高1の頃、同じクラスにS君がいた。

S君はとても無口だった。入学して間もない頃というのを差し引いても無口だった。



ぼくは部活に入った。Sくんも同じ部活だった。



うちの高校は恐ろしく平和な学校で、先生たちが「この子たちはこんな平和に慣れてしまって社会に出てから大丈夫かしら」という奇妙な心配をしていたくらいだ。


イジメなんて全然無かったし、体罰云々みたいな問題も皆無だった。
仲良しグループはあちこちに出来ていたけど、それらが対立しているなんて話も無かった。
もちろん、ヤンキーの類なんてひとりもいなかった。


隠れてタバコを吸ってるヤツが居たってのが、辛うじて現実的な高校の範疇だったかもしれない。


別に進学校でもない、ごくごく普通の市内で数えても丁度中堅どころにあたる高校なのだけど。



今から思えば、なんと牧歌的な平穏に満ちた世界だったのかと、少々唖然とする思いだ。
悪く言えば、どこか"ぽやや~ん"とした緩い空気だった。






さて、部活である。



S君は変わらず無口だった。同級生も先輩も基本属性が"緩い平和"なので、S君が上手く打ち解けられるようにコミュニケーションを図ろうとしていた。



けど、ある日S君は部活を辞めた。


どころか、学校さえも辞めてしまった。





今でもS君の事を思い出すと、なんか胸のどこかがキリキリする。
一体何があったのか。S君以外には分かりようもないけど、気になるものは気になる。


その後のS君がどうなっているのかは知らない。




あの頃、S君にはS君だけの世界があって、僕らはそれに触れることさえ許されなかったのだろう。まだ友達と呼べる程の存在にもなれていなかった僕らには。


願わくば、居心地の良い世界に生きてて欲しいなと、今でも時々思い出す。