当時を思い出して色々考えてしまい眠れない。
そんなこんなで新年度が始まった。入学式の演奏や新入生勧誘やらのイベントもあって、4月前半は慌ただしい。
3年生の中にはコンクールに出場せず受験に集中し始める子もいた。ウチは強豪校でも名門でもないので、そういう風に部活へのスタンスが分かれてくるのは普通のことだった。
自由曲の楽譜は担当に注文をお願いしていたが、輸入楽譜になるので時間がかかるそうだ。そこで課題曲を中心に取り掛かることにした。
指導者不在の今、合奏を指揮するのは俺の役目だったので、3年生になってからというもの、四六時中スコアと音源と格闘していた。
非常に悪いことだが、朝練に出てから帰宅して家で研究し、放課後に部活の為に登校する日もあった。どのように各パートの音をまとめていけば良いか、いつも考えていた。合奏もやったが、ヘボ指揮者では色々問題だよなと今は思う。
そして4月末に自由曲の楽譜が届いたところで大問題が起こる。
スコアが無い。
パート譜は揃っているが、スコアが無い。
おそらくパート譜セットを購入していて、スコアが別売りであることに気付かなかったのではないか…とは今だから思うことだ。
当時の俺らは慌てふためき、譜面をひっくり返すが如くに確認するが、無いものは無い。
さらにパート譜を見た子達が「何この譜面?」と言い出す。見ると、各パート譜には"ハ音記号"や"D♭譜"など普通の吹奏楽譜ではまず見られない形態で書かれてるものが多かった。
ちょいと専門的になってしまうが、例えばフルートの吹奏楽譜はト音記号🎼でC譜で書かれるのが一般的だろう。D♭譜だ何だで書かれたそれは読むだけでも難しい。
例えば101という数字が書かれてたとして、10進数では101だが2進数では5を表してるようなもの。だから読むための翻訳が必要になる。
慣れていれば大したことではなくなるのだけど、初めて触れる高校生にとっては異国語でしかない。
パート譜の方も問題だけど、それよりスコアである。
スコアが無いというのは洒落にならない。この先新たに指導者をお願いするとしても、「よろしくご指導願います。ですがスコアはありません」なんて言えるわけねーだろという話だ。そもそも楽曲の全体像を掴むだけで大変になってしまう。
しかし俺らに途方に暮れてるような時間の余裕は無い。
こういう時に無鉄砲な馬鹿は強い。表記がバラバラとはいえ、パート譜は揃ってる。だったら全部翻訳してフルスコアを新たに作る。これしか対処方法はないと、究極の現実主義に目覚めそうな勢いで思った。いや、現実主義者ならとっくに投げ出しているか。
クラシックアレンジ曲のフルスコアをパート譜から書き起こし始めた。今こう書いていて、その膨大な作業量に眩暈がしている。
俺は5月の3連休のほとんど全てをその作業に充てた。48時間以上の間一睡もせずに、全パート譜を読み込み、みんなが分かる形態に書き換え、それをフルスコアにしていった。
5日のこどもの日の午前中にフルスコアは完成した。後はこのフルスコアからパート譜を書き起こして、部員たちに配れば終わりという所で力尽きた。心配して見に来た友人(部員)に後を頼むと託して眠ってしまった。
翌日学校に行くと、彼が手配してくれたらしく、各パートの代表者がみんなしてパート譜を作っていた。
もう二度とやりたくないし、やれって言われてもできない。
この無茶な努力が後に物事を動かすキッカケになるのだけど、この時はそんなことは知りもしないし、疲れていたことしか覚えていない。
つづく