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「あの車に、その事件の犯人が乗ってるのか」
運転手はどなった。
「そうかもね」
うんざりした口調で私はいった。
「そりゃあ危険だ」
運転手は緊張した声色でいった。
「運転手さん、あんた、尾行上手いね」
私はまた話題を変えようと思い、いった。
しかしこれは皮肉だったかもしれない。さして混雑していない、この片側数車線のまっすぐな高速道路でなら、猿の運転手でも尾行に失敗するはずがない。しかし運転手は胸をはって自信ありげにいった。
「そうなんだ。尾行、得意なんだ、俺」
「すごいよ」
「だしょ?」そういって、背筋を伸ばし、やにわに運転手はいった。
「あの毛皮の女性、危険なんだな、きっと。殺人鬼なんじゃないか。
オバサンが、いろんな殺人事件の犯人だったって小説とか映画、よくあるよね。
恐いなあ。急に、こっちを銃撃してくるとか、あるんじゃないの?」
車は羽田空港への車線へ入った。
運転手は、饒舌にまくしたてた。
「直接、後ろにつけることはしないからね、撃たれたら大変だからさ。でも、もし撃たれたら、前の車の人、お気の毒だね…。
あ、やっぱり、空港に行くなあ。出発の方だ。こりゃあ、どっかへ高飛びじゃないか」
私はしばらく、運転手がしゃべるにまかせていた。
美咲セツ子の乗った車は、羽田空港のタクシー降場で停まった。一台おいて、私のタクシーも停まった。
運転手は緊迫した面持ちで、セツ子の乗った黄色いタクシーを凝視し、小さな声でいった。
「降りてくる。旦那、降りてきますぜ」
私は答えた。
「ああ。ご苦労さま。よくやってくれました」
「銃は、あのハンドバックの中かな」
「そうかね」
「違うのか」
それには答えず、私は冷たい、威厳のある声で言った。
「顔を覚えられたようだぜ」
「え?」
「あんたの顔。あのおばさんに」私は振り返った運転手の顔を指差していった。
「まずいのか」
「大いにまずい」
「危険か」
「大いに危険だ」
「そうか…」運転手は絶望的な表情をしてみせた。
「まあ、気を落とすことはないさ。じゃあ、ありがとう」
私は財布から出した札を渡そうとした。
「いいよ、金なんて・・・・」
・・・・つづく
↓テンポのいい、おしゃれなスウィングって感じ!大変よいと思います。
