和泉は扉を一度は開けたものの、その向こうには進まず、扉を再び閉じた。
扉の向こうに奇妙なモノを見てしまったからだ。
「和泉君だろ?入ってきたまえ!」
ハカセが叫ぶ。
和泉は一度天を仰いで「どうか見間違いでありますように」と呟き、再び扉を開いた。
部屋の中には白衣を着た小柄なオジサンがいる。
これが丹波ハカセだ。
容姿に関しては、漫画等に出てくる典型的はハカセを思い浮かべれば、おそらくそれと“ほぼ”同じだ。
それともう一つ、ハカセの横には巨大な鉄の塊が置かれている。
「なんですかコレは?」
台形のような形状。
中は空洞になっていて、ソファーが2つ入っている。
前と後ろには大きな窓があり、横にも小さな窓が合わせて4つ。
台形の下には車輪が4つ付いている。
「見てわからんのか?車だ」
「なんとなく…そんな形をしていますね」
「今からこれに乗って早朝ドライブに行くぞ」
「これ、動くんですか?」
「もちろんだ!動かなかったら車の意味がないだろ!」
「でもハンドルもブレーキも付いてない…みたいですが?」
「そりゃそうだ、私が作った最新型だからな!」
「最新型?」
「まあ、とりあえず乗りなさい」
「ええ?僕が運転席なんですか?」
「当然だ!発明者以外の人間が操作出来て、初めてその発明は成功となるのだ!」
「無茶苦茶だなぁ」
「さ、さ、乗りなさい」
和泉はしぶしぶ運転席に乗り込んだ。
ハカセはガレージをガラガラと上げた。
道路では普通の車がビュンビュン走り回っている、朝の交通ラッシュだ。
それにこの丹波ハカセのオンボロ車が参入する。
ハカセが助手席に乗り込んだ。
「さあ、出発だ」
「ハカセ、どうやって動かすんです?」
「手前の赤いボタンがスタートボタンだ」
「スタートボタンって、ゲームじゃないんですよ!」
「やいや言いなさんな。さあ、押して!」
和泉はハカセの言われた通り赤いボタンを押した。
すると車はゆっくりと動き出した。
「遅くないですか?」
「速度は自動制御だ。だんだんスピードが上がるから安心しなさい」
「ちょっと、ハカセ?これ曲がらないと道路に出れませんよ?」
「じゃあ曲がりなさい」
「ハンドルがありません!」
「そこの白いレバーだ」
レバーの根元には0から始まり10、20、30…と数字が360まで刻まれていた。
「フロントガラスを見なさい。数字が表示されているだろ」
確かにフロントガラスには数字が表示されていた。
大きく43と。
「何ですかこの数字は?」
「角度だ」
「角度?」
「そう、このフロントガラスには、カーブや曲がり角で何度曲がればいいのか表示されるようになっている」
「これって結構凄い技術じゃないですか!」
「さあ、早くレバーを回しなさい」
「はい!えっと…」
和泉は白いハンドルをガシっと掴み、反時計回りに回した。
しかし…
「43…?」
「和泉君、早くしろ!車線に入りきれていないぞ!」
「でもハカセ、一の位の目盛がありません!」
「バカ!大体わかるだろ!」
「んな、無茶な!!」
プップー!!
クラッションが鳴り響いた。
「和泉君、頼むよ…」
「危なかったですね…」
「私はまだ死にたくないよ」
「あ、ハカセ、信号が赤です!ブレーキは?」
「その黒いボタンを押しなさい」
「これですか?」
和泉は赤いボタンの左にある黒いボタンを押した。
ガクンという衝撃と共に、一瞬、車はスピードを落したが、
「止まりませんよ?」
「違う!止まるまで押し続けろ!」
「それを早く言ってください!」
オンボロは追突寸前で急停止した。
が、信号は直ぐに青に変わり、再び発進する。
和泉は赤いボタンを押した。
後続車両から再びクラッションが鳴り響く。
「加速が遅いですね…」
「次を右に曲がるぞ。右のウインカーはその青いボタンだ」
「はいはい」
「和泉君、返事は一度でいいぞ」
次を右に曲がるには車線変更が必要だった。
和泉は青いボタンを押し右のウインカーを出した。
それと同時にフロントガラスに10という表示が出た。
彼は白いハンドルを10の位置まで…
ガンっ!!!!
重たい衝撃を後方から受けた。
車は数十メートル吹っ飛ばされ、急停止した。
後ろからやってきた車に追突されたのだ。
「うおー!!」
白い煙と共に前後左右からたくさんの風船が飛び出してきた。
エアバックのつもりなんだろうか…?
「あー!何てことだ!!和泉君!ちゃんと後方確認・・・あ、」
ハカセと和泉、彼らはこの時、あることに気が付いた。
「ハカセ、そういえばミラーは?」
「うむ、付けるのを忘れていたな」
車にはルームミラーもサイドミラーも付いてはいなかった。
「あ、ハカセ」
「何だ?」
「今、重要な事を思い出してしまいました」
「何だ?」
「僕、運転免許持っていませんでした」
「…」
4月3日(木)
ハカセの発明、失敗。