ジェシーと出会ったのは、アメリカに来て4年目の1968年だった。

フロリダ州、北東部にある小さな街、バナール。

その頃、その街の近くに、マルコポーロパークという名のアミューズメントパークを建設する計画があり、その中の日本村の設計士の仕事を得て、フロリダに単身赴任した。

あやふやな会社だから、南カリフォルニアに家内と2人の娘を残して来た。

社長のバブ バーンズと私と秘書の3人きりの会社だから、いつ消えるのかわからない。

私の給料はカリフォルニアの倍あったので、半分を家内に送り、私は残りの半分を使ってフロリダで生活していた。

車もガソリンもアパートも会社持ちだから、食べるだけにしか金はかからない。

建設予定地の土地は広い。

何しろ6000エーカーもある。

1エーカーが1200坪だから、6000エーカーの広さがわかるだろう。

人を受け入れない未開の地で、中には毒蛇や熊、猪、鹿の他に鰐、亀もわんさかいて、底なし沼に入り込めば、1人では出られなくなるという土地だ。

設計図のための測量さえ、ままならない。

その森にというか、フロリダに精通しているジェシーを、私の案内人につけてくれた。

ジェシーは黒人で、その街から出たことのない男だ。

訛りもひどく、カリフォルニアで日系二世とメキシカンの間で仕事して、英語がカタコトの私は、会話が出来ない。

筆談しようと思ったが、ジェシーは文盲だからそれも出来ない。

背が高く40半ばで片目がつぶれているので、私を斜めに見る。

人相が悪く愛想もないので、初めの印象は凶悪犯のようにも見える。言葉も少ない。

だが、少しずつジェシーを知ってくると、素朴でよく働くいい男なのだ。

つくづく、人を見た目で判断出来ないと思った。

ジェシーは刃渡り60センチほどの蛮刀を持っていて、それで椰子や樹木を叩き切って、森に路をつけてくれる。

老木を大切にしながら、森の奥へと入って行った。

ブルドーザーのオペレーターも黒人で無口だか、言う通りに仕事をしてくれる。

彼の名前はショーリーだが、ほとんど1日ブルドーザーの上にいる。

大切にしている樹木を上手に残してくれるのと、沼にはまり込まない技術を持っていた。 

ブルドーザーが陸亀や蛇、ワニを追い出して、ジェシーが捕らえて料理して食べる。

私は何でも試して食べるので、ジェシーも喜んでいた。

最初3人で始めた現場も、働く人間が20人30人と増え、日本建築が始まる頃は100人余りが働いていた。

私は全てに関わっているので、目が回るように忙しい。

日本からも後輩が手伝いに来てくれて、別々の仕事を進めて完成を急いでいた。

日本建築のある日本村は、島の中にあって、屋形船と橋で結んでいたが、周遊するのに40分くらいの時間がかかる。
                 つづく