色だった。
空港が近付いて来ると、多田さんの顔が浮かんだ。
いつもの酔った人懐っこい顔だった。
みっちゃんの顔も見えた。
淋しそうでも、泣いてもいなかった。
石川さんとはつさんは、淋しそうだった。
それが何を意味しているのか、分からない。
気圧の変化で頭がぼうっとしている。
山の中での鯵の開きの味は格別だ。
頭まで噛み砕いて食べた。
もう柿の花が咲いていた。
生い茂った庭を見ると、のんびりとしておれない。
今年は、みょうがを送る約束もしている。
私の住むアメリカ南部の街は何一つ変わることもなく、顔見知りの人が私に声をかけて行く。
もう日本には帰らないと言っては来たが、確信ではない。
やはりふるさとの海は恋しい。
完


