新家月子のつぶやき日記 -14ページ目

新家月子のつぶやき日記

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おはようございます。

冷たい雨が降っています。

明日からは12月並みの冷え込みになるのだそうです。

 

さて、脳梗塞や事故などで破壊される脳の部位によっては人格が変わったようになることが有ります。

優しかった人が、怒鳴ったり、暴力をふるったり、大声を出したり、、、。

そう短期記憶が出来なくなる場合だけではないのです。

そうなると家族のショックは大きく、どうしたらいいのか、、、どうしたら元の優しい人に戻ってくれるのか、悲嘆にくれる毎日になります。

でも、一度そういう状態になってしまったらもう元には戻らない。

そこで考えます、そういう状態の人を、これまでと同じように受け入れるのは、はたして家族として義務なのか?

日々の介護の中で、優しかったその人の思い出が、凶暴で乱暴な困った厄介者という姿にどんどん上書きされていく。

記憶には最後にみた姿が”その人”として鮮明に残ります。

どれだけ長い時間を尊敬されてきた人であっても、最後は困った人だったね、となってしまうのです。

それは少し寂しい、、、と思います。

それでも多くの家族は、「家族なんだから、殴られながらでも、怒鳴られながらでも世話をしないといけない」という責任感から頑張ります。

それ、本当に必要なのだろうか?と。

そういう時は、外部の力を借りていいと思うのは私だけでしょうか?

人が変わったようになったのは病気なのだから仕方がない、事故だったんだから仕方がない、と割り切ってプロの手にゆだねてはだめなのでしょうか?

先に訪問した家庭では、父親の変わりようを受け入れられない息子、怒鳴られ続けてやつれた妻、殴られるの怖くておろおろする娘、で疲弊しきっており家族全員が崩壊寸前でした。

日本の家族は、家族だからという呪縛に縛られ過ぎていると感じます。

そういう父親を施設に入れたりするのは「冷たい家族」「無責任な家族」になるのでしょうか?

私はそうは思いません。そのお父さんの尊厳ためにも、離れる決断を私は「偉い」と思います。

そういう勇気を応援したいと思います。

写真は「アイート」というスプーンでもつぶせる介護職です。

ミキサーでペースト状になった食事に比べて見た目も触感も食欲をそそります。

味も美味しいです。ネットで買えます。