今日は考えを
「大変ってなんだ?」
急に思っちゃいました。
よく「大変だ」と耳にしますが、大変っていいことですか、悪いことですか?
通常の意味合いでは、あまりよろしくないほうにとらえられていると思いますが、
じつは大変っていいことじゃないかと思いまして・・・
ぱんだは個人的にはあまり物事を大変だと思わないタイプで、
目的の成就の為に費やす時間や労力は当たり前(あたりまえの基準はわかりませんが)だと思っています。
そんな時、人から「大変だねぇ」と言われても・・・???ってなっちゃうんです。
子育てしてても「大変」
勉強しても「大変」
貧乏で「大変」
etc.etc.
自分で言ってる人もいますし、
人からも言われますから、
人から見るとそんなに苦労してるように見えるんですかね?
まあ大変な分というか大変な思いをした分、苦労が大きかった分は
成し遂げた時や、その大変から解放された時には喜びも大きくなりますし、
感動があると思いますが・・・(笑)
実際問題大変だったとしても、大変っていいことじゃないかと思うのはポジティブすぎですかね(笑)
大きく変だという事は、普通と違っているわけですから
気づきを得るチャンスがいっぱいあると思います。
「毎日が大変」となると、そりゃもう毎日成長のチャンスがあるわけですから
考え方変えたり、気づこうとしていれば、かなり楽しくなりますね。
何かをしている時、大変だと思う前に、
「どうありたいのか」というと自問と、楽しむことは忘れたくないなぁ
あと自分自身が変化についていけないと「大変」と言っちゃうのかなぁ
考え方が柔軟な方から「大変」という言葉はあまり聞かれませんので・・・^^;
そんなこんなで、
自分も今度から人に「大変ですね」というより「楽しんでる?」と聞きたいと思います。
誤解されないといいのですが・・・(笑)
さて間も空いてしまいましたがやっと重い腰が上がりました(笑)
毎日とは行かないまでも更新はしよう^^;
さて今日は備忘録
この度日本ポーテージ教会主催の「ポーテージ早期教育プログラム初級研修セミナー」を泊りがけで三日間受けてまいりました。
事の発端は知人の「ポーテージ知ってる?」との一言でした。
まあそんなことは知る由もなく、「わからないなら勉強しとけ」ぐらいのノリで参加させて頂きました。
(ポーテージは簡単に言うと発達に遅れや偏りのある乳幼児と家族のための援助技法です。詳しくはNPO法人日本ポーテージ協会HPへ)
参加した感想は・・・「すごい」というのが率直なところ
はじめに僕は、「NO BORDER」を信条にしています。
子供はみんな平等だと思っています。
(大人になると能力差とかも含めて平等とは少し遠くなっていくけど・・・)
嫌いな言葉は「健常者、障害者」(あえて「がい」は害と書かせていただきます)
ですから、このポーテージプログラムも学習しておこうと思った次第です。
備忘録だけど脱線します。今の個人の考えをまとめておこう・・・
医学的には健常と障がいを分けていたほうが効率的なのでしょうけれども、
生活の上で、そもそも区別する必要があるのか?と言うのが自分の疑問点かなぁ
「顔がかわいい(かっこいい):かわいくない」(語弊は恐れてません^^;)
「足が速い:遅い」
「勉強ができる:できない」等
の個性の一つじゃないのかとやっぱり思う。
なので、障がいのある方を見てかわいそうだと思わないです。
(かわいそうなんてどんだけ上からだよ(笑))
困ってたら助けてあげればいいじゃない、自分も困ったときいっぱいいっぱい助けてもらったし
いろんな差はあれ、みんな一緒だし、生きてるし
差なんてあってあたりまえ、特に子供にはそう思います。
金子みすゞの「私と小鳥と鈴と」が大好きで、感覚的にはまさしくそれです。
「私と小鳥と鈴と」
私が両手を広げても
お空はちっとも飛べないが
飛べる小鳥はわたしのように
地べたを早くは走れない
※これNHKの「日本語であそぼ」でかなりやってました。NHKもすごいね
この研修には、学校の先生や、保育士さん、施設の方、親御さんが参加していて、全く関係ない?人は私一人でした。
ある意味ド素人、チャレンジャーだね~まあいいけど
いろいろな、生きたお話が聞けてかなり刺激を受けました。
また講師の先生方の人間性にも惹かれますね。大満足の3日間でした。
また自分の中で何かがはじまった気がします。
まあそんな中で、少し気になった点もあります。
研修のグループワークで、前提が「障がい」ありきの方がいらっしゃいました。
施設勤務とか長いとそうなるのかなー
私自身素人で、何もわかってないし、きれいごとかもしれませんが、少し悲しかったです。
教育は共育でそんな前提なんていらないでしょ
ちなみにポーテージは日常の子育てにも役立つものなので学習する価値はありますね。
(ポーテージの技法の中には「障がい」なんて言葉は一個も出てきてないのを気が付いた時はうれしかった)
せっかくお金払って勉強したし使わせていただきます。
教えてくれた友人に感謝!
この研修での出会いに感謝!
また長くなったな・・・
毎日とは行かないまでも更新はしよう^^;
さて今日は備忘録
この度日本ポーテージ教会主催の「ポーテージ早期教育プログラム初級研修セミナー」を泊りがけで三日間受けてまいりました。
事の発端は知人の「ポーテージ知ってる?」との一言でした。
まあそんなことは知る由もなく、「わからないなら勉強しとけ」ぐらいのノリで参加させて頂きました。
(ポーテージは簡単に言うと発達に遅れや偏りのある乳幼児と家族のための援助技法です。詳しくはNPO法人日本ポーテージ協会HPへ)
参加した感想は・・・「すごい」というのが率直なところ
はじめに僕は、「NO BORDER」を信条にしています。
子供はみんな平等だと思っています。
(大人になると能力差とかも含めて平等とは少し遠くなっていくけど・・・)
嫌いな言葉は「健常者、障害者」(あえて「がい」は害と書かせていただきます)
ですから、このポーテージプログラムも学習しておこうと思った次第です。
備忘録だけど脱線します。今の個人の考えをまとめておこう・・・
医学的には健常と障がいを分けていたほうが効率的なのでしょうけれども、
生活の上で、そもそも区別する必要があるのか?と言うのが自分の疑問点かなぁ
「顔がかわいい(かっこいい):かわいくない」(語弊は恐れてません^^;)
「足が速い:遅い」
「勉強ができる:できない」等
の個性の一つじゃないのかとやっぱり思う。
なので、障がいのある方を見てかわいそうだと思わないです。
(かわいそうなんてどんだけ上からだよ(笑))
困ってたら助けてあげればいいじゃない、自分も困ったときいっぱいいっぱい助けてもらったし
いろんな差はあれ、みんな一緒だし、生きてるし
差なんてあってあたりまえ、特に子供にはそう思います。
金子みすゞの「私と小鳥と鈴と」が大好きで、感覚的にはまさしくそれです。
「私と小鳥と鈴と」
私が両手を広げても
お空はちっとも飛べないが
飛べる小鳥はわたしのように
地べたを早くは走れない
わたしが体をゆすっても
きれいな音は出ないけれど
あの鳴る鈴はわたしのように
たくさんな歌は知らないよ
鈴と小鳥と それからわたし
みんな違って みんないい
※これNHKの「日本語であそぼ」でかなりやってました。NHKもすごいね
この研修には、学校の先生や、保育士さん、施設の方、親御さんが参加していて、全く関係ない?人は私一人でした。
ある意味ド素人、チャレンジャーだね~まあいいけど
いろいろな、生きたお話が聞けてかなり刺激を受けました。
また講師の先生方の人間性にも惹かれますね。大満足の3日間でした。
また自分の中で何かがはじまった気がします。
まあそんな中で、少し気になった点もあります。
研修のグループワークで、前提が「障がい」ありきの方がいらっしゃいました。
施設勤務とか長いとそうなるのかなー
私自身素人で、何もわかってないし、きれいごとかもしれませんが、少し悲しかったです。
教育は共育でそんな前提なんていらないでしょ
ちなみにポーテージは日常の子育てにも役立つものなので学習する価値はありますね。
(ポーテージの技法の中には「障がい」なんて言葉は一個も出てきてないのを気が付いた時はうれしかった)
せっかくお金払って勉強したし使わせていただきます。
教えてくれた友人に感謝!
この研修での出会いに感謝!
また長くなったな・・・
また朝から悲しいニュース
登校中の列に軽自動車突っ込むとか、リアルに怒りが込み上げてくる
被害者の方のご冥福をお祈りいたします。
本当に人ごとじゃないし、全国の小学生の親みんなどきっとしただろうな
スクールゾーン系はマジて時間帯通行止めしてもいいんじゃないかと思う。
罰則きつくして本気でやらないと警察もダメだと思うんだ
交通事故死者減ってるって言っても、被害者が交通弱者だったりするのはちょっとなー
去年の栃木のクレーン事故といい、先日の京都の事故といい、今日の無免許といい、罪のない人が運悪いだけでしんでいいのかなぁ
自分も車に乗るし、小学生の子供いるから感情的には複雑だけど、車って簡単に人死んじゃう事はやっぱり忘れてはいけない
運転者も未成年、同乗も未成年だと実名では報道されなしそこもどうかと思う。
日本は加害者天国か?死刑廃止うんぬんよりこういうとこの法整備しっかりやってくれよ
名前は出していい思う。責 任の重さもあるし
この車に乗っていた三人の親はかわいそうだが賠償責任はきちんとしてほしい、たぶん破産か、破産する寸前ぐらいまで行くけど、亡くなった方の家族の悲しみは想像すらできないもん。
いろんな意味で親の責任は重いな、
どうしようもできないけどなんか悔しい
登校中の列に軽自動車突っ込むとか、リアルに怒りが込み上げてくる
被害者の方のご冥福をお祈りいたします。
本当に人ごとじゃないし、全国の小学生の親みんなどきっとしただろうな
スクールゾーン系はマジて時間帯通行止めしてもいいんじゃないかと思う。
罰則きつくして本気でやらないと警察もダメだと思うんだ
交通事故死者減ってるって言っても、被害者が交通弱者だったりするのはちょっとなー
去年の栃木のクレーン事故といい、先日の京都の事故といい、今日の無免許といい、罪のない人が運悪いだけでしんでいいのかなぁ
自分も車に乗るし、小学生の子供いるから感情的には複雑だけど、車って簡単に人死んじゃう事はやっぱり忘れてはいけない
運転者も未成年、同乗も未成年だと実名では報道されなしそこもどうかと思う。
日本は加害者天国か?死刑廃止うんぬんよりこういうとこの法整備しっかりやってくれよ
名前は出していい思う。責 任の重さもあるし
この車に乗っていた三人の親はかわいそうだが賠償責任はきちんとしてほしい、たぶん破産か、破産する寸前ぐらいまで行くけど、亡くなった方の家族の悲しみは想像すらできないもん。
いろんな意味で親の責任は重いな、
どうしようもできないけどなんか悔しい
思い立ったらすぐ書かないと忘れてしまうタイプなので・・・
「強制機会という事」
子供にとって、何かやるという事、やりたいという事は何かきっかけがあるはずです。
そのきっかけとは、
テレビや雑誌から入ってくる情報、
親と一緒にどこかに行ったり見たりしたこと、
親の趣味や職業、
親が(無理やり?笑)やらせる習い事
などいろいろると思いますが、あ!料理とかもそうですね。
これは情報を処理する能力が出始めているという事です。
小学校に上がるぐらいであれば、自分の中に入ってくる情報から何かやりたいと言い出します。子供が何かやりたいといった時、基本的にはやらせてあげたいですよね
子供が何かに興味を持ち、何かやりたいと言えばそれは「自主的な機会取得」になると思います。
では、【強制機会】とは?
例えば幼児の頃にピアノや英語習わせたり、プールに通わせたりする
「親が子どもにとって良い(と思える)こと」を、親の判断でやらせるのが『強制機会』です。
まあ強制機会といえども、無理やりにやらせているとかそういうのではなくて、自分自身では判断しない(できない)ことを親の判断でやらせることです。
言葉は強いので、悪い方に解釈されがちですが、判断を親がしているという事ですので、誤解なきようお願いします。
なんでこんな話かというと、子供にはある程度こういう機会が必要でなないかなと思うからです。子供自身がその判断はできませんから。
まあ、子供の為といえど無理やりに何かさせたりするのは問題があると思います。
しかし、礼儀や協調性を学んでもらいたい為に、武道を習わせたりしたとき、「大変だからやめたい」といった時はもう少し頑張りなさいと言いそうです・・・
うーん、これを考えると、無理やりな強制機会と、楽しい強制機会がありますねぇ(笑)
継続は力ですし・・・
フォローも大人の役目ですな?
まあ怪我しそうな無理とか、個を追い詰めるような(明らかな無理を強いる)事は問題という事で
子供に無理にならない程度で、こういう機会の種類増やせたらいいと思いません?
あと気軽に始められて継続できる金額ならなおさら
こういう事もやってみたいな
追伸
余談になりますが、成績不振で「あんたは塾に通いなさい」みたいな、行きたくないと思っている中学生を無理やり塾に行かせるもの強制機会ですね(笑)
これで成績が上がるかはわかりませんが・・・
「強制機会という事」
子供にとって、何かやるという事、やりたいという事は何かきっかけがあるはずです。
そのきっかけとは、
テレビや雑誌から入ってくる情報、
親と一緒にどこかに行ったり見たりしたこと、
親の趣味や職業、
親が(無理やり?笑)やらせる習い事
などいろいろると思いますが、あ!料理とかもそうですね。
これは情報を処理する能力が出始めているという事です。
小学校に上がるぐらいであれば、自分の中に入ってくる情報から何かやりたいと言い出します。子供が何かやりたいといった時、基本的にはやらせてあげたいですよね
子供が何かに興味を持ち、何かやりたいと言えばそれは「自主的な機会取得」になると思います。
では、【強制機会】とは?
例えば幼児の頃にピアノや英語習わせたり、プールに通わせたりする
「親が子どもにとって良い(と思える)こと」を、親の判断でやらせるのが『強制機会』です。
まあ強制機会といえども、無理やりにやらせているとかそういうのではなくて、自分自身では判断しない(できない)ことを親の判断でやらせることです。
言葉は強いので、悪い方に解釈されがちですが、判断を親がしているという事ですので、誤解なきようお願いします。
なんでこんな話かというと、子供にはある程度こういう機会が必要でなないかなと思うからです。子供自身がその判断はできませんから。
まあ、子供の為といえど無理やりに何かさせたりするのは問題があると思います。
しかし、礼儀や協調性を学んでもらいたい為に、武道を習わせたりしたとき、「大変だからやめたい」といった時はもう少し頑張りなさいと言いそうです・・・
うーん、これを考えると、無理やりな強制機会と、楽しい強制機会がありますねぇ(笑)
継続は力ですし・・・
フォローも大人の役目ですな?
まあ怪我しそうな無理とか、個を追い詰めるような(明らかな無理を強いる)事は問題という事で
子供に無理にならない程度で、こういう機会の種類増やせたらいいと思いません?
あと気軽に始められて継続できる金額ならなおさら
こういう事もやってみたいな
追伸
余談になりますが、成績不振で「あんたは塾に通いなさい」みたいな、行きたくないと思っている中学生を無理やり塾に行かせるもの強制機会ですね(笑)
これで成績が上がるかはわかりませんが・・・
不覚にも風邪ひいてしましました。
はじめ鼻詰まるから、俺花粉症になったかと思いきや
熱でました。はい
これ息子の風邪だなきっと、余計なものばかりもらってくるし
今日は一日休息になってしまいました^^;
楽しめない休日、たまにはいいか
はじめ鼻詰まるから、俺花粉症になったかと思いきや
熱でました。はい
これ息子の風邪だなきっと、余計なものばかりもらってくるし
今日は一日休息になってしまいました^^;
楽しめない休日、たまにはいいか
