「誰かと思うたら富やないか、どうした、はまったか」
「風呂に入っちょるんよ」
「何が、そこは肥溜めやないか、はぁ、きつねに騙されたか」
「そうやない、松さん、今みっちゃんが来るけ」
「みっちゃん」
「うん、そこに飲み屋があったやろう」
「まぁえぇ、上がれ、騙されやがって、ああ臭い」
肥溜めから出た富さんは、変な事をした。
「あぁ、ここにおった、みっちゃん、待っちょったよ。
ほら松さん、みっちゃんやが、ほらきれいな髪しちょるやろう」
「馬鹿が、騙されやがって、みっちゃんもくそもあるか、そら馬の尻じゃ。放せ、蹴られるぞ」
「そうやない、この髪見えんか」
「馬鹿、それ尻尾じゃ、帰るぞ、着物はどうした」
「みっちゃんのところに脱いできた」
「まぁ、捜してみよう。臭い、離れちょけ。このむしろ、巻いちょけ」
峠から見下ろすと集落が見える。
普段は真っ暗だが、その日は、みんな待っているので、そこここに、灯りが見えた。
松さんは、村長の家に富さんを連れて行った。
灯りがついている。
「今晩は」
「よう、誰かと思うたら、松さんか、どうした、こんな夜更けに」
「富の奴が、どうもきつねに騙されたようで、連れて来たんじゃが」
「まさか、今どき、そらなかろう」
「村長、峠の街側に降りたところに肥溜めがあるやろう。
俺が通りかかったら、臭いし、人の気配がするもんじゃけ、提灯の灯りで見てみたら、富が首まで浸かっちょったんよ。
『富、はまったか』って言うたら、『風呂入っちょる』って、おかしな事を言うてね。
みっちゃんちゅうおなごが来るけ、入っちょるって言うけんど誰もおらん。
それで引き上げたんじゃが、それからよ、馬の尻に抱きついてね、
『みっちゃん、ここにおった』と大きな声出して、尻尾を手でさすって、長い髪やろうって言う、じゃけおかしいやろう。
俺が、馬鹿、そら馬の尻じゃ、蹴られるぞって引き離しても、そこにおなごがおると思っちょった。
こら、きつねに騙されたかと思うたんやが、村長どう思うね」
「富は、どうしたんか」
「外におる」
「そら、可哀想じゃ、中に入れてやれ」
「だめ、だめ、臭いんやけ」
「そう言うても寒い、入れてやれ。それから、あんたかねさん呼んで来てくれんか」
「はい、よう富、村長が中に入れって」
「こんばんは」
「富か、大変な目におうたのう。騙されたか、おなごに。初めから話してみい」
「峠の登り口で、卓ちゃんと守さんがおってねぇ、村の人から俺をもてなせって言われて待っちょったって言うんよ。俺そんなことええけ、帰らしてくれって言うても、飲み屋に連れて行かれて、初めて酒飲んだ」
つづく




