『人間関係を救うエニアグラム』
2018年のリトリートからの抜粋(4分19秒)
イーライとガンガジがエニアグラムについて語っています。
エニアグラムが二人のパートナーシップを何度も救ったそうですよ。
このお二人、今年で出会って、パートナーになってから47年目(たぶん)。
出会う前に、イーライは「氷が私の炎を溶かす(Ice Melts My Fire)」という題名の
詩を書いててね
その詩の中に my silver queen (私の銀色の女王)が登場します。
ガンガジは、歳をとって銀髪になったわけじゃなくて、
若い時からずっと銀髪なの。
出会ったときにはすでに銀髪。
パーティーで出会ったとき、
イーライはガンガジ(当時はまだトニだったけど)について回って
詩を聞かせたそうです。
ガンガジは詩を気に入ってくれたけど、なんの意味だかさっぱりわからなかったとか。
と、ロマンチックそうな出会いですが、
イーライの自伝『Outlaw Makes It Home』を読んでも
ガンガジやイーライの話を聞いても
パートナーシップはかなりの波乱万丈だったようですね。
イーライは、最初から、結婚願望が1ナノミリもなく
子どもも絶対に要らないタイプだし
婚約したり、婚約解消したり
別居したり
いろんな関係性を持ってみたり...
先日、ちょうど、ガンガジの80歳の誕生日の日に
オンラインでのイーライのお話し会があって
私も参加しました。
50年も一緒にいるなんて、びっくりだし
本当に恵まれていると言っていました。
そして
みんなはもう耳タコ(意訳w)かもしれないけれど...
と言って
「氷が私の炎を溶かす(Ice Melts My Fire)」を
暗唱してくれたのです。
エニアグラムが二人のパートナーシップを救って
そして、今の二人に出会えてよかったなぁと
私は嬉しく思うのです。
二人を見ていて
私もあんなパートナーシップに入りたい!
という、願いや希望が湧くとかじゃぜんぜんないの。
どっちかというと逆!
そのままで、何も付け加えなくても
何も変えなくても
いい感じ
が、湧くのです。
わたしはどうゆうわけか
プライベートなパートナーシップには
あんまり縁がないし
ここ数年は興味すら湧かない。
そのことに、2年ぐらい前までは
うっすらと、「ひけめ」を感じる瞬間がありました。
なんか、自分おかしいんじゃないか?
とか
何かが欠落してるんじゃないか?
とかね
今は、そうゆう瞬間はほぼありません。
あー、いろいろなパートナーシップを見て
素敵だなぁ、いいなぁという気持ちは
断然起きるけれど
ただ、素敵!って感じるだけ。
実際、わたしのまわりには素敵なパートナーシップの
方たちがたくさんいらっしゃっるから、
「素敵!」ってなる機会がふんだんにある。
いや、なんていうか、ほんと
よくわからないけれど
個別性のある岡田さんと呼ばれるセットは
全体性の中でパートナーシップに無関心が今起きている。
それだけ...です。
どうしようもないし(どうにかしたい気持ちが湧かないからね)
どうすることでもないのです。
次の瞬間はそれはどうなるかは未知なんだけれど。
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イーライ・ジャクソンベアの日本語字幕付き動画はこちら✨
『愛と自由に出会う』
2021年7月開催のリトリートからの抜粋(6分)
『言語としてのエニアグラム』
2019年9月のリトリートからの抜粋 (6分1秒)
『本当の自由 (True Freedom)』
2021年9月のリトリートからの抜粋(7分39秒)
『望みを叶える』
2022年3月のリトリートからの抜粋(1分51秒)
イーライ・ジャクソンベアのスピリチュアルな道のり
(Wikipekida から抜粋 https://en.wikipedia.org/wiki/Eli_Jaxon-Bear 2022年5月27日現在)
イーライ・ジャクソンベアの18年にわたるスピリチュアルな道のりは、
1971年のメーデー・デモの後、ベトナム戦争中に連邦政府の逃亡者となったことから始まった。
「私は死と直面した。この経験によって、精神的な探求を始め、
世界中を回り、多くの教えと実践の中に身を置くことになった」と彼は語っている。
1978年 カル・リンポチェから、カリフォルニア州マリン郡で最初の
チベット仏教カギュ派のダルマセンターの総裁に任命される。
1982年 別府の長松寺で禅の扇を贈られる
(訳註:通常、扇は教えの継承者、たいていは息子に渡される)。
1980年代を通じて、エサレン研究所で臨床催眠とNLP(神経言語学プログラミング)の認定プログラムを提供する。
また、その間に古代スーフィズムや叡智の教えであるエニアグラムを研究した。
エニアグラムに関する彼の最初の著作と教えは、1989年に登場する
彼は1994年8月にスタンフォード大学で開催された
第一回国際エニアグラム会議の基調講演者であった。
彼の講演は「エニアグラムと自己実現」と題された。
1990年 インドにてパパジ(シュリ・H・W・L・プーンジャ)と出会う。
数ヵ月後、彼は妻のアントワネット・バーナーとパパジを引き合わせる。
パパジは彼女をガンガジと名付ける。
パパジとの出会いの後、ジャクソン=ベアとガンガジは共に西洋でサットサン(*)を開催することを許される。
またパパジとパパジの生徒との対話集『Wake Up and Roar』の編纂および出版を許可された
イーライ・ジャクソンベアの初期の生活と師パパジと出会うまでの霊的な道のりは、
彼の回想録『An Outlaw Makes it Home: The Awaking of a Spirit Revolutionary 』(2018)に
詳しく書かれている。
6月15日に訳書『自由へのエニアグラム』(イーライ・ジャクソンベア著 岡田歩訳)が
発売されました!