これまでのストーリー




中学生になると大食いになり、それが母は気に入らない。

噛まずに食べること、茶碗蒸しだったら8杯、9杯。

うどんは8玉。その食べ方も早い。

早飯、早糞、男の一芸と自慢していた。

母は気に入らない。

思慮分別のない者はトイレが短いと、私を馬鹿にする。

大食いも、馬鹿の大食い、大きな足も、馬鹿の大足と、私にはいいところが何ひとつない。


行儀が悪い、口答えする、親に敬意を示さないとなる。

母の小言を聞きながら早食いするので、やたらとガスが溜まって屁が出る。

そのマナーの悪さにも、うるさく言う。

私の顔を見たら、不満をぶちまけてくる。

ためさんから離れて、母と私の仲は改善されるどころか、益々合わなくなっていった。

母の嫌いなものばかり、私は持っていた。

言葉の悪さ、大食い、親の前でも臭い屁をする。 

便所に行っても手を洗わない、足はいつも泥まみれ、私の中には、優等生といえるところは何処にもなかった。

高校生になると大食いがエスカレートして、1人で一升の飯を食う。

私が食べないと、一升の飯が残る。

その苦情を延々と聞かされる。

そらならと私も怒って、おひつに水を注ぎ、味噌汁用のおたまで食べる。

一升の飯に、干し鱈かめざしを入れて、飲み込んでいく。

「これならよかろうが。飯が残った位で、いちいち、ガミガミ言うな」

「その下品な食べ方、恥ずかしい、人には見せられん」

「ええやないか、俺はのう、ためさんの子じゃ、お前なんか、親と思うちょらん」

母と私の亀裂は、もう治らない。

私が一刻も早く家を出ることを望んでいた。

高校2年のとき、
「まだ後2年もある」と、母が溜息をつくのを見て、私は家を出た。

父の実家の離れに移り、そこで自炊した。

米だけは充分にある。

おかずだって、どじょう汁、あさり汁、はまぐり汁。

それに、その頃周防灘は、しらき海老、いいだこ、渡りガニも豊富にあった。

そういう楽しいところだ。 

友達が集まって来て、5人で合宿をした。

2年早く家を出たことが、私が母にした一番の親孝行だった。

母は、私が思うようにならないので、姓名判断、方位学、印象学、明神様、地蔵尊、仏教と、頼れるすべてに頼った。

私をまともな人間に育てようとして、散々騙されて金を使ったが、私は全く良くならない。

私の眼から見た母も、それだけの事をしても人間的に成長したとも思えない。

信仰も母に限っては、全く効き目がなかったようだ。極楽も金で買いたい人だから、随分無駄な金を使ったが、極楽へ行ったとも思えない。

親不孝の私が、地獄へ行くのは分かるが、信仰に金を使うくらいなら、競馬、競輪に金を使う。

母のような信仰心の厚い者から、よく私のような子が生まれたものだ。                                つづく
よろしければ…
ためさんのストーリー