これまでのストーリー


 合格八十才 ホームレス Ⅴ その1


 合格八十才 ホームレス Ⅴ その2




 

夏にはオリンピックだというのに、中国からのコロナウイルスとかいう病気が流行り初めて、学校が休校になったりした。


オリンピックも、どうなるか分からない。


ホームレスの私たちが心配することでもないが、商売をする人たちには深刻な悩みだった。


弁当の売れ行きは変わらなかった。


多摩川の流れも、カラスの啼き声も、よしきりの声も変わらない。


多田さんと泊さんの行方は、分からない。


私は、カメラに緑の芦の葉のざわめきを捉えて、アメリカで思い出すつもりだ。


鯵やせいごの干物は毎日出来ていて、船の中に魚の匂いが充満していた。


夜には、チャプチャプと鳴る船底を枕に波の子守唄で眠る。


ふと思い出して、みっちゃんがうまくやっているだろうかと気にかかる。


恋が人間の外見を変える。


以前は、ものも言わないみっちゃんが笑顔になり、私の言うことが通じて頷いてくれたのだ。


毎日、弁当のおかずを煮ているから料理には自信がある。


目が覚めると、春の陽が川面に輝いていた。


窓はよしきりの声、水面を跳ねるボラ。


暖かい日だったので、貝掘りに出かけた。


佃煮にして、アメリカで食べるためだ。


私の子どもや孫たちは日本語が読めないので、私が書いていることは分からない。


私も本当のことを細かに説明するつもりもない。


子ども達に真似をしろとも言えない。


アメリカに戻ったら、あばら家でホームレスもどきの話を書こうと思っている。


もどきというのは、偽物である。


日本に別れを告げるとき、私にも数人の親しい人がいて、石川さんに、


「今度は、いつ頃」

と、聞かれた。


「多分、これでお別れだろうね」


「そんなこと言わずに、毎年、来てよ」


私の手をがっちりと握って、目には涙が光っていた。


長年、空き缶を拾い集めた指は節くれ立って、たくましかった。 


はつさんにも別れを告げた。


何か言いたそうだったが、聞かない方がいい気がして、別れもそこそこに離れた。


はつさんも泣いていた。


話を聞いてやるべきだろうが、私はもう帰って来ない。


後ろ髪を引かれる思いだったが、別れた。


みっちゃんのことを聞くのが怖かった。


コロナウイルスや流感のためか飛行機は空いていたので、ぐっすりと眠った。


アメリカは緑一色だった。


空港が近付いて来ると、多田さんの顔が浮かんだ。


いつもの酔った人懐っこい顔だった。


みっちゃんの顔も見えた。


淋しそうでも、泣いてもいなかった。


石川さんとはつさんは、淋しそうだった。


それが何を意味しているのか、分からない。


気圧の変化で頭がぼうっとしている。


山の中での鯵の開きの味は格別だ。

 

頭まで噛み砕いて食べた。


もう柿の花が咲いていた。


生い茂った庭を見ると、のんびりとしておれない。


今年は、みょうがを送る約束もしている。


私の住むアメリカ南部の街は何一つ変わることもなく、顔見知りの人が私に声をかけて行く。


もう日本には帰らないと言っては来たが、確信ではない。

 

やはりふるさとの海は恋しい。

                   完