自分で認めようにも、認められるような根拠が自分にはないと思っていたから尋ねてみました。 

その質問に、資産家の先生は答えてくださいました。

「わたしは、自分を認めているものなのだ、とまず思うことから。

根拠なく、そういう解釈をすること。

そうすると、自己肯定感は勝手に上がっていくから」と言われました。


誰かに認めてもらうために、がんばって結果を出して褒めてもらいたい。

そんなふうに、外側から認められることをずっと追いかけていた感じで生きてきたように思いますが、

根拠なくそう思っていればいいんだとラクになりました。

これは、「認められる」という受け身の狀態ではなく、

「認める」という、自分が主語の狀態を、まず選んでみるということなのかなと思います。


つまり、根拠を探してから認めるのではなく、先に「私は認めている」というところに立ってみる。

そして、目の前の出来事をどう解釈するかを自分で選んでみる。


たとえば、うまくいかなかったことがあったとき

「私はダメだ」と解釈する代わりに、「今回は、そういう結果だっただけだ」と解釈してみる。

その解釈の選び方が、自己肯定感を少しずつ育てていくのかもしれません。



また、「わたしはわたしを認めている」と、根拠もなく、胸に手を当ててつぶやいてみました。すると、心と身体がほぐれていく感じがしました。自分の中に、靜かな安心感のようなものが生まれている感覚でした。

「認めてもらう」から「認めている」へ。

その主語の置き換えが、私の心を、少しだけラクにしてくれました。