ぼくたちは再び自転車に跨る。
目線の先にはさっきまでのような青空と入道雲ではなく、どす黒い雨雲。
雨に打たれそうな嫌な予感がした。
葛城の後を追う。
真っ直ぐな道を進むと思いきや、間もなく左の脇道に入った。
抜け道のようなその脇道も間もなく終わり、蛇行した下り坂をぐるぐると下っていく。
雨が降り出した。
下り坂の右手には常にあの赤煉瓦の家が見えている。
それが次第に近づいてくる。
近づいていくほどに、腕に当たる雨粒の数が増えてきた。
やっぱり。
ぼくは少し後悔した。
あの公園についた時点で手を引いとけばよかったと。
そうしておけばこんな風に雨ざらしになることもなかったかもしれない。
でも、あのまま帰ったとしても葛城に罵声を浴びせられ、さらには雨に打たれただろう。
それはそれで惨めな末路だ。
考えが一転二転する。
もう、何が何だか、よく分からなくなっていた。
道を右手に入った。
同じ平面上に目的地が見える。
田畑の間を抜け次第に赤煉瓦の家が近づく。
遠くから見るのも近くから見るのも印象は変わらない。
小さな二階建ての家だった。
雨が強くなってきた。
玄関の上には大きな屋根があって、三人が十分に雨宿りできそうな広さだ。
ぼくはもう逃げられないと、覚悟を決めた。
自転車を三台、堂々と道路脇に停めて、玄関まで誘うように伸びた小道を大股で踏み、三人で屋根下に収まった。
「また雨―」
少し弱まった雨を眺めながら葛城が言う。
前にも同じようなことがあったな、とぼくも思い返す。
忘れもしない、柚原と初めて話をした、夏休み前日の、火車と出会ったあの日だ。
あの日も目的地に着く前に雨が降り出し、打たれたのだ。
市民プールを出た先ですれ違った少年のことも思い出した。
快晴の中、黄色の傘と合羽と長靴を身に付けた少年。
あの少年は正解だったのだ。
拭き終わった縁メガネをかけ直し、葛城はバスタオルで髪を拭き始めた。
濡れた青いワンピースから白い下着が透けて見え、ぼくは思わず視線から外す。
玄関までの小道は石畳になっている。
左右には小道に沿って丁寧に石が積まれ、草花で彩られた花壇となっている。
とはいっても色の種類は少なく、緑の中に白い花が見え隠れする程度だ。
門は設けられていない。
高い位置に煉瓦のアーチが、それに合わせて高い塀が屋敷全体を囲っている。
「来るっ」
突然、柚原が小さく叫んだ。
ぼくは柚原を見た後、一度葛城と目を合わせた。
「何が?」
「あれが、この邪気の正体だよ」
彼の視線の先、煉瓦の塀の向こうに透明のビニール傘が見える。
ゆっくり揺れながら次第に近づいてくる。
柚原が深く息を吐きながら背筋を正した。
煉瓦のアーチの下に男が現れた。
背は高く百八十は超えているだろうか。
右手で傘を持ち、左肩にはショルダーバッグを掛けている。
髪は長く、顔の側面を覆うようにして伸ばしている。
男は何も言わず、優しく微笑み、石畳を踏み付けながらこちらに向かってきた。