折々 -5ページ目

折々

日々感じたこと

古い価値観の復活
 岸田内閣の初仕事「こども庁」の創設に際し、突然名前を「こども家庭庁」に変更すると発表しました。複数の省庁にまたがるこどもの課題を一元化して解決するために、総理大臣の直属の機関として強い司令塔を目指すとしています。そこに突然の名前の変更です。マスコミでもなぜ『家庭』が入ってきたのか、疑問の声が上がりました。「元々『こども庁』を主導した議員たちは『いじめ』や『家庭内の虐待』などを防ぐため、『家庭の中の子ども』という位置付けではなく、子どもも権利を持つ主体だとしたい思いがあって、あえて『家庭』は入れていなかった」と報道されています。
 自民党草案は、現憲法24条に新たに1項を設け「家族は、社会の自然かつ基礎的な単位として、尊重される。家族は、互いに助け合わなければならない。」と規定しました。
 24条はもともと婚姻における両性の平等を規定し、その土台として配偶者の選択、財産権、相続、住居の選定等を規定する法律は個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して、制定されな変えればならないと書いている条項です。
 これは戦前の「家」制度の下で、結婚は家長の同意なしには認められず、妻には財産の管理権も相続権も認められなかったことを否定する大事な条項です。
 ここに家族をあえて入れることと、先の「こども家庭庁」への名称変更とが繋がっているのです。
 戦前文部省が天皇中心思想を普及するために編纂した『国体の本義』には「我が国民の生活の基本は、西洋のごとく個人でもなければ夫婦でもない。それは家である」「我が国は一大家族国家であって、皇室は臣民の宗家にましまし、国家生活の中心であらせられる」と書かれており、家族と国家を同一視して天皇への忠誠を国民(臣民)の義務と教えました。この家制度を基本にして天皇制国家が成り立っていたのです。すなわち家長に対し天皇が、家族に対し臣民が対になっているです。
 近代的価値観を敵視し、「個人」ではなく「家族」を社会の基礎的単位としてあえて位置づけ直すことは、古い価値観の復活の危険性があります。自民党憲法草案が天皇中心の伝統、国家の継承を憲法の目的に据えていることと合わせて考えると、日本を戦争できる国に作り直し、国民を国家護持の兵隊として再生しようとする自民党の思惑が見えてきます。
 このような国民を戦争へと導こうとするすべてのことに、私はNOを突きつけ、改憲のすべての行動を注視し阻止しなければならないと思います。
 新しい年も、改憲の動きが急です。心新たに2022年を迎えたいと思います。

 

                           同窓親和会ニュース(2022年.1月号)に寄稿
 

 腺様囊胞癌、その後2 で書いたように、BNCT治療で医者が一番心配と言っているのは、腺様囊胞癌が眼球の裏の頭蓋骨まで浸透していて、この治療の効果でがん細胞が消えるのと同時に頭蓋骨まで破壊されてしまうことでした。脳の底に穴が空いてしまえば、脳への感染が起こる可能性が高くなるわけで、今回の治療でも70%の癌の死滅を狙い、100%は狙わなかったと言われました。11月11日に退院、その後の経過は腺様嚢胞癌との闘い 陽子線治療、BNCT治療の効果も無く手術に! に書きましたような具合で、BNCT治療の効果はあまり観られず手術をすることになりました。6月22日入院8月7日退院と言う1ヶ月半に及ぶ入院は、やはり体力を消耗し体重も10kg減、立つのも大変になるほどの筋力低下になりました。その後9月8日から10月30日まで再入院。これは手術周辺に、取り残したがん細胞があるかもしれないので、陽子線治療によってがん細胞の復活を遮断するためでした。

 約2ヶ月間の入院も大変でしたが、手術入院とは違い体をより動かすことができ、持ち込んだ本をたくさん読みました。ただ前回の陽子線治療の時はコロナがなかったので、病院外に出かけることができましたが、今回はそれができず病棟内の階段を何遍も往復することで自分リハビリを行いました。現在は退院後の経過観察に通っているところです。

 筋力はさらに衰え、蹲踞の姿勢が右足膝が痛くてできません。地元のリハビリで観てもらったところ、右膝を伸ばす筋肉が若干石灰化しているとのことリハビリに通うことになりました。人間は重力と闘いながら体の筋肉を作って来たのだと強く感じさせられました。寝てばっかりの生活は宇宙船に長く滞在していた宇宙飛行士と同じような状態で、筋肉がなくなってしまうのですね。

 片目がないのは遠近感が取りづらく確かに普段の生活に不便ですが、退院後すぐの自動車免許更新は無事できましたし、運転も注意は必要ですができているのが助かります。他に痛みなどはなくなってきたのが幸いです。

 いろいろな方から励ましを受けこれまで乗り越えてきましたが、腺様嚢胞癌との闘いはまだ続きそうです。再び癌の再発のないことを祈っていますが、なかなかそうは問屋が卸してくれそうもありません。気力では負けず皆さんの支えを糧にこれからも生きて行く覚悟です。春になったら野山の野草を探して歩けるよう、リハビリも頑張ります。

 


 文科省によって設立された学校法人ガバナンス改革会議が今年12月8日に報告書を文科省に出しました。私は元私立高等学校の教員をしていた立場から、この報告書の危険性を感じ皆さんに提起したいと思います。
 報告書によると近年、日大事件のような大学法人による経営を巡る不祥事が多数を起こったことを問題視し、文科省がいわゆる有識者を集めて設置した会議がこの会議であり、この報告書に基づき、学校法人のガバナンス改革に踏み出すことを文科省に求めています。
 そもそもガバナンスとは、ガバメントが政府が上から行う法的拘束力の下、行う統治システムであるのに対し、組織が主体的に関与する意思決定や合意形成するシステムのことです。学校法人ガバナンス改革会議は、学校法人が自らを律する構造の構築と改革を考える会議というわけです。
 報告書は「こうした状況に鑑み、本改革会議は、社会的に影響力の大きい私立大学を中心とする公的役割をになう学校法人におけるガバナンスの改革と強化について提案する」と書き、今回の目的を「監督・経営を分離する。経営陣の利益相反・自己監視を排除する。」としています。
 今回の報告書のポイントは以下の3つです。
  ①学外者のみで評議員を選出
   高校以下法人も同様と考えている。
 ②評議員会が理事会を監督するというシステムの構築
      評議員会を最高監督・議決機関とし、現役の教職員、理事は評議員から除外する。
 ③学校法人に「監査人」を別途おく

  私が最も危険な提案と感じるのは②の評議員会を最高監督決議機関とし、そこから現役の教職員を排除すると言う点です。
 私大連盟意見書は、「客観的な監督機能を強化するガバナンスの形式論を重視するあまり、一律に学外者のみで評議員会を構成すると長期的視野により責任を持って教育研究の支援・運営こ関する経営判断の是非を議論することは困難である。」と否定的な見解を述べています。「また、評議員会が主導権争いを誘発する紛争の場となるおそれがある。」とも言っていますが、それこそ現場で働くものだからこそ知る現実的心配です。
 私は現役時代、評議員会の改革に向け取り組みました。
 それは評議員の中に現場のいろいろの困難な問題を提起できる者が入っていることが大事だと考たからです。なぜなら経営者の施策によって直接的に影響を受けるのは教職員だからであり、日々の教育活動を行うに当たりその施策が推進力になるのか障壁なるのか最も速く鋭く判断できるのも現場の教職員であるのは自明の理だからです。評議員の中に現職代表の評議員枠があるのは多くの私学に普通でありますが、真にその評議員が職場の代表として参加していると意識しているとは限らないし、職場枠の評議員も理事会推薦となっているところが普通です。これではその評議員が経営のチェック役として十分な力を発揮することはできなせん。従って私たちは、職場からの評議員枠評議員を、教職員の総意をまとめる職員の代表として選挙で選出し、それを尊重して理事会は評議員を推薦するように労働組合として理事会に要求したのです。このことは組合と理事会との交渉の結果実現しましたが、組合選出ではなく教職員の選挙による選出としたのは、ただただ学園の民主的運営を私たちが求めたものだからです。
 こういう経験を踏まえて、さらに重要な危険性を指摘したいと思います。

  それはこの意見書②では、学園における自治力を軽視するだけでなく、自治力そのものを破壊してしまうと考えるからです。ここには近年の文科省による教授会・職員会議の形骸化、学長・校長による学園支配の道具化、上意下達の経営を是とする施策の行き着く結果であったことへの無反省が見えています。
 大学・学園の教授・教職員の自治力の回復こそ最大のガバナンス改革であり、評議員会の改革もその方向でこそ意味を持つと考えるのです。
   この点で2021/12/5東京新聞「本音のコラム」における前川喜平氏の「学校法人ガバナンス改革」が「今回の提言に決定的に書けているのは大学の自治の観点だ」と言う指摘に共感する者です。
 またこの提言が大学法人も小中高法人も含めて一律にこれを適用しようとしていることにも、注視していただきたいと思います。大学法人と小中高法人の規模の大きさには大きな違いがあり、これを一律に規制しようと言うことが、どだい無理筋であるのは現場の感覚なら判ることです。小さな小中高法人の評議員会を外部の評議員だけで構成することは、大きなエネルギーを要することで有り、その議決が当学園の行く道を左右するとなれば当学園の教育活動に多くの動揺をもたらし、議決の徹底にも多くのエネルギーを要するであろうことは推察できます。「角を矯めて牛を殺す」の喩えがありますがこの報告書の提案は、この間の大学理事会の引き起こした事件から、理事会の力を矯めようとして私立大学・学園の真の教育力を殺すものです。
 この文を書いている途中で、読売新聞等(12/14)に私大の統治改革多難という記事が載りました。大学側の猛反発が原因と書かれています。さらに文科大臣が見直しを表明(12/21)とも報道されました。だが大学側の批判と私の批判とは論点を異にするものであり、多くの私学人に私の論点にも注目していただきたいと思いこここ投稿いたします。

 退院してきて、ようやく少し歩けるようになってきたので、小山田緑地を歩きに出かけました。

 我が家から、自転車で1時間かかるので、良いリハビリになります。

 すでに秋遅く、花はあまり見られないと覚悟しての里山歩きです。

 

 赤い実のなる木を見つけました。ゴンズイです。

 

だいぶ寒くなってきて、赤い実の多くがはじけてしまっていますが、黒い種と鞘の赤のコントラストが良いです。

 

 秋の赤い実の代表格、カラスウリもいくつか見ることができました。

 

 リュウノウギクが咲き残っていました。

 開花したのは、10月初旬でした。まだ咲いています。2本目の花枝も咲き始めました。3本目の花枝も伸びてきています。12月中頃までは楽しめそうです。蘭の花の寿命が長いのも特徴ですが、ブルームーンは、特に長い感じがします。パンダ系の特徴を受けているのでしょうね。この蘭は日本の野生蘭・風蘭とパンダ系の掛け合わせから生まれたように聞いています。

 

 

 家のすぐ近くの公園に散歩してきました。

 ホトトギスが咲き残っていました。

 

 

 赤い実のなっている小低木を見つけました。

 センリョウかと思って見ましたが、どうも違うようです。家に帰って調べたところ、ヒャクリョウ(カラタチバナ)でした。林下の藪の中で実をつけていました。このあたりではマンリョウはよく見かけますが、ヒャクリョウは珍しいです。

 

 藪の中に白い菊が咲いているのを見つけました。シラヤマギクかと思ったら、これも少々違うようです。「野の花に癒やされて」で問い合わせたところ、シロヨメナのようです。花の形は似ているのですが、葉形が違いました。

 

 すでに冬の花ツワブキが見事に咲いていました。寒くなってきましたもね!

 

 

リトルマーメイド ジャネットが5つ蕾をつけました。

 今までは、11月頃咲いていたのに、今年は8月に咲きました。蕾の数も5個と例年にない数が着きました。ピンクのカラーがかわいいです。

 

 

 パフィオのサクハクリも咲きました。これはちょっと残念、二つ蕾がついていたのですが、一つは落ちてしまいました。このランは律儀に毎年咲いてくれる優等生です。

 腺様嚢胞癌と判ってから、とうとう手術による切除となりました。

 振り返ってみると、最初の北里病院で手術は無理、緩和ケヤーしかないのではと言われたのが始まりでした。その後福島孝徳医師の診断を受け、手術は難しいからと陽子線治療を勧められ、南東北病院の陽子線治療センター村上医師の診察を受けました。

 そして陽子線治療に加え抗がん剤の治療を平行して二ヶ月の入院となりました。その結果ほぼ癌は見えなくなりました。しかしその後1年半で、癌が再発しているのが見つかり、村上医師のすすめでBNCT治療を受けることになりました。その後五ヶ月が経過、MRI等の検査をその間受けてきましたが、癌は大きくも小さくもならず、次の手段が必要と判断されました。村上医師はもう一度手術の可能性を探ろうと、耳鼻咽喉科の診察を勧めてくれました。

 耳鼻咽喉科の今野医師の診察では、手術は可能という判断でした。すでに周りの組織にも腺様嚢胞癌が拡がってきており、右目も含めてかなり大きな範囲の切除になるとのことでしたが、最初の時と違い右目の視力は放射線治療で失われており、右目摘出も私にとっては同じ事でした。右顔面を失うリスクは大きいが命には代えられないと私も決心がつきました。

 6月末に入院、手術は10時間を越える長時間になったようでしが、麻酔が覚めたときには痛みもほとんど感じず、上手くいったのだなと安心することが出来ました。気管支に穴を開け、呼吸を確保する手術が合わせて行われており、全くベッドを離れることが出来ない10日間ほどが、とてもつらかったです。3週間たって食事が普通になり、リハビリも順調に消化、展望が出てきました。8月に入ると、退院の話が出るようになり、手術前入院は二ヶ月ほどと言われていたのより早めに退院できることになりました。

 ただ、手術後右耳の聴力が落ちているのが気になり確認したところ、乳様突起炎というのに罹っていることが判明、中耳に水がたまる病なのだそうですが、様子を見て再入院の際に同じ様な状態だったら処置をすると言うことになりました。また気管支の穴はまだ完全には塞がっておらず、これがどうなるのか心配が続きます。でも穴を絆創膏で塞ぐことが出来、やっと声は出るようになりました。

 今野医師からは、「手術は上手くいったが、腺様嚢胞癌は神経繊維に沿って拡がる性質が有り、目では確認できなくても拡がっている可能性を否定できない。可能性のある範囲を陽子線治療する相談を、村上医師としている。」と言われました。その後、村上医師との相談の結果、陽子線治療を9月に開始することとなり、二ヶ月の入院が決まりました。この陽子線治療は経験があり、一定の展望を持って入院することが出来ます。なんとかこの治療で、腺様嚢胞癌を押さえ込むことを期待し準備したいと思います。

 

 

 

 

 

1月半の入院を終えて帰ってきたら、蘭が見事に咲いていた。

 

 サギソウがたくさんの花を咲かせた。白鷺が乱舞しているよう!

 

きれいな花だ!洋蘭とはちがう趣がある。

 

ミニカトレアのミニドリーム

 

ボナーラ スウィートメロディ サトウ 良い香りがすると妻が言っているが、残念ながら私の鈍くなった臭覚には判らない。

 何時もの谷戸に花を探しに行ってきました。来週から入院なのでこれが今夏最後の里山歩きです。

 

イチヤクソウが、白い花を咲かせていました。立ち姿の美しい花です。

 

ホタルブクロも咲き始めました。色の濃いのも、薄くて白と言った方が良いと思われるのも。

 

 

オカトラノオも盛りとなってきました。

 

田植えのすんだ田んぼに白い花がさえます。

 

オオバギボシも咲き始めました。ギボシの咲き始めは、ギボシという名にふさわしい花の様子ですが、ちょっと開きはじめも、良いものです。