憲法記念日から2日遅れちゃったけど、危機感いっぱいのこの時期に、俺なりの思いをちょっとでも書いとこうかな、と
正直言って、俺もロースクールで法律の勉強を始めるまでは、憲法のことはほとんど理解しとらんかったんだけど、芦部信義先生の『憲法』を読み、日笠完冶先生の講義を聴き始めてすぐに「憲法って、ロックのスピリットそのものだったんだ」と気づいて、感動した
まずは、何といっても前文・・・熱い
今、まさに時代が変わろうとしとるっていう興奮と、新しい時代では決して同じ過ちを繰り返すことなく、世界からリスペクトされる存在になろうという決意がビシビシ伝わってくる。
それを具体化した9条
John Lennonの「Imagine」そのものだぜ
そして、13条、これこそがロック
「すべて国民は、個人として尊重される。」=いわゆる「個の尊厳」っていう理念で、どんなヤツもみんな同じように価値があって、お互いの違いはそれぞれの個性として尊重されるべきってことだよな。
国はもちろん、国民どうしだって「ロクデナシに貸す部屋はねえ」とか言っちゃあいかんし、もちろんレイシズムもファックだ
「生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。」=これはまず、国は国民の自由や権利を最大限保障しろ、つまり邪魔をするなっていう意味とそのための手助けをしろっていう意味だ。
ただ、この「公共の福祉」の解釈が常に問題になる。
国はこれをやたらと振り回して、すぐに俺たちの自由を制限しようとする。
それを最小限に押し止めようとするのが、法律家や司法の役割ってわけだぜ。
今の安部、橋下、渡辺たちが改正を企む96条
ヤツらは、お互いに改正しようとする内容が一致しんもんで、まずは憲法を簡単に改正できるよう、改正のための要件を緩めようというわけだ。
とんでもない話だぜ
国会が作る法律が、不当に国民の自由や権利を制限しとるんじゃないかっていう場合には、その法律の効力を否定するために、裁判所が憲法への適合性を審査する。
そうすることによって、国民は、たとえ少数派であっても、憲法上の人権が守られるわけだ。
その憲法が法律と同じような要件で変えられるとしたら、国民を守るルールも縛るルールも、どんどん多数決で決められることになって、結局その時々の政権のやりたい放題になっちまう。
どう考えてもやばくないか
日本の憲法は、長い間、改正されずにここまできた。
それは、改正要件が厳しいからじゃなくて、その中身が素晴らしいからだっていうことと、ごちゃごちゃ細かいことを規定せず、普遍的で、ホントに大切なことだけをシンプルに言い切っとるもんで、いつの時代にもしっかり応えられるものだからだ
ビートルズのレコードみたいにさ
憲法はロック、ちょっとは伝わったかな