迷い家・二 | ぼくはきっと魔法を使う

ぼくはきっと魔法を使う

半分創作、半分事実。
幼い頃の想い出を基に、簡単な物語を書きます。
ちょっと不思議な、
ありそうで、なさそうな、そんな。

伊助は鍋の蓋を閉め、おろおろと辺りを見廻した。

申し訳ないことをしたと思った。

勝手に人の家に上がり込み、勝手に食事に手をつけてしまった。

卑怯だと解っていたが、伊助は家主が帰ってきた時の為に言い訳を考えていた。


――しかしどうだろう


よくよく思い出してみると、この家には人の住んでいる気配はなかった。

それなのに座布団が用意され、食事の用意もされていた。

そもそも鍋に火を掛けたまま出掛け、こんな時間まで帰ってこないなんてことはあるだろうか。


――神のご加護であろうか


そう思い安心すると、急に眠たくなってきた。

疲れが溜まっていたのだろう。

そのまま囲炉裏端に寝転がり目を閉じた。


――今日は有難くここで休ませてもらおう


伊助はそのまま眠りについた。



「伊助、伊助や」

とんとんと肩を叩かれ目を覚ますと、そこには藤兵衛が立っていた。


「伊助や、お前こんなところで何しとるんだ」


伊助は慌てて起き上がり辺りを見渡した。

そこは囲炉裏端ではなく、自分の村の外れ、竹林近くの草むらだった。

伊助はいつもこの竹林を通り、山へ入っていく。


「おらがいつものように竹取に行こうとここ通ろうと思ったら、お前がここで寝とるで」


伊助は藤兵衛にその晩起こった事を話した。

藤兵衛はふむふむと大きく頷きこう言った。


「伊助、そりゃ迷い家にちげえねえ」


――まよいが


藤兵衛の話によると、迷い家とは妖怪の一種だそうだ。

山道で迷った旅人の前に突然家が現われ、そこにはもてなしが用意されている。

そして、迷い家で一晩を明かし、朝目が覚めるとそこに家はなく、いつの間にか目的地に辿り着いている、という。


「もし迷い家から碗を持って帰ることが出来たなら、一生幸せに暮らせるとよ」


藤兵衛はそう言って竹取に出掛けた。

伊助は自分の持ち物を確認してみた。

持っていたのは母親の為に買ってきた薬だけで、碗はなかった。

伊助はしばらくその場に座り込んだままだった。


――藤兵衛の言った事が本当なら、なんて勿体無い事をしたのだろう


そう思うと、今までなんとも思わなかった自分の生活が、急に不幸に思えて仕方がなかった。

貧しくなければ、もっと栄養のある物が食べられる、母親の病気も良くなるのではないのか。

伊助は立ち上がり、竹林を抜け、山へ入っていった。

そして、無我夢中になってあの家を探した。


――次は碗を持って帰ろう


母親のことなどすっかり忘れ迷い家を探していた。

ふと気付くとすっかり日は暮れていた。

新月なのだろう、月はなく、辺りは闇に包まれた。

伊助が夜空を見上げながら歩いていると、急に道が開けたのがわかった。

道の先には、昨日の粗末な家が建っていた。


伊助は再びこの場所に立っている。


伊助は喜び、急いで駆け寄った。

しかし、その家は昨晩とどこか雰囲気が違う。

灯りは付いていないし、辺りには生暖かい空気が流れていて、それらはこの粗末な家を一層不気味な物にさせている。

伊助は躊躇いながらも戸に手を掛け、ゆっくりと開ける。

そっと中を覗きこむと、やはり家の中は真っ暗で、昨晩は煌煌と部屋を照らしていた囲炉裏の火もすっかり消えている。

ゆっくりと中に入っていくが、やはりそこは何もかもが違っていた。

同じなのは、人の住んでいた気配がない事、そして、この上なく不気味な事だけだ。


足に何かが当たった。

拾い上げるとそれは縁が欠けた汚い碗だった。

伊助は居た堪れなくなり、碗を手に家から出ようと戸に駆け寄った。

しかし、開けたままにしておいたはずの戸閉まっており、懸命に引いてみたが全く開こうとしない。

いつの間にか伊助の着物は冷や汗でびしょびしょになっていた。

伊助はおろおろとその場に座り込み、途方に暮れた。


――欲を掻いてしまった


伊助の胸の中は慙愧の念でいっぱいだった。



その後、伊助の姿を見た者は誰一人としていない。

伊助の母親は、息子の無事を祈りながらやがて死んでいったそうだ。

同時に、村ではこんな噂が広まった。


―― 迷い家に二度遭遇すると、不幸になる ――