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「それでびっくりした・・・やっぱり課長、初めてだったんですね、消えるのを見たのは」
熱田くんは落ち着きはらっていました。課長はややいらだちました。
「すると君は、初めてじゃないのか?」
「はい」
「はじめてじゃない。どこで見たんだ?」
「トイレです」
「トイレ。わが社のトイレか」
「ええ。課長に救助いただいた晩です」
「・・・・」
「課長が私を救ってくださる直前に、あの方が現われて・・・」
「ひょっとして・・・君の首にまきつけたロープを・・・」
熱田くんは無言でうなずき、「ええ、切ったんです。どうやって切ったかはわからないんですが。そして、ふっと消えてしまいまして・・・・その後私は床に落下して気絶したようです」
「はあ・・・」課長は熱田くんを見ます。相変わらず何を考えているのかわからない平板な表情、課長はその平板に問い、
「・・・あの彼は、君の命の恩人か」
しかし熱田くんは急に話題を変えました。
「課長、じつは、私のところに、よくメールが来ます」
「メール。スマホのメールか?」
何だろう急に?
「はい。それが、ちょっと変なメールで。たとえば・・・」
熱田くんはスマホをポケットから取り出し、メール画面を呼び出して読みました。
「もう死んでしまいたい」
「・・・」
「私は、もう死んでしまいたい」
「おい、」
何だ。幽霊と不倫現場を見て刺激されて心が変調して、また変な具合になってきたのか?
課長は何かいおうとしましたが、熱田くんはかまわず続け、
「わかるでしょ、あなたも?」
ぷちっと言葉を切り、スマホ画面眺めて感じ入ったかの様子。
異様な迫力を感じました。変に言葉をかけないほうがいいかもしれないと、課長は思いました。
しばらく沈黙が続き。ケータイ画面を見たまま、熱田くんは彫像になってしまった。
「・・・」
何だよ。何が書いてあるんだよ。もったいつけないでください、熱田くん。
質問し催促しようと思ったが、へたに刺激するのはやめよう。じっと我慢の子でいてあげよう。
しかし、こういう甘いだけの上司というのが一番の害悪な存在かも。
「課長・・・」
ぼつっ、と熱田くんが口を開きました、
「僕、勇気します」
・・・・つづく