私たちは、イヤなことが起きると、自然にそれを悪いこととして受け取ります。
イヤな人に出会ったときも、思いどおりにならない出来事が起きたときも
早く終わってほしい、なくなってほしいと思うものです。
私もずっと、そうやって見ていました。
でも先生から、イヤなことも愛に気づくためのプロセスだよと聞いてから
「イヤなこと=悪いこと」という見方しか知らなかったことに気づきました。
先生方の視点にふれる中で、問題や出来事は、ただ苦しむためのものではなく
気づきへ向かう入口になることもあるのだと感じました。
それは、つらいことを無理に前向きに受け取るということではありません。
苦しかったことは苦しかったまま、
それでもそこに自分へのどんな愛が隠されているのかを見ていく姿勢です。
問題が起きると、私たちは、どうしてこんなことが起きたんだろう、
どうすれば終わるんだろうと考えます。
でも、その問いだけでは見えていないものもあるように思います。
たとえば、なぜこの出来事が起きなければいけなかったのだろう
この出来事は、私に何を見せようとしているのだろう
そんなふうに問いを変えてみると、出来事の見え方が少しずつ変わって
こういうことかもしれない、と、違う選択、優しい選択ができる時が増えてきます。
さらにわたしは、「ここにはどんな愛があるのだろう」と見る視点にも、心が動きました✨
自分を後回しにしていたことに気づかせる出来事や
無理をしていた生き方を見直すきっかけになる問題もあります。
そう思うと、目の前の出来事は、ただ自分を困らせるためだけに起きているのではないのかもしれない、と感じるようになりつつあります。
問題を宝に持っていくというのは、つらさをなかったことにすることではなく、
その出来事を通して、自分が何に気づくのか、何を受け取っていくのかを見ていくことなのだと思います。
もし今、イヤだと感じることがあるなら、すぐに好きにならなくても大丈夫です。
ただ、これは本当に悪いことだけなのだろうかと、静かに問いを置いてみる。
その先に、今までとは少し違う景色が見えてるかもしれませんね🌈✨
美しく、楽しくて面白い景色かもしれないと思うと、見てみたいですね✨

