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新家月子のつぶやき日記

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おはようございます。

キリっとした冬の朝です気持ちがいいですね。

 

さて、寿命について考えさせられることが多いのが在宅診療の現場ですが、先日、友人とLINEのやりとりをしていて図らずも”寿命”が話題になりました。

友人は父親似、性格も体つきまで似ていると周囲からも認められるほど似ているのだとか。

父方は誰もが短命で、祖父は40代、父は50代、叔父も40代で心臓の病気?でなくなっているため、当然自分もそのぐらいの年齢で人生は終わる、と思って生きて来たらしい、、。

ところが、毎年の健康診断はいたって健康で、問題なし、、。

ふと気が付くと父の歳を追い越してしまった、、、あれ?もしかして自分はまだまだ生きるのでは?と最近心配になってきた。

良いことなんでは?と返事を返したところ「良くない!」と即返ってきました。

なんでも、人生は短いと思い込み、いつ人生が終わってもいいように”やりたいこと””欲しいもの”に貪欲に生きて来た。

あの世に金は持っていけないから、惜しまず使ってきてしまった、この年で今更だけど貯金が無い、、、失敗した、、、と悩んでいる様子。

母方は皆100歳前後まで生きて、しかも全員もれなく認知症という家系らしく、「本当は100歳計画で生きねばならなかった!」と悔やんでいる彼。

何といっていいのか、、、気の利いた言葉を返してあげられなかったのでした。

私は100歳計画派ですが、そのためになんとなくちまちました人生を歩んできています。

老後に備えてやりたいこと、欲しいものもある程度我慢してきました。ただ、この人生が終わるときにそれでよかったのか?と問われれば疑問です。

超絶、誇れるような思い出が無いと言っても過言ではありません。

友人は、モンゴルで馬に乗ったり、アフリカでキリンと夕日を見たり、大きな車に乗るなど、ある意味、人生を謳歌してきました。

限定物の腕時計はいつも光っています。

彼の人生はまだ半分?まで来たところ、老後の心配はさておき、今から後悔するなんてもったいない。

老後のお金なんて何とかなるもの、彼のような生き方、今更ですが、いいなぁと思います。

だからと言ってマネする勇気はありませんが、もし寿命が判っていれば、何か思い切ったことをしたいと私も考えます。

それこそ、自分の寿命が判るのならいくらでも払うのに、、、と思います。

皆さんは、寿命知りたい派ですか?知りたくありませんか?

写真は、先日の小さな集まりでのデザートです。

懐かしい坊ちゃん団子、少し小さくなりました。