最近『さす九』というワードが取り沙汰されている。
これは『さすが九州』を略した言葉なのだが決して誉め言葉ではなく、「女なんだから」「女のくせに」という男尊女卑の激しさ
或いは昔ながらのやり方を継承する旧態依然・前時代的な九州の風習などを揶揄して言っているんだそう
例えば「女性は学校なんかに行かなくて良い(学は必要ない)」だとか
「親戚が集まった時は男衆はずっと座って飲み食いしているけれど、女性は立ちっぱなしで おさんどん(料理を作ったりお酒の用意をしたり、なんならお酌までしたり)をしている」とか。
まだ昭和の頃ならいざ知らず、それが今でも連綿と続いていると。
わかるー
もちろん時代と共に「そういうことは、もう止めよう(自分たちがさせられて嫌だったから同じことはさせないようにしよう)」と考えるお宅もあるが
全くアップデートされることなく「そういうものだ!!(自分たちがさせられて嫌だったからこそ若い人にも同じ思いを味合わせないと気が済まない)」というお宅もある。
九州だけでなく田舎あるあるだと思うのだが、家々によって違うって感じかな?
うちの実家だと母親自身が「学がなくて恥をかいた」「貧乏は遺伝する」(良い学校を出れば良い会社に入れて良い男性と結婚できる。そうでなければ全て逆になる←もちろん一概にそうとも言えないんだけれど)という考えから
「女であっても大学は出さないと!」と幼い頃から習い事や教育を受けさせてくれたものの、家での家事などは兄には一切させないけれど私にはさせた・・・といった感じ。
夫の家は田舎の長男教なので義兄だけは大学を出ているけれど、夫や義弟は高校のみ(そもそも本人らが行く気がなかったみたいだけど)。
ま、当然のことながら家事なんて何もやらせない(でも義弟は自主的に料理をしたりしていたそう)。
で、結婚してから義実家は盆正月には親戚が20人ぐらい集まる家で、それとは別に月1、2回 義家族での食事会などもあり(今はない)
その時 私は夫に料理を運ばせたりキッチンに入らせようとしたんだけれど義姉から「○ちゃん(夫)は来んで良い!」と止められてしまった
なんで?!
結局 義姉は「嫁として自分が今まで させられてきたことと同じ思いを私に味合わせないと気が済まなかった」タイプなんだろうね。
義母ならまだしも それほど歳も違わない義姉もそういう考えなんだから、住んでいる場所や育った環境もだけれど、当人の性格が一番 影響しているんでしょう。
そして甥っ子が結婚すると、義姉は今度は甥っ子の奥さんにも同じことをさせている
かいがいしく お茶なんかを運んでくれる甥っ子の奥さんに私は「自分で するけん良いよ」って言うんだけど、可哀想にねぇ・・。
こうやって巡り巡っていくのか。
どちらかと言えば、男尊女卑(男が女に強いている)というより『女の敵は女』って感じなんだろうね
日本は伝統を重んじて「変わらないことが良い」という傾向があることも分かっている。
京都など古都の老舗店や歴史的建造物など、そういった物には価値さえある。
良いものは残し悪しき慣習は排除するといった取捨選択、バランスが難しいのかもしれない。
変化を嫌う人間は まぁ頭が固い(頭がよろしくないので思考停止)というか、それによって得をする者がいるから変わらないっていうのも ひとつはあるんだろうね