これまでのストーリー


村の中には日本食のレストランもあり、畳の部屋が6部屋もあった。

わら屋根も後輩の中川に教えてもらって、全部がわらで出来ていた。

白壁と障子の出入口は、フロリダの森の中にふるさとができたような喜びがあった。

畳が送られてきて、畳の部屋が出来上がった。

皆が帰った後に、その青い畳の上で畳の匂いを嗅ぎながら、昼間の疲れも手伝って眠っていた。

目が覚めると、夜中の1時を回っている。

外に出てみると、満月だった。

老松の影の落ちる日本村の中を歩くと、池に月が映っていて、静けさの中にわら屋根の村が眠っていた。虫の音がそこここに響きわたる中を、1人で歩き回った。村の中で、昼間1人になる事はない。

皆の力でここまで来れたという感謝と、自分の苦労が癒される満足感に浸っていた。

余りに美しく、家には帰らずに夜明けまで歩き回っていたかった。


黒人たちの多くは、金曜日に給料をもらうと嬉しくなり、酒びたりになって一晩で使ってしまう。

そうなると騒ぎ過ぎて、警察に保護され留置される。

それには身元引受け人が必要で、その受取り人が黒人だと罰金が不当に高くなるというので、黒人たちが私に頼みに来る。

たいてい金曜日の晩だが、時には土曜日ということもある。

一晩泊めてもらえと言うのだが、そうすると罰金が倍になるらしい。

罰金はその頃、17ドル50セントで黒人の日当よりも高いのだが、その警察の領収書には警察署の名前もなく、誰でも使えるいい加減なものだった。

争ったところで金額は変わらない、さっさと金を払って家に送り届けてやる。 

その金は翌週にしか払ってもらえないが、黒人たちの中で、それを踏み倒した男はいない。

あれほど、だらしないのない連中なのに、私に対する恩は忘れない。

それがわかるから、また放ったらかしにもして置けなかった。

たいてい「ありがとう」と言って払ってくれる。

後になって分かったのだが、他の連中に頼むと利子を払わされるらしい。

ジェシーはしっかり者で、そういうことは一度もない。

私は警察で有名になり、黒人より先に警察が家に電話してくるようになっていた。

そのお陰で、何度かスピード違反を見過ごしてもらったので、悪いことばかりではなかった。

黒人たちは、金、土で金を使い果たして、月曜日には食事代もない。

現場では大鍋に毎日シチューを作っていて、大麦、ジャガイモ、うずら豆、豚骨、亀、鯰を入れて、昼に食べられるように煮る。

材料は私が買う。

中国人のシャンが味付けする様になって人気が増し、大鍋では50人分くらいしか出来ない。

4倍くらいの大きさの鍋に替えて、200人分、毎日煮るようにした。

日本人の連中は山賊鍋と呼び、黒人たちは器とスプーンを持って来て、昼と3時の休みに食べる。

その200人分が、帰る頃には残っていない。

残ったら、黒人たちが持って帰る。

大人数になると、現場で人種差別のトラブルがある。

いじめられるのは黒人だが、私は白人に忠告するので、白人の連中から良く思われない。

陰で、ニガー、ラバーと言う者もいたが、それぐらい気にしない。

白人のある連中は、私が黒人を甘やかすから言うことを聞かないと言うのだ。

現場では、白人が黒人を使う仕事はないのだから、黒人も白人に従う必要はないのだ。

まぁ、大騒ぎになることはなかった。
                  つづく