不幸は風景? | red-4stringsさんのブログ

red-4stringsさんのブログ

ブログの説明を入力します。

一年に一度だけ会う人がいます。
私はその人があまり好きではないのですが、その人は私に興味を持っている様で会わざるを得なくなっています。

その人は独特の価値観や世界観を持っている人で、俗に言う「変人・気難し屋」なのだと思います。

その人の奥様も、彼と2時間以上話しが出来る人は私しか知らないと言います。
その人は「自分が気楽になるように生きれば良い」と言います。

何事にも執着せず、家族であれ親としての、夫としての義務と責任を果たせば、それ以上にもたれ合う関係は苦しいだけだと言います。

人の考えなんてそれぞれなので否定もする気はありません。

あほ犬は、自分の子供でも無いのに、気に懸けすぎなんだよ。
自分の子供を一人前にするのでも大変だったのに、他人の子供までなんて、無駄なことだよ。

その様な状況になったのはその子と親に問題があるので、気にせず放っとけば良いんだよと言います。

例えば遊泳禁止と書かれた池に子供が入って溺れていたら、助けに入らないのですか?と尋ねてみました。

するとその人は、助けには入らないと言いました。
かわいそうだとは思うが、そんな事に巻き込まれるのは面倒な事だし、自分の子供はそんな場所には入らないように教えてあるからね。

他人の不幸なんて風景なんだよ、気に止めて立ち止まっていてはイケないんだよ。

私のしている事は愚かな事かもしれません。自己満足だけなのかもしれません。

それでも他人の不幸は風景では無いと思うのです。

ほんの小さな優しさやいたわりが、積み重なれば何かが変わって行くと信じたいのです。