大手町のゴースト2024 54 バネ仕掛けの課長 | のむりんのブログ

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私のいろんな作文です。原則として日曜日、水曜日および金曜日に投稿します。作文のほか、演劇やキリスト教の記事を載せます。みなさまよろしくお願いします。

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「どうしました?それじゃあ、まだ、未完成です」

 

猫なで声が初老の男を促しました。と、初老の男の、笑い声。泣き笑いの声。

 

激しい物音。

 

人間と人間がぶつかりあうような、重い、くぐもった、嫌な物音、しかしすぐに静寂。諭すような、猫なで声。

 

「あとのことは、まったく心配ありません、ご子息は後継者として、ちゃんと、みんなで支援します、ご家族もみんな安心して暮らしてゆけます、うけおいます」

 

返事はなし。物音もない。意味もなく人を痛めつけるような沈黙。

 

ハハハハハ・・・・

 

小人が笑っているのかと思ってぎくりとする。小さな小さな笑い声が微かに響く。携帯からでした。課長は耳をあてる。

 

―聞えたでしょう?まったくひどい奴らだ。追詰められてる方も、ひどい奴なんですがねー

 

「と、隣ではいったい、な、何が・・・」

 

熱田にたずねようとしたら、課長の部屋の固定電話のベルが鳴りました。またぎくりとする。

 

それでも、課長はなぜか反射的に、薄明かりをたよりに電話に近づきました。受話器を、やっとのことで、つかみました。

 

「時間だ。行け」

 

  電話の向うで、金属質の冷たい声が命令しました。

 

「へ?」

 

「行くんだ。何をねぼけている」

 

「行くって、どこへ」

 

「隣の部屋だ」

 

「しかし、お隣は、何か、とりこみ中のようですが」

 

「行け!」

 

激しい語気に課長は気押されました。

 

「はい」

 

そういってバネ仕掛けの人形のように動いてしまった。

 

暗闇のなかで、ドアのノブを探し当てました。携帯の小さなライトが点滅して、ハハハハ、という携帯の向うの熱田の笑い声が聞えたように思いました。

 

しかしかまわず、部屋を出て、よろけるように歩き、隣の部屋のドアの前に立った。

 

ドアのノブをまわして、その扉を開けようとした。

 

しかし、ノブは少し動いたが、急にかたくなり、なかなかまわらない。

 

手に力をこめて、もう一度、ぐいっとひねろうとしたら、ノブが生き物のようにひとりでに回り、ドアが勝手に自分で部屋の中の方へ開きました、

 

課長は体のバランスを崩し、そこに倒れそうになりました。

 

前傾姿勢でやっと踏みとどまり、顔をあげた。

 

「・・・・・・」

 

 

・・・・つづく