古椿 【拾六】 | ぼくはきっと魔法を使う

ぼくはきっと魔法を使う

半分創作、半分事実。
幼い頃の想い出を基に、簡単な物語を書きます。
ちょっと不思議な、
ありそうで、なさそうな、そんな。


「シュウくんは美術部に入るの?」


ぼくたちは昇降口へと向かっていた。

伊藤先輩が美術室を出て行き、前川先輩もその後に続いた。
美術部員も作品制作の続きをするといってキャンバスやらの準備を始めてしまい、ぼくたち三人はすっかり取り残されてしまった。
美術部員は変な疑いをかけられたことで怒っているのかと思いきや、むしろ憔悴しきっていて、ぼくが部活の見学者ということをすっかり忘れてしまっているようだ。


「この件がどうってわけじゃないんですけど……」ぼくはまるで迷っているかのように間を空けて続けた。
「やっぱり美術部はないかなあ」


そもそも部活動への入部は考えてはいない。
ぼくはなんでも屋でいいのだ。
でも玲さんはきっと「じゃあ天文部はどう?」なんていうに決まっている。


「ねえ。
 塗り潰された四コマ目、何が描いてあったと思う?」


ぼくの予想は外れ、玲さんは美術室事件の話を始めた。
真っ黒に塗り潰された四コマ漫画のオチ。


「玲さんは?
 わかりますか?」

「わかんないよー」玲さんは頭をふる。
「千昭くんは?
 何が描いてあったと思う?」


柚原くんはぼくたちの先頭に立って歩いている。
聞こえているのか聞こえていないのか、ここからでは彼の表情は見えない。
ぼくたちは柚原くんの回答を待つ。
意外にも、その時間は苦痛ではない。
少なくともぼくは目の前の無愛想な男に根拠のない期待をしていた。
なんだろうか、この不思議な感情は。

やがて彼は口を開いた。


「気になりますか?」


唐突に、思わせぶりなことをいう。
ぼくと玲さんは顔を見合わせた。


「なになに?
 千昭くん、わかるの?」

「心当たりは……」一呼吸置いて、「考えてみましょうか?」


そんな思わせぶりないい方をしたら、玲さんが食い付かない訳がないのだ。


「まずは四コマ目に何が描かれていたのか、三コマ目から推察してみます」

両手をズボンのポケットに入れた柚原くんが、表情を変えず淡々と話を進める。
ぼくは校内でのポケットハンドは禁止されてるんだけどな、なんて思いつつも今はそれを口にはせず、事件のことに意識を集中させる。


「三コマ目って……」ぼくは思い出す。
三コマ目は、「描きかけの絵の前に男の子が立っている絵だった」

「そう。
 でもその情報だけじゃあ少し足りない。
 あの四コマ漫画の課題は、『セリフや効果音を使わずに絵だけで物語を表現する課題』だったと前川さんはいっていた。
 だから、きっと掲示されるほどの作品であれば、その課題の条件をしっかりと満たされているはず。
 もっとよく思い出さないといけない。
 ヒントは全てあの絵の中にある」


前川さんの言葉からそこまで推察できるとは思ってもみなかった。
なるほど、ぼくはもう一度よく思い出す。
しかし、柚原くんは人が変わったように饒舌である。


「待って。
 わたしもまぜてよ!」そう言ってぼくたち二人の間に割り込んできた玲さんは首をひねる。
「そうね……男の子は筆を持っていた」

「そうですね。
 もしかしたら、男の子は絵を描こうとしていたんじゃないでしょうか。
 絵を描くというよりむしろ悪戯描きに近いかもしれませんね。
 それが四コマ漫画のオチになったんだと思います」

「男の子は何を描いたんだろう?」

「それを考える前に、最初に男は何を描きたかったのか」


男はキャンパスの目の前に広がる風景を描きたかったはずだ。


「それは、海の景色だよね。
 波と、島と灯台」 

「キャンバスには波まで描かれていましたね」

「うん。
 波の絵が関係するのかな……」

「大いに関係してくるでしょうね。
 これはちょっとした絵に関するぼくの知識ですが…」

「なぜそういい切れる?」

「風景画を描くとしたら、簡単な構図を描いた後、まずは基準となるものを描いた方がずっと描きやすい。
 例えばあの絵の場合であれば、灯台。
 絵の心得がある伊藤さんは当然このことを知っているはず。
 にもかかわらず、絵の中の男はあえて波から描き始めている。
 ということは、それが大きな意味をもっているといってもいい」

「伊藤くんに絵の心得?
 確かに絵は上手いけど……」玲さんが不思議そうにいった。

「伊藤さん、油絵具のセット持ってましたよ。
 どこかに絵を習いに行ってるのかもしれませんね」


もしかして、あの薄い木箱が?


「あーそうか。
 椿の森美術教室かな」

「なんですか、それ?」

「絵とか習字とか教えてくれる有名な教室があるの。
 わたしも小さい頃習いに行ってたんだ」玲さんは幼き頃を思い出しているか、遠くを見ながらいう。
「わたしは習字だったんだけどね。
 まあまあ、それはいいとして」

「ちょっと待ってください」ぼくが話を遮る。
「よくないですよ。
 だって、美術部員以外に油絵具持ってる人がいるじゃないですか」

「あっ」と玲さんは口をあんぐり開けて静止させたが、すぐに思考を切り替えたようだ。
「でも、自分の絵だよ?
 塗り潰さないよ、普通は」

「普通は、ね」


柚原くんだ。
初めて、その言葉に感情を感じた。
それが怒りなのか、哀しみなのか、判断はできなかったのだが。


「まさか、自分で自分の絵を塗り潰したの?」

「ぼくはそう思っています」

「どうして?
 何でそんなことしたの?」


柚原くんは横目で玲さんの表情を窺ってから「これはぼくの推測です」と一言断った。


「葛城さんの質問に答えるとすると、それは、伊藤さんの描いた四コマ漫画は盗作だったから、です。
 だから、四コマ漫画の個性であり命である四コマ目を塗り潰した。
 例えばこんなのはどうでしょう」


これは、
あくまでも柚原くんの推測だ。



梟2013