古椿 【拾】 | ぼくはきっと魔法を使う

ぼくはきっと魔法を使う

半分創作、半分事実。
幼い頃の想い出を基に、簡単な物語を書きます。
ちょっと不思議な、
ありそうで、なさそうな、そんな。


*あらすじ*
潮見秋(しおみしゅう)は
急性気管支炎で入院中に伊原さんという男性と出会う。
秋は、高校の先輩の葛城玲(かつらぎれい)と同級生の柚原千昭(ゆずはらちあき)とともに伊原邸の花壇の手入れを頼まれる。
古椿が印象的な伊原邸で三人が花壇の手入れをしている折、話は伊原さんの奥さんの失踪の件へと移る。
事件性があるないの議論の最中、秋は血痕の付いた煉瓦を発見する。

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「古椿にまつわる話を知っていますか?」


柚原くんはそういうと、古椿を見つめたまま両手にはめていた軍手を静かに外す。
ぼくも玲さんも首を横に振る。
はじめは訝しがっていたような様子だったが、今では何か吹っ切れたようでもあり、あきあきした様子でもあり、柚原くんはその古椿をじっと見つめている。


「知らない。
 教えて」玲さんが答える。

「老いた椿には精霊が宿り、化けて人をたぶらかすといわれています。
 各地で古い椿が踊ったり、女に化けるという伝承が残っています。
 現代でも、花を咲かせたままポトリと落とす様子が死を連想させたり、地面に落ちたその赤い花がまるで血を連想させたり。
 今も昔も椿には怪しげなイメージが付き纏います」

「それが今回のことと関係してるの?」

「大いに」

「断言するのね」

「関係のない話はしません」柚原くんは向き直り、その美しい顔に哀しげな笑みを浮かべる。
「伊原さんは古椿に奥さんの幻影を視たんです」

「幻影?」

「伊原さんはなぜ花壇の手入れをぼくたち赤の他人に頼んだのでしょうか」

「それは、花の手入れが苦手だから。
 花を育てようとしてもすぐに枯らしちゃうっていってた。
 千昭くんも聞いてたでしょ」

「はい、それは事実でしょう。
 今日花壇の様子を見た限りでは、伊原さんのいっていたことはまんざら嘘ではない。
 でも、普通自分の留守中に他人を敷地内に勝手に入れて花壇の手入れなんてさせるでしょうか」

「あるかないかと訊かれたら、答えは『あるかもしれない』よ」


玲さんのその口調は、今まで以上に挑発的だった。
柚原くんも一瞬驚いたような表情を見せたが、しかし、彼はやはり冷静だ。


「そうですね。
 実際、今がその状態ですもんね」柚原くんは微かに笑う。
「でも、自分が退院した後でもよかった」

「それは……」玲さんは少し考えるようにして続ける。
「それも伊原さんはいってた。
 いつ奥さんが戻ってきてもいいようにって。
 なるべく早く花壇を綺麗にしておきたかったんだよ」

「じゃあ、奥さんが戻ってきていたら?」

「え?」

「伊原さんの入院中に奥さんがこの家に戻ってきていたら、ですよ。
 奥さんは驚かれるでしょうね。
 見知らぬ子供たちが勝手に入り込んで縁台でおにぎりを頬張り、花壇の土いじりを始めるんです」

「……」

「もしも、伊原さんが本当に奥さんは戻ってくると考えていたのなら、他人にこんなことさせないと思いますよ。
 でも、こんなことあるかないかと問われたら、その答えは『あるかもしれない』ですね」

「この煉瓦は……」少し間があってから玲さんが口を開いた。
玲さんはぼくの手元に視線をやる。

「伊原さんが、奥さんを手に掛けたときのもの、かもしれませんね」


ぼくは、玲さんの視線の分だけ重くなったその煉瓦を元あった位置に戻す。
玲さんはもう否定することはなく、口の中で小さく「そっか」と呟いた。
玲さんも両手の軍手を外したので、ぼくもそれにならった。


「ごめん、話を戻すよ」玲さんは右手の甲を使って彼女のトレードマークである赤茶色の縁眼鏡の位置を直す。
「千昭くん、伊原さんがわたしたちに花壇の手入れをさせたのは何で?」

「伊原さんはぼくたちに地面に落ちた椿の花を片付けてもらいたかった」

「それだけ?」

「それだけ。
 伊原さんは古椿に奥さんの幻影を視たんです。
 地面に落ちた鮮やかな赤い花、血が滲んでるように見えませんか?」

「その椿の花が、奥さんを殺したときに落ちた血のように見えるから?
 それが怖くて、だから他の人に片付けてもらいたかった?」

「……」


柚原くんは答えない。
玲さんの考えは一理ある。
しかし、柚原くんの様子から、それだけの理由ではなさそうだ。


「本当にそれだけの理由かな?」

「伊原さんがぼくたちに花壇の手入れを頼んだのは、椿の花を処理して欲しかったから。
 それだけですよ」

玲さんは首を振る。
「やっぱり、それは違うよ、千昭くん。
 人はそんなに強くないんだよ。
 伊原さんは慙愧の念から逃れたいんだよ」



梟2013