あれ以来、僕は事ある毎にマキに暴力を振るうようになってしまっていた。

励ましも。

日常の何気ない会話さえも。

何もかもに対して僕は苛立ちを現にし、マキを責めた。

その都度、激しい後悔に襲われ謝罪を繰り返した。

それでもまた、同じ事を繰り返した。

何もかもが平均的だったサトルという男は、いつの間にか平均以下の…それも最低の男に成り下がっていた。

そんなある日、いつものようにパチンコに行った僕は大金を握りしめて帰って来た。

「ただいま!聞いてくれよ!今日さ、大連チャンしてさ・・・」

何かがおかしい。

いつもと同じ風景。

だがそこに居るはずのマキの姿が見えない。

バスルームからシャワーの音が聞こえる。

「なんだよ風呂か…」

僕はバスルームの扉の前に立ち、話始める。

「なぁ?今日さパチンコが調子よくてさ…なぁ聞いてんのか?」

返事がない。聞こえるのは相変わらずシャワーの音だけだ。

「おい!聞けよ!」

苛立ち混じりに扉を開けた僕の目の前には服を着たまま浴槽にもたれ掛かるマキの姿。

投げ出された腕は浴槽に入り、その水面は赤く濁っていた。

彼女は手首を切っていた。

僕は慌てて救急車を呼び、バスルームに戻るとマキを抱き上げ部屋に連れて行った。

部屋に横たわらせ、手首をタオルで縛った。

ふと見遣るとテーブルの上に一枚の紙。

そこには一言『ごめんね』とだけ書いてあった。



救急車が到着し、僕たちは病院へと向かった。

治療を終え、処置室から出て来た医者は

「命には別状ありません。」

とだけ短く僕に伝えた。

その後、救急が呼んだであろう警察に僕は事情を聞かれ

「今日は帰りなさい」

と病院を追い出された。

部屋に戻った僕は何をするでもなく、ただ呆然としていた。

主の居ない部屋。そこは静寂が支配していた。


翌日になり、僕は再び病院を訪れた。

病室に入ろうとして、僕は立ち止まった。

中に入る勇気が出ない。

マキは僕には会いたくないだろう。

もう少し落ち着いてからの方がいいかな…

自分が病室に行かなくて済む言い訳を考えていると、病室の扉が開いた。

中から初老の男女が出てきた。

おそらくはマキの両親であろう。

「君は・・・?」

男性に問われ僕は返事に困った。

「君は…サトル君かね?」

「は、はい!あ…あの、マキさんとお付き合いさせて頂いてます!」

「そうか、君が…」

マキが全てを話したのだろう。

母親らしき女性は無言で僕を睨んでいる。

「少し話をしたいのだが…時間はいいかね?」

「は、はい!」

もう逃げられない。

僕は父親らしき男性に従うしかなかった。




「・・・外で話そうか。」
マキとの毎日は楽しかった。

当たり前のように食事をし、

当たり前のようにテレビを見て、

当たり前のように風呂に入り、

当たり前のように布団で眠る。

そんな普通の毎日が僕には幸せだった。

ただ一つ問題があるとすれば、仕事だ。

僕は働いていない。

働く気はある…が体が言うことを聞かない。

やはり外は怖い。

『二人で食べていく位は困らないから』と、マキは言ってくれるが、いつまでも甘える訳にはいかない。

「少しずつでも慣れていこう。」

僕は決心した。

それから毎日、外に出た。

最初は家の周りを一周。

徐々に範囲を拡げ、近所のスーパーに買い物に行ける程度までになった。

「そろそろ仕事を探そうと思うんだ。」

いつもの様に食事を終えた後、僕はマキに告げた。

「無理しなくていいよ?」

「いや、今を逃したらまた出られなくなるかもしれない。今しかないんだ。」

「わかった。頑張ってね」

次の日から、僕の就職活動が始まった。

マキが用意してくれた情報誌を片手に片っ端から電話を掛ける。

だが、仕事は見つからない。

どれだけ面接を受けても帰ってくる言葉は

『今回はご縁がなかったと言うことで…』

『また次の機会にお願いします。』

『やはり未経験では…』

僕は途方に暮れた。

「なんでだよ・・・!」

僕は情報誌を破り捨て、かすれた声で呟いた。

ようやく外に出られるようになった。

働く意志もある。

仕事を選んだりなんかしてない。

それなのに…

「俺には…働く資格すらないって事なのか・・・。」

僕は次の日も、そのまた次の日も手当たり次第に電話を掛けた。

一週間後には全ての結果が出た。

「全…滅・・・」

とうとう僕を働かせてくれる場所は見つからなかった。

ようやく見付けた自分の居場所。

これからアイツを幸せにするハズだったのに…

現実はとても残酷で。

『次があるよ。大丈夫!』と言うマキの笑顔すら僕には痛くて。

いつしか僕は現実から逃げるように酒に溺れた。

マキは何も言わず、ただただ僕を生きながらえさせる為に働き続けた。


それから半年が過ぎた。

僕は働く意欲も、マキへの感謝も忘れ酒に逃げていた。

酒だけじゃない。僕はギャンブルも覚えてしまっていた。

お決まりのコースだ。

このところ、マキは毎日1万円をテーブルの上に置いて仕事に行く。

昼頃に起きた僕は、その金を握りしめパチンコ屋へと向かう。

そして家に帰ると酒を飲み、そのまま眠る。

僕はすっかり堕落していた。

だが、マキは僕を一言も責めなかった。

『いつかきっと見付かるから。今は休憩しなさいって事なんだよ。』

マキは、まるで呪文のように僕に言い続けた。

まるで自分に言い聞かせるように。

僕には、その言葉さえ疎ましく思えるようになっていた。

そんなある日の事。

いつものように仕事を終え帰宅したマキは、酒を飲む僕を見遣るとキッチンへと入って行った。

しばらくすると僕の前に何枚かの皿が並べられる。

「何か食べながらじゃないと体に悪いよ?」

「いいよ、別に。体なんか壊したって何も困る事なんかないし。」

「私が困るもん。」

「・・・そうだよな?ただでさえ金を喰らってるのに、この上身体まで壊されたらまた余計に金が掛かるもんな!」

「違うよ…そうじゃない。」

「はっ!今更フォローなんていらねーよ!俺はお前の金を喰い潰すカスなんだよ!」

「なんで…なんで自分をそんなに悪く言うの?いつも言ってるじゃな・・・」

「うるせえ!お前の慰めなんてもうウンザリなんだよ!それはアレか?仕事もロクに出来ない俺を憐れんでくれてんのか?」

「そんなんじゃない!私は・・・」

マキが言い終わるより早く、僕は振り上げた拳をマキへと押しやった。

歪むマキの顔。

拳に伝わる鈍い衝撃。

後悔してももう遅い。

僕の耳目に飛び込んで来たのは消せない事実と鳴咽だけだった。




「俺は…最低だ・・・」
まずはご訪問ありがとうございます

本来であれば私の方から皆様のブログに寄らせていただき、ペタ及び日記を閲覧させていただくのが筋なのですが…

今週に入り仕事が尋常でなく忙しい状況になり、自宅はおろか会社にさえ戻れていない状況にあります。

私としては、ただペタを返すだけでなくきちんと日記も読ませていただきたいのです。

それには時間が余りにも少なく不可能な状況にあります。

週末にはなんとか時間が取れると思いますので…

その時に訪問させて戴きたいと思います。

せっかく来て戴いた皆様の気持ちに答えるべく出来る限り更新はしたいと思っております。

今後ともよろしくお願いいたします。